杉崎七彩の後悔

 玲と共に戻ったわたしを出迎えたのは、色とりどりのスイーツだった。満面の笑みを浮かべる葵と達成感に満ち溢れた結、そしてなぜか頭を抱える棗。対照的な動作に首を傾げる。


「何してるの?」

「ふふーん! 見よ、このスイーツたちを! うちのスイーツ担当大臣こと結ちゃんが選んだのだー!」

「どうして結が選んだのに葵が誇らしげなの」


 わたしは葵に突っ込みを入れながらスイーツたちに視線を移した。ショートケーキにフルーツタルト、さらにはガトーショコラも。多種多様なケーキが――ざっと十五個ある。


「これは……さすがに多いんじゃないかな」


 玲が苦笑すると、棗が何度も頷く。買いすぎだ、と嘆きながら。


「こんなにあっても食えないだろうが。せめてどっちかは気づいて踏み留まれよ」

「えーっ!」

「すみません……どれも美味しそうで迷ってしまって……」


 不満そうな葵と、申し訳なさそうな結。わたしは先ほどとは逆方向に首を曲げ「全部食べればいいんでしょ?」と口を挟んだ。


「七彩が食べそうなやつを取っておいて、それ以外を食べてて。残ったら全部わたしが食べるから」

「はぁ? 多分十個は残るぞ」

「余裕」


 わたしは今日何度目かのピースサインを見せる。棗は絶句したまま、隣にいる玲に「音島さんなら大丈夫だよ」と説明されていた。


「そういうわけで、そろそろ七彩を探してくる。みんなは先に食べてていいよ」

「私も同行していいですか? やっぱり心配で……」

「いいよ、一緒に行こうか」


 慌てて立ち上がった結を連れ、フロアを後にする。七彩の名前を呼びながらあちこちを探し回るが、どこからも返事は来ない。

 十八階にあるカフェにも姿がないことを確認したわたしたちは、壁に手を突いてぜぇぜぇと荒く呼吸を繰り返した。


「……結、他に七彩が行きそうな場所はある……?」

「はぁ、はぁ……。ほかの、ばしょ……?」


 わたし以上に疲弊している結が肩を上下させながら頭を上げる。しばらく視線をさまよわせ、突然「あ!」と手を打った。


「屋上です! きっと屋上にいます!」

「え、屋上って……この上?」


 天井を指さすと、結は「そうで……げほっ」と言葉の途中で咳き込んだ。彼女はあまり運動しないらしい。


「……すみません、先に行ってください。私が動く前に……七彩ちゃんが、移動したら大変……ですから」

「わ、わかった。結はゆっくり休憩してて……」


 こんな状態の結を置き去りにしていいのか不安だったものの、ここにはカフェがある。どうしようもなくなったらそこで休憩するだろうと自分を納得させ、わたしは屋上へと駆け出した。


「七彩、ここにいるの……っ?」


 息を切らしながら屋上へ続く階段を駆け上がる。扉を開け放った先にいたのは――額を手で押さえてうずくまる七彩だった。


「……っ、う……」

「ご、ごめん七彩、痛いよね」

「……気にしないで」


 そう言う七彩の声は弱々しい。わたしはもう一度謝罪した。


「それより……、音島さんはどうしてここに?」


 額を押さえながら立ち上がった七彩が言う。探しに来た、と告げると、彼女は大きな目を丸くした。


「本当は結も一緒だったんだけど、途中でバテちゃって」

「あぁ……。結は運動苦手だから」


 七彩はうんうんと頷く。何度目かの頷きの後、彼女はぴたりと動きを止めてこちらを窺うように見つめてきた。


「何、どうしたの七彩」

「……私のこと、軽蔑してない?」

「してないよ? なんでそう思ったの」


 尋ねると、七彩が目を伏せる。震える声が、だって、とこぼした。


「私がちゃんとしてれば、何かが仕掛けられてるって訓練前に気づけたのに」

「七彩の責任じゃない。わたしだって気づかなかったし」

「――それじゃ駄目なの!」


 悲痛な叫びに目を見開く。わたしの様子に気づいたのか、七彩は気まずそうに「……ごめん、大きな声出して」と口にした。掠れた声が、でもね、と続ける。


「みんなが気づかないことにも気づけないと、私がいる意味がない」


 七彩はそう言って、どこか遠くを見るような目をした。過去を振り返っているような、未来を案じているような、そんなどうとでも捉えられる目だ。


「……私、人と話すのが苦手で。頑張って話しかけても相手が本心を明かしてくれないから」


 媚びを売られるか、太鼓持ちされるか、裏で陰口を叩かれるか。七彩が痛々しく笑う。


「でも、結とここの人たちは違った。会話が苦手な私を受け入れた上で、本心から笑ってくれる。――だから、私は私にできる方法で恩返ししないと」

「……七彩」


 何を言っていいのかわからず、わたしはただ彼女の名前を呼んだ。七彩はわかってる、と呟いて顔を曇り空へ向ける。


「みんなが私を責めないことだって、後悔しても無意味なことだって、全部わかってる。今の私がするべきことは、後悔じゃなくて反省だ……って、頭ではわかってるのに」

「後悔が無意味ってことはないんじゃない?」


 わたしは思ったままを口にした。七彩が虚を突かれたような顔をするのを不思議に思いながら喋る。


「強く思ったことは忘れにくい。七彩の強い後悔が次に活かせるなら、それは反省と変わらないと思うけど」

「……そんな風に考えたことなかった。すごいね、音島さんは」

「なんて、今考えたことだけどね」


 いえーい、もう癖になったピースサインを見せつけた。七彩は「それでもすごい」と褒めてくれるので、わたしも調子に乗ってしまう。


「わたしのことは『大天才オトシマ』って呼んでくれていいよ」

「それは遠慮しておく」


 わたしのボケを一刀両断した七彩は小さな微笑みを浮かべた。よかった、そう呟きながら。


「七彩、そろそろ戻ろう。結と葵が買ったケーキが待ってるよ、十五個くらい」

「多すぎる」


 くすくす笑いながら屋上を後にする。その表情に、もう暗い影はなかった。

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