駄女神きょーそー曲

天風 繋

第1話

大学のキャンパスの端の端の端の端。

小さな小さな…ホント小さな社がある。

大学の裏山にほど近い所にあるこの社は背の高い雑草に覆われ、知る人はもうほとんどいないかもしれない。

ある春先。

近郷こんごう 悠希はるきは、草刈鎌を持ってそこへとやってきた。

彼は、GW《ゴールデンウィーク》に入ったにも関わらず地元には規制せずに大学の寮に残った。

それを知った所属するゼミの教授に、悠希は裏山のフィードワークと称した草刈を命ぜられたのだった。


「げっ、セイタカアワダチソウがこんなにも。

教授め!鎌じゃなくって機械を貸せよ」


悠希は、二重にマスクを着け直し軍手を着けると腰を屈め草刈りを始めた。

彼は、首に掛けた青いタオルで額から垂れる汗を拭う。

青紫色の上下のジャージを着た悠希は、忌々しくセイタカアワダチソウを見ていた。

セイタカアワダチソウとは、キク科アキノキリンソウ属の多年草で、虫媒花である。

虫媒花は、虫を誘引する花の事。

セイタカアワダチソウは、『代萩』とも呼ばれる。

茎を乾燥したものが、すだれやお茶などの材料に利用される。

悠希が、嫌気を漏らしたのはこの草の特性をしているからである。

代萩は、生長するにつれてアレロパシー物質という他の植物の生長を阻害する物質を放出するようになる。

周りの植物としては、駆除しないと困る存在であるからだ。

ただ、駆除するにもなかなか面倒な相手なのだ。

草刈や草むしりでは地下茎が残ってしまうので、繁殖力に太刀打ちすることが難しくまた生えてきてしまう。

その為、根気よく草刈りをするか除草剤を使い地下茎を除去しないといけない。

悠希は、休みつつ草刈りを続けた。

持ってきていたスポーツ飲料のペットボトルを常に右後ろに置きながら。

ペットボトルは、汗をかき土壌を湿らせる。


「あっつー、単位だけじゃ割に合わん。

教授に飯も要求しよう」


悠希は、独り言をごねながら草刈りを続ける。

その時だった。

がさがさと草を何かが掻き分ける音が聞こえたのは。

悠希は、動きを止め警戒する。

ここまで鬱蒼とした草原?なら蛇…特に蝮のような毒性を持った生物が居てもおかしくはないないからだ。

音は少しずつ悠希の元へと近づいてくる。

彼は、少しずつ後ずさりしていく。

ゆっくりゆっくり。

だが、それよりも発生源が近づいてくるのが早い。


「うぉ!!」


やがて、何かが足に纏わりついた。

悠希は、奇声を上げる。

そして、視線を自身の右足へと向ける。

そこには、真っ白な肌を持つ両手ががっしりと悠希の足首を握っていた。


「…ごはん」


か細い少女の声が聞こえた。

白い手の先には、とても長い黒髪が風に靡いている。

ただ、髪が長すぎて姿をしっかり見ることはできない。

風が靡くと白い布地が見え隠れする。

悠希は、恐る恐る腰を下ろす。


「えっと、大丈夫?」


彼は、そっと彼女に手を差し伸べる。

少女だろう彼女は、顔を上げる。

青白い顔をした可愛らしい面立ち。

年端もいかないような少女。

それが、彼女を表す最適解のようだった。


「おなかすいた」


少女が、そういうと彼女のお腹から『くぅー』と可愛らしい音が鳴る。

悠希は、校舎の陰に置いてきたデイバッグに視線を向ける。


「手を放してくれたらお腹いっぱいとは言えないけど食べさせてあげれるよ」


その言葉を聞いて、少女は目を輝かせて悠希の足首から手を離した。

彼は、デイバッグの元へと歩を進める。

少女は、悠希の後ろをついていく。

彼女の身長は130cmほどの為、彼の胸元くらいの身長差になっている。

立ち上がっている少女は、やはり髪がとても長く地面擦れ擦れだった。

純白のワンピースを着ている。

丈は、膝小僧が見え隠れするほどの丈である。

先程、地べたを這いずり回っていたのに土汚れが一切ない。

悠希は、デイバッグを手に取り中身を取り出す。

デイバッグの中には、コンビニで買って来たおにぎりが幾つか入っている。


「うーん、好みがわからないけど…好きなの食べていいよ」


悠希は、彼女におにぎりを広げてみせる。

おかか、ツナマヨ、明太子、炒飯、塩にぎり…コンビニのおにぎりを一通り1個ずつと言った感じだった。

12、13個はあるだろう。

ちょっと買いすぎな気もする。

少女は、首を傾げている。


「…じゃあ、これとこれあたりどうかな?」


悠希は、彼女におかかと梅干しを渡す。

少女は、受け取るが再び首を傾げる。

悠希は、おにぎりの包装を開けて彼女に改めて渡す。

少女は、おにぎりに齧り付いた。

彼女は、包装を解いたおにぎりを1個、また1個と貪っていく。

1個を食べ終わると潤んだ瞳で、悠希を見るから彼は渋々おにぎりの包装を解いて少女に手渡していく。

悠希は、デイバッグから予備のお茶を取り出す。

丁度そのタイミングで、彼女は青い顔をしている。


「あ!お茶だよ。飲んで」


悠希は、ペットボトルの栓を外して彼女に手渡した。

そして、少女はお茶を飲む。

彼女の顔の血色が、戻ってくる。

やはり、喉に詰まったようだ。


「ゆっくり食べなよ」


少女は、うんうんと頷きながらもおにぎりを貪る。

悠希も、お腹が空いてきたのかおにぎりを食べ始めた。

いつの間にか、少女は自分で包装を解くことができるようになっていた。

結局2人は、15分ほどでおにぎりを食べ尽くした。

そして、ゴクゴクとペットボトルの中身を飲み干す。


「ぷはぁ」


悠希は、満足と言わんばかりに息を吐きだした。

少し遅れて少女が小さく息を吐く。

彼女は、両手でペットボトルを持って飲んでいた。


「ごちそうさま」


少女の口元には、米粒がついているしタレのような少しとろみのある液体や、お茶が垂れている。

悠希は、首に掛けているタオルで彼女の口元を拭いた。


「ありがとう…じゃあ」


少女は、パタパタと草むらの中へと向かって走っていく。

やがて、ドタッと音を立てた。

彼女は、草むらの中で転んだようだ。

悠希のいる場所からは、音だけで姿はもう見えなくなっている。

彼は、首を傾げる。


「さて、続きやるかぁ」


悠希は、伸びをしてから作業を再開した。

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