立案の下準備
「このアプリでは〈九十九月〉に所属する全員の異能がチェックできる。異能の種類やランクだけじゃなく、前回異能を発動した日時や場所、異能暴走がある場合はその履歴もな」
「プライバシーって言葉、存在してないの?」
思わず突っ込む。棗の返答は「異能に関しては存在しないな」だった。
「このデータを基にして適切な支援策を講じるのが俺たちの役目だ。音島、試しに〈三日月〉第二班のファイルを開いてみろ」
とん、と指でファイルを選択する。開くと、わたしを除く五人のデータが記録されていた。
「俺のデータは見なくていい。異能者じゃないとしつこく書かれてるだけだ」
「気になる」
「見るな、そんな暇はない。とりあえず辻宮のデータを選択しろ」
言われた通りに玲のデータを開く。そこには彼の異能の情報が事細かく記載されていた。
「何と書いてある?」
「異能はランクⅢの調停、前回の異能発動は一か月前」
「よし、俺が見てるのと相違ないな。次は杉崎のデータだ」
七彩のデータを開く。異能はランクⅡの視覚強化、三日前に異能を発動している。そして、玲のデータにはなかったマークが一つ。
「棗、このマークって何?」
黄色の円を指さして問いかける。棗はわたしの画面を覗き込んで「あぁ」と呟いた。
「異能暴走を表す印だ。杉崎は黄色だから、一年以上三年以内に異能暴走を引き起こしてる」
ちなみに赤は一年以内に起こし、緑は三年以上起こしてない。棗の補足に頷き、把握したと伝える。だが、すぐさま疑問が浮上した。
「じゃあ玲のデータにマークがないのはなんで? 一度も起こしてないって意味?」
「……研修用冊子の三冊目、十九ページ。答えに限りなく近いヒントだ」
「だからページ数で言わないで。わたしは何ページに何が書いてあったかまで覚えてない」
文句を言うと、棗はため息をついて彼用の端末を操作する。数分後、差し出された画面には「答えに限りなく近いヒント」が表示されていた。
「これを読み直せ」
「異能暴走の例外……調停の異能者は異能暴走を起こさないとされている」
「わかったか?」
「調停の異能者は『異能暴走を起こさない』からマークをつける必要がない、ってこと?」
「そういうことだ。……まぁ、調停の異能者は『異能暴走を起こさない』んじゃなくて『異能暴走しても何にも影響が出ない』ってのが正しいらしいが」
辻宮曰く、な。補足情報に「ふーん」とも「へー」ともつかない声を上げる。棗が目を細めた。
「本当に理解してるのか。わからないなら正直にそう言え」
「ややこしいとは思ってる。でも大体わかった」
「わかってない奴の反応なんだよな……まぁいい、次に進むぞ」
わたしは棗の指示に従いながら次のデータを開き、情報に目を通す。
結の異能はランクⅡの物体操作、対象物は水。前回の異能発動は一週間前、マークの色は緑だ。
「藤田のも相違なし。次は三雲だな」
「葵のデータは……これか」
とん、データファイルを指でつつく。葵の異能は玲と同じく調停だが、ランクの記載がない。訝しみながら改めて見ると、調停とは異なる名称が記されていた。
「異能名、調律……?」
わたしは戸惑いながら呟く。先ほど叩き込まれた知識の中にそんな異能名はなかったはずだ。データの破損だろうか。
助けを求めるように棗を見ると、彼はわたしの視線に込められた意図を察したようだった。こくりと頷いて「それで合ってるぞ」と返してくる。
「詳しいことは俺にもわからないが、三雲の異能はかなり特殊なものらしい。異能鑑定士が『他に例のない異能』ってことで仮につけた名称なんだと」
「そうなんだ。ランクが書かれてないのもそのせい?」
「あぁ。他と比較しようがないからな」
異能鑑定士が何者かは置いておくことにして、わたしは葵の異能について質問を重ねていく。だが、棗の回答は「俺にはわからない」の繰り返しだった。
「面倒になったからって雑に返事しないで」
「違う、本当にわからないんだ。俺の異能に関する知識は本や論文なんかで公表されたものでしかないから」
「葵の『他に例のない異能』ってやつは公表されてないってこと?」
「そういうことだな。まぁ、三雲本人が言ってたことをそのまま伝えることはできるが」
棗は言葉を切り、何かを思い返すように視線を宙に泳がせる。わたしはじっと彼の言葉を待った。
「あいつは『異能に対抗するための異能』だとか『異能者の最終兵器』だとか言って……ほざいてたぞ」
「言葉選びがおかしい。なんで言い直して口が悪くなるの」
「前者はともかく、後者は冗談言うときの口調だったから……ってそんなことはどうでもいい。音島、四人の異能とランク、効果は覚えたか? 最悪三雲は覚えられなくても致し方ないが」
「うん、全員分覚えた」
玲たちの異能を答えると、棗から全て合っているとの言葉をもらう。そして班のファイルを閉じるように指示された。
「班の奴らに関してはこれで終わりだ。次は緊急業務で俺たちが支援する隊のデータを見るぞ」
「まだあるの……?」
恐る恐る尋ねる。棗は当然のように頷き、わたしに別の隊のファイルを開けと指示してきた。
「これは異能者保護兼不法異能者摘発隊、通称〈
「何それ早口言葉?」
「どうでもいいことに気を取られるな。今からお前にはファイル内のデータに目を通してもらう。各人の異能や強さ、異能暴走の発生状況を把握するんだ」
「なるほど」
納得した。異能の種類や強さ、異能暴走のリスク……。支援立案のためにはそれら全てを鑑みる必要があるのだろう。
一人で頷きながらファイルを一覧表示にしたわたしは、直後に硬直する。
「……データが五十人分くらいある気がするんだけど」
「安心しろ、四十八人分しかない」
「やっぱり棗は鬼だったんだね……」
恨みがましく呟いたわたしは、のろのろと一番上のデータを選択した。
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