第13話 魔法収納袋(略してマブクロ)(容量200kg)価格:日本円換算約25万円

「誰だ、て顔してるねえ♬」


俺の心を見透かしたかのような女だ。


ややくたびれた感じの真っ黒な魔女帽に長いローブ、膝まである長いブーツを履いた見るからに悪そーな魔女だ。


何から何までベルリオーネさんと対極って感じがする。


「私の名はシュヴァルツ。みんなからはミス・シュヴァルツって呼ばれてるけどね、ヒッ♬」


「俺をここに連行したのはあんたの命令か?」


「連行なんて口悪いねえ~。少しばかりあなたのことを知りたいな~て思っただけよ、ヒッ♬」


「なんせ最愛のオトモダチのベルリオーネちゃんの初めてのお相手何だもんね~、ヒッ♬」


ベルリオーネさんを知っている?


「ベルリオーネさんとどういう関係だ、あんた?」


「あら、彼女から私のこと聞いてないの?」


「ひっど~い、ベルちゃん自分の最愛のパートナーにまだ大事な親友の事教えてないなんてーっ、ムスッ!!・・・・ヒッ♬」


強烈な酒の匂いを漂わせながらお茶らけている。


「ベルリオーネさんの何なんだお前?」


「ヒッ♬・・・・教えてあげないよ、ジャン♬」


ニヤリと白い歯をこちらに見せながら大胆な胸元を見せてくる黒い奴。


油断ならん。


この女、酔ってふざけていてもさっきのチンピラと仏頂面の少女の飼い主だけあって、体から発する威圧感がまるで違う。


正面から戦えばまず敗北する。


どうする?


どうやってここを脱出するか?


「でっ何の様なんだ黒魔女。挨拶がすんだんなら俺は帰らせてもらう」


焦りを表面に出さず、落ち着いた声で言う。


この女の姿を見て俺は心から“黒魔女”という言葉しか出てこなかった。


シュヴァルツという名前も多分ドイツ語で黒を意味するし、しかも来ている服装が黒一色で髪も黒、おまけに透き通るような白い肌をかなり露出させるセックスシンボル的スタイルは古典的な魔女さんそのものだ。


「そうはいかのこったい♬」


俺は魔女の発言と同時に腰に付けた魔法収納袋(マブクロ)からさっき買ったばかりの煙幕を取り出し、床に投げつけた。


めんどくさいからマブクロと呼ぶことにしたそれは合計200キロくらいまでの荷物なら何でも収納でき、重さを全く感じずにコンパクトに携行できる革命的な代物だ。


現実の世界へもってかえって特許を取れば大金を稼げるのは間違いあるまい。


30秒は半径5メートル一帯がほぼ見えなくなる煙を出す。


古典的だが意外と使い勝手がある。


自分より強い者と対峙したときの攻略法を考えることほど重要なことはない。


俺は来た道をまっすぐ走った。


現状こういう時はまず逃走するに限る。


現実においてはゲームとは違い悪が必ず敗北する存在であるとは限らぬ。


ロールプレイングゲームの世界に似ているとはいえ、己の生存は己で守らねばならぬ。


煙幕から抜け出した。


路上には小便をもらして酒瓶を握りしめて地面にだべる浮浪者やゴブリンが何事かといいたげだがマヌケなツラでこっちをボケーッと見ていた。


奴らは追いかけてこない。


これで終わりなのか?


路地の入口付近まで来た時。


「じゃ~ん♬ざんね~ん♬」


黒魔女が酒瓶をラッパ飲みしながら仁王立ちで立っていた。


「お姉さんからは逃げられないよ~♬」


「魔界へようこそ♬ウンハイルフォル!!!!」


魔女が何かを叫んだ直後、周囲の空間が真っ暗になっていく。


さっきまで見えた石造りの道や建物が一瞬で見えなくなり、俺と魔女の2名しかいない真っ暗な空間に閉じ込められた。


「何をした?」


初めての状況に正直動揺する。


怖くないと言えば嘘になると言わざるを得ない真っ黒だけの空間。


でも、相手にそれを悟られてはならぬ。


「この空間は私の作った亜空間。私を倒さん限り逃げられんよ!!」


参ったな。


ステータスオープンしたとき、俺は何個か魔法が使えるって表示されたが・・・。


「魔法を見応見まねで使おうって顔をしてるね」


「でもさ~、ここはすべての魔力すら吸収しちゃう魔界の暗闇だから~、魔法唱えても無駄よん♬」


「魔法が使えないってことは、あんたも魔法がこの空間では使えないってことじゃないのか?」


「私は闇を極めし者シュヴァルツ。闇属性の私は例外的に全然つかえるよ~♬」


「こういうふうにさ!!!!!!!!!!!!!!」


「デュンケルハイトヴェレ!!!!」


魔女は俺に周囲の闇より濃い漆黒の炎のようなものを右手のひらから放ってきた。


わざと外してきたのか、俺の頭のすぐ横を通過した直後、俺の左ほほに焼けただれるような痛みがしてきた。


「闇魔界の炎は魔法の訓練してない人間にはかすれただけで皮膚が爛れちゃうから気をつけてね♬あは、ねえ♬お姉さんの今の本気怖かった?怖かった?ねえ♬」


「私の魔力を上回る攻撃魔法ならこの空間破壊して外出られるけど~、君まだそんな修行してないし、万事休すだよ~♬」


すさまじい黒い炎。


まともに正面から魔法の打ち合いをしたら間違いなく死ぬだろう。


「なぜ俺をここに連れてきた?」


「君、私の飼い犬になりなよ♬ヒッ♬」


飼い犬?


さっきの馬鹿垂れどもみたいにってか?


「なぜ俺があんたの犬にならないといけない?」


「君ってさ~素質テストよかったんだよね~。あっと、今のは聞かなかったことにして」


素質テスト?


俺が勇者クラスとかってステータスオープンの時に表示されたあれのことを言っているのか?


何だろう?


微妙に違う気もするが・・・・?


「ともあれ、これから魔王の拠点潰しするけど~、この国の女王様から魔王追討の命を受けたのは君とベルちゃんのチームだけでなくて他にもあんのよ。そして拠点潰したらそのチームに莫大な褒章ボーナスが出るってわけ」


「だからワタシ有能なメンバーをたくさん召喚してさ~。他にも他のチームのメンバーにもワタシのとこに来ないかって誘ってるの♬」もちろんただじゃないわよ♬」


「条件は?」


「ワタシの飼い犬になるってこと。つまり、言う通りに動くこと。自我をワタシに全部頂戴ってわけ♬あっ、でも欲望をたぎらせるとこだけはそのままでいいよ♬」


「もし犬になってくれたら~、ワタシとステキな夜を毎晩過ごさせてあげるからさ~♬ヒッ♬」


なんだそれ?


「悪いが断る」


「なんで?」


「自我を消せとかバカじゃないのか?人間やめろって言ってるようにしか聞こえん」


「今の言葉で分かった。あんたは人の心を意のままに支配することしか考えない危ない人だ。人の心にズカズカ入り込んで支配するなど越権行為だぞ!」


「それに、自分から肌を許すやつに碌なのはいないと祖父が言っていた。」


そう言った直後、彼女から陽気な表情が消えた。


静かな黒い怒りがこみあげてきているのがはっきりわかった。


「少年・・・・、あんな勇者クラスかなんか知らないがマジ生意気すぎだよ・・・・」


「毎年の調査過程で危険判定出るだけのことはある。教主様の理想郷にホント邪魔なやつだわ!!!!」


「ここでしっかり躾けないとね!!」


「闇に代わっておしおきよ♬」


そう言うと指先からさっきの炎より早くて小さい小型の黒い閃光を飛ばしてきた。


ショットガンのように広範囲に放たれるそれをすべてかわすのは不可能。


かすれたところ、直撃したところに激しい火傷の痛みがする!


このままでは殺される!!


しかし、魔法の使い方もまだ分かっていない所だらけ。


それにこの闇空間はあいつを倒さない限り脱出できん!


それにこれだけの技は素人目にも魔力で対抗は現時点で不可能。


どうする?


考えるんだ!


感じるんだ!


直感と論理をつなげ!!


ベストでなくてもベターを頭から探せ!!!


そうだ!


さっきの煙幕、煙幕。


それから水と。


俺はマブクロから煙幕を取り出し、再び魔女へと投げた。


「ちっ、さっきとおんなじことしてもつまらんよ少年!!こんなちんけなやり方が勇者クラスかい!!」


「デュンケルハイトヴェレ!!!!」


魔女は禍々しい黒い魔力を凝縮させ、さっきよりデカい火球状の黒い炎のを右手のひらから放ってきた。


だが、それと俺が対魔族用攻撃型聖水(賞味期限間近のため50%引き)の瓶のふたを開けて魔女の顔面目掛けて投げつけたのはほぼ同時だった。


しかも、煙幕と聖水で魔女の照準がわずかにぶれたおかげで俺は黒い炎をかろうじてかわせた。


また運の良さも発揮できたのかな?


瓶からあふれた攻撃型聖水が目に入ったのか魔女が一瞬ひるんだ。


「ぐわっちゃ!!!!!こっ、こそくなまねおおおおお~♬」


慌てているのかお茶らけているのか分からぬ声を上げているが、俺は魔女が慌てているその隙に至近距離まで接近できた。


そして、俺はマブクロをベルトから外すと、それを最大限まで口が大きくなるよう心で念じた。


大きなものを収納するときは袋の口を最大直系2メートルまで拡大することができるとベルリオーネさんに店で教わっていた。


俺は一瞬ひるんだ魔女の魔女帽のつばを左手でつかみ、一気に下げた。


魔女は一瞬全く前が見えなくなった。


「ぎゃ!!なにする!!!!」


俺は頭から魔女にマブクロをかぶせてすっぽり全身を袋の中に入れた。


「バカバカバ・・・・・・・・・・だ・・・・・!!!!!!!!!!」


「えーと。小さくなれ」


マブクロは俺のベルトに取り付けていたサイズに戻った。


何やら袋の中がもごもご動いているが気にしない。


すると、術士が封じられたからか、真っ黒な亜空間が消えて元の路地裏入り口付近へ戻ってきた。


そこにはあのきわどい衣装の少女がいた。


「えっ!?うそでしょ!?」


「シュヴァルツ様は?」


「お前の御主人はここだ」


俺は腰に吊ったマブクロを指さす。


マブクロはモゴモゴうごめいているが破れたり口が開く様子はない。


もしやと思ったが、200キロまで収納できるなら人間も可能だろうと思ってやってみて正解だった。


さっきまでの無表情から一変、動揺の色を隠せないビキニアーマーの少女にハッタリをかますことにした。


「今度は俺がこの女を連行する。あんたがやったことの仕返しさ。返してほしければ明後日までにオレの住むハイン城・西の塔557室まで金貨200キロを慰謝料として持ってこい」


キョトンと棒立ちになった少女をおいて、俺は表通りへと駆け足で去った。


それにしてもこの魔女、俺やベルリオーネさんとは別の魔王討伐チームのメンバーとか言ってたな。


それに一瞬奴が言っていた教主様とは誰の事だ?


女王様の事か?


だとしたら女王様って何かの宗教組織のトップも兼ねてるってことなのか?


それとも別の誰かなのか・・・?


小走りに走りながら俺は考え続けて人通りの多い地区に戻った。

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