第16話 蝉問題
「ふぅ、涼しい!」
カフェの中に入ると、晴は声を漏らした。
「ちょっと、外出るだけでもあちーな。年々暑くなってる気がする。」
「うん。こっからさらに暑くなるらしいよ。やだねえ~。」
「ああ。にしても服はそれだけでよかったのか?」
「うん。予算オーバーね!」
俺たちは空いてる席に向かい合って座ると、メニューを開いた。窓側のテーブル席だ。
「俺はコーヒーかな。晴は、カフェオレ?」
「分かってんじゃん。あと小腹すいたし、サンドイッチかな。」
「ん、俺も。」
店員を呼ぶと、注文をすませた。外を見ると、街路樹に蝉が止まってるのが見えた。
「蝉だ。あいつらは元気だな。」
「そうね。初めはうるさいって思うけど、蝉が鳴かないと夏って感じしないわよね。」
「分かる。」
「そう言えば私気になってたことがあるんだけど…」
「なに?」
「蝉って地面でずっと、暮らして一斉に地上に出てくるじゃん?あれ、なんでみんなどうタイミングなんだろ。」
「ああー確かに、地面の中じゃ、会話もできないしな。」
「そう!それに一週間しか生きられないし…死ぬ一週間前に出てくるってなんか、不思議じゃない?」
「やっぱり、成長具合とかで出てくるのかな。ここまで成長したら、外に出る!的な?」
「じゃあ、成長が遅いと外に出れないのかしら。」
「それはかわいそうだな。」
「うん。じゃあ、あれかな?温度で察してるとか!暑くなったし、出るか!みたいな?」
「かもな。でも、大変だな。さっきも言ったけど年々暑くなってるし、蝉が出る時期もずれちゃうな。いつしか、幼虫のまま出てくるんじゃないか?」
「あはは、それは嫌ね。にしても、地面の中って暑そーよね。やっぱ、耐えられずに出てくるんだよ。」
「もしくはあれかもな。ファーストペンギン的な、最初の一匹の声を聞いてみんな出てくるのかもな。」
「ファースト蝉ってことね!」
「言うなら、ファーストシケイダだろう。」
「えっ、蝉って英語でシケイダって言うの?」
「なんだと思ってたんだ?」
「セェミィー」
晴はアメリカかぶれに発音した。
「はは、まんまだな。ファーストセェミィーか。」
「あはは、無知がばれたわね。にしても、ファーストセェミィーは、すごい勇気がいるわね。一番最初って緊張しない?」
どうやらファーストセェミィーを気に入ったらしい。
「外に出て、誰もいなかったときすごい不安だろうな。えっ、俺だけ?みたいな。」
「あはは、休日に登校したときみたいね。」
「夏休みを一日短く勘違いしてとかな。さすが、経験者。」
「しまった。墓穴を掘ったか。」
晴が小学一年生のときのことを思い出す。
「あのときは、めっちゃ怖かったなあ~。みんな消えたのかと思ったわよ。そう考えたら、蝉はすごいわ。だって絶対最初の一匹がいるもんね。」
「蝉に限らず…冬眠してるやつとか、他の虫とかも最初のやつがいるはずだもんな。…案外強気なのかもだぜ。俺が一番だー!って。」
「すごい度胸!ノーベル賞ものね!」
そんな話をしていると、飲み物が運ばれてきた。俺らは一口飲む。
「ふぅ、おいしい。やっぱ、冷たいの欲しくなるわね。」
「だな。」
「蝉にもあげたいわね……」
「……どうした?」
晴は窓の外をぼんやり眺めている。
「蝉はこんな暑い中、太陽に照らされながらずっと鳴いてる。一週間の命を一生懸命生きてるのね。」
「どうした急に。しみじみして。」
「いや別に……私も一生懸命できてるかなって。最近だらけてばっかだし。」
「だらけもあっての人生だろ?蝉だって、地面の中ではグータラしてるかもだぜ。」
「そうね……」
「でもまあ、俺も大人になって…蝉で言う地上に出て…その後死ぬまで一生懸命でいれるかって言われたら自信ないな。」
「どうしたの急に、天らしくない。適当に生きるのがモットーだと思ってた。」
「失礼な。」
「あはは、冗談よ。」
「まあ、合ってるけど。」
「合ってるんかい。」
また一口、コーヒーを飲む。
「よし!」
晴はなにかを決めたように口を開いた。
「もっと遊ぼう!」
「勉強とかじゃないのかよ。」
「一生懸命生きるのって、遊びも含むでしょ。一年ズとも会いたいし。」
「遊園地行ったばっかだけどな。」
「いいじゃん。忙しいかもだけど。」
「最悪、俺と二人かもな。」
「?」
「どうした?」
「最悪ではないでしょ。」
「……そっか。」
「よし!そうと決まったらメールしてみよ。みんな空いてるかな~!」
晴は嬉しそうに、スマホをさわり始めた。窓の外を見ると、もう蝉はいなかった。どっかに飛んでいったのだろう。蝉のいる夏はまだまだ続きそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます