魔法使いに憧れた、とある少女についての物語

四谷とばり

第1話 回想、そして目覚め

(少女の回想)


「はぁ、はぁ、はぁ…」


 木々で覆われた森の中、少女は必死に肩で息をしながら、迫り来る闇から逃げる。

一体あの闇は何なのか、それは少女にも分からない。ただ、自分の中の第六感が『逃げろ』と伝達してきているのだ。


 少女はとにかく走る。どうしたらあの闇から逃げ切れるのか、この森の出口は一体どこなのか、何も分からずに少女は無我夢中に走り続ける。そして闇は相も変わらず少女を追いかけ続ける。



「うっ」


 視界の悪さゆえ、少女は木の根っこに足を掬われ盛大につんのめってしまった。

迫り来る闇は少女を嘲笑うかのように、スピードを上げ、転んでいる少女めがけて向かってきた。


(もう、無理だ…)


少女の心を深い諦念の感情が支配した。



その時だった。


「ライトニング・ピュリフィケーション」


 見知らぬ声が聞こえたと同時に、一筋の眩い光線のようなものが放たれた。

その光線は一直線に闇へと向かっていき、そのまま闇と衝突した。

けたたましい音と共に、光線は闇を貫いた。やがて闇は徐々に薄くなってゆき、しばらくすると完全に姿を消した。


あまりにも突然の出来事に状況を理解できず、少女はただただ唖然としていた。



「大丈夫だった?」


突然声をかけられた。

慌てて顔を上げると、そこにはローブを纏った黒髪の女性が少女の前に立っていた。その姿に見覚えは無い。

「あなたが…助けてくれたの?」


ローブを着た女性は笑みを浮かべて言った。

「危ないところだったのよ」


 少女自身もそれは自覚していた。あのまま助けが来なかったら、おそらく闇に飲まれてしまっていただろう。


「じゃあ、無事みたいだし、私は行くわ」

「えっ…何かお礼でも…」


少女が言い終わる頃には、すでに女性は姿を消していた。


「私の命の恩人だ…」


少女は森の中で一人、ポツリと呟いた。



――――――――――――――――――――



「エリザ〜、支度はもう終わった〜?」


「今やってる!」


 母親に返事をしつつ、エリザはまだ眠い目を擦りながら支度をする。今日はエリザの学校で遠足がある。今年で12歳になるエリザにとって村の外に出る初めての機会であり、エリザはこの日を心待ちにしていた。


 エリザの住むネデリー村は周りを森と海に囲まれた自然の中にある人口200人程度の小さな村である。近くの都市まで行くのに森を抜けなければならないのだが、歩いて4、5日はかかる。また、それに加え森の中にはゴブリンなどのモンスターが生息しているため、無事に抜けるのも安易では無い。

 こういった事情から、基本ネデリー村の人々は狩り以外で村から出ることはほとんど無い。裏を返せば村を訪ねてくる客もほとんどいない。少なくともエリザは一度も見た事が無い。つまり、村は常に鎖国のような状態なのだ。


 そんな事情もあって、村の外に出る事のできる遠足は村で暮らす子供たちにとっての一大イベントなのだ。遠足は森を少し歩いた所にある丘まで行くことになっている。もちろん、途中でモンスターに遭遇した時のために複数人の教師が護衛として引率する。教師を含め、村人たちは基本的な戦闘スキルは身に付けている。自然に囲まれた村で暮らすためには必須なことなのだ。


エリザは支度を終え、家族の待つリビングへ向かった。


 テーブルでは父が村内新聞を読みながらコーヒーを啜っている。ダイニングでは母が父と私の分のお弁当を作っている。これが我が家のいつもの光景だ。


「おはよう!お父さん、お母さん」


「おはよう」

「おはよう、エリザ」


 父と母に挨拶を済ませたエリザは、父の向かいの席に腰を掛け、母の用意した朝食のサンドイッチを食べ始めた。

お店で売っているサンドイッチもおいしいが、母の作るサンドイッチは別格だ。個人でお店を出せるくらいのクオリティはあるんじゃないか?と子供心に思う。


「エリザは、今日は遠足だったよな?」

向かいに座る父が話しかけてきた。


「うん」

エリザはサンドイッチを頬張りながら答えた。


「村の外は危険だからな。先生たちの言うことをしっかり聞くんだぞ」

「うん、わかってる」


エリザがそう言うと、父は安心したような顔を浮かべ、再び新聞に目線を向けた。

父は村で建設業を営んでいる。村の建物は全て石や木材などの自然由来の物で作るため、なかなか高度な技術が必要らしい。なので職人である父の技術は村ではかなり重宝されている、と近くに住んでいるおじさんから聞いた事がある。

ちなみに魔法が使えれば建物なんて簡単に造ることが出来るのだが、魔法使いはとても珍しい職で、エリザ自身はもちろん、母や父も会った事が無いそうだ。なので当然、村には魔法使いなどいるわけがない。


「じゃあ、行ってくるね!!」


サンドイッチを食べ終え、母から弁当を受け取り、エリザは玄関のドアを開けた。


「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」


笑顔で手を振る父と母に、エリザも元気よく手を振りかえした。



こんな普通の朝が、エリザは大好きだった。


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