初めてだから

 放課後になり整備士モードになった私は、整備室で業務をしていました。すると同僚の一人が声をかけてきました。


「あ、久美先生。少し良いですか?」


「はい、なんでしょう?」


「えっと、まだ残っている生徒がいまして……」


「なるほど、分かりました。私が残っておきますので先生はお子さんのお迎えに行ってあげてください」


「ありがとうございます、埋め合わせはいつかします」


 この先生には小学生のお子さんがいるので、早めに帰らないといけないのです。その分、定期考査前など私が忙しい時期には先生に業務を任せたりしています。



「それにしてもこんな時間まで訓練ですか……。少し様子を見に行きましょうか」


 放課後に訓練しているってだけでも珍しい部類なのに、こんな遅くまでとなると、ちょっとストイック過ぎると思います……。ちょっと心配です。少しお話を聞いてみましょうかね。


 私は差し入れとしてスポーツドリンクを買ってから訓練場へと向かいました。そこにいたのは……。


「こんばんは、そろそろお時間ですよ。あら、翠さんでしたか」


「げっ、先生……じゃなかったか。どうも、久美さん」


「今の私は先生ですよ」


 汗だくになりながら訓練していたのは翠さんでした。普段のおちゃらけている雰囲気はそこになく、真剣な表情で訓練に臨んでいるようです。


「ああ、最終下校時刻、過ぎちゃってたか。帰るよ」


「あ、少し待ってください。はいどうぞ、これ差し入れです」


「あ、どうも。ゴクゴク……ぷはぁ。てかさ、先生が一人の生徒を贔屓にしたりしていいのか? は! もしかして禁断の関係を求めているのか?! このまま整備室に連れ込んでアー!みたいな事になるのかな? なるのかな?!」


「私はクラスメイトにジュースを奢っただけですよ、なにも変な事はないです」


「さっきと言ってることが違うー!」


 よかった、いつもの元気が戻ってきたように思います。それじゃあ、少しお話を聞いてみましょうかね。


「あの、翠さん。もしよかったら、時間を忘れる程に特訓している理由を教えて貰えたりしますか?」


「え? あー、いつもふざけてる私が、真面目にしているのは違和感ってか?」


「まさか。翠さんの発言は『思春期だなあ』って思いますけど、それ以外は――勉強も日々の訓練も――真面目に取り組んでいるのを知っているので。全然違和感はないですよ」


「え? あ、ありがとな」


 少し恥ずかしそうにする翠さん。ちょっとかわいいと思ってしまったのは秘密です。そして翠さんは一瞬迷った後、私にこう語り始めました。


「えーっと。あー、他の奴らには話さないでくれよ? 私ってとある趣味があるんだけど親には『時間の無駄』って言われててさ。成績が下がったら趣味で使う道具を全部取り上げるって言われてるんだ」


「それ、は。その、厳しいご家庭なんですね」


「まあなー。ありがたい事に座学の才能はあったみたいでそんな苦労していないんだが、実技はイマイチでさ。前の試験はまだしも、最近どんどん実力差が出て来てる気がして。次の試験は結構不味いんじゃないかって」


「そうなんですね、話してくれてありがとうございます」


 こんな話を聞いてしまうと、何とかしてあげたくなってしまいます。「自分はMSU乗れないくせに、余計なお世話だよ」と思われるかもしれませんが、それでも私は何ををしてあげたい。そう思いました。


「あの。翠さんさえよければ、私に手助けさせてもらえませんか?」


「ん? なんだ、もしかしてマッサージでもしてくれるのか? 夜の学校の整備室で二人っきりで……! もちろんいいぜ!」


 よかった、「もちろんいいぜ!」って言ってくれました。拒否されなくてよかったです。

 え、ムフフなマッサージですか? そりゃあ「したい」か「したくないか」で言えば「したい」ですけど、恋人でもないのにそういうのはNGダメです。


「そういうのは本気で好きになった子に頼んで下さい。私がするサポートはそういうのではなく……。ところで明日も残るつもりですか?」


「ノッてくれてもいいのにぃー。ああ、残るつもりだけど」


「では明日のお楽しみって事で」


 さて、そうと決まればあの機材を準備しておかないと……。これを研究用以外で使うのは初めてだから、改めて使用方法を確認しておかないと。



 次の日、訓練場に来た翠さんのMSUにとある機械を取り付けました。


「きつくないですか?」


「大丈夫だけど、これは?」


「頭部に取り付けたのは眼球運動モニター、つまり目の動きを測定するセンサーです。他のパーツに取り付けたのは筋魔図測定器、つまりMSUに流れる魔力を測定する装置です」


「ほへー。よく分からんが、これで何をしたらいいんだ?」


「普通に戦ってみてください。バーチャルエネミーを飛ばしますね」


「了解」


 それから一時間ほど翠さんの戦闘データを収集しました。そしてそれを解析してみます。


「何か分かったか?」


「そうですね、色々な事が分かりましたよ。まずは視線について。翠さん、ブースター温度を全然見ていないですよね」


「あー、まあな。重要な情報だって言うのは分かってるけど、攻撃が来る方向を確認するのに必死だからさ」


 ブースターとは急加速したい時に使うエンジンで、目の前まで迫ってきた攻撃を躱す目的で使用します。その凄まじい瞬発力を実現するために超高出力エンジンが使用されているのですが、それ故に連続使用すれば温度がどんどん上がってしまうのです。

 ある程度高温になるとセーフティー機構が働いてエンジンが使用不可になるのですが、翠さんはそれに気づかずブースター使おうとして、攻撃を躱せず被弾する事が多々ありました。


「そうですよね、ブースター温度に気を取られて被弾しては元も子もないですものね。ですが、温度確認は重要。このトレードオフを乗り越える折衷案として、単純なルールを作るという方法が挙げられます」


「ルールを作る?」


「例えばブースター温度を余裕・普通・危険のようにざっくり分けます。余裕の時は何をしても良し、普通の時は可能な限り使わない、危険な時は致命攻撃を避けるとき以外は使わない、のように自分の中で明確なルールを作ります」


「なるほどな。『えーっと、今は150℃だから……』って思考する時間がもったいないから、反射的に行動パターンを変えるようにするのか」


 流石翠さん、私の言いたいことをスッキリまとめてくれました。まさにその通りです!


「ありがと、心がけるよ。他になにか分かったか?」


「ええ。他には……」


 それ以外にもいくつか見つかった翠さんの弱点を説明しました。


「なるほどな、改めてそう言われると私ってそういう癖があるなあ」


「ええ。特にこのタイプの攻撃が弱点のようなので、それに絞ったトレーニングがあなたに合っていると思います」


 そして、それぞれの弱点をどう克服するとよいかのアドバイスもします。翠さんはそれをふざけることなく終始真剣にメモしていました。



「という感じです。それから、筋魔図の方なのですが……。左あしパーツに軽度の労作性魔力ブロックがあるんですよね。つまり、長く使っていると左あしが動かしにくくなる体質みたいなんです。それを補う為か、戦闘後半になると重心が右に傾いているように見えます。自覚はあったりします?」


「どーだろ? 言われてみれば左の方が張ってるっていうか疲れてるような感覚がするかも。それって治らないのか?」


「体質みたいなものなので、綺麗さっぱり治療するっていうのは難しいですが、改善する方法ならあります」


 重症ならお薬や手術治療の適応になりますが、このくらいだと対処療法が第一選択です。


「なるほど、具体的には?」


「マッサージです。訓練後にマッサージでしっかりほぐしてあげる事が一番の治療方法です」


「え、それって! ムフフな奴か?!」


「いいえ。受けてみたらわかります、早速整備室に来てください」






「痛だだだだだだ! ちょ、私、初めてだから! 初めてだから優しくやってー!」


「その口ぶりだと、まだまだ余裕がありそうですね。先生、もっと強くして大丈夫です」

「はーい。久美先生がこう言ってるからもっと強くするね」


「ぎゃああああー!」


 例の「小学生のお子さんがいる先生」はMSUのツボ押しマッサージのプロでもあります。私でもある程度はマッサージできますが、この先生のテクニックには遥かに及びません。

 それから数十分ほど、翠さんはマッサージを受けました。始めはすごく痛がっていましたが、徐々に慣れてきたのか最後には心地よさそうな顔をしていました。



「いやあ、痛かったなあ……」


「あはは。でも、不快ではないでしょ?」


「まあな」


「それと、こちらどうぞ。翠さんがマッサージを受けている間に作ってみたトレーニングメニューと訓練グッズです。良かったら使ってみてください」


「お、おう。わざわざありがとな」



 その日以降、翠さんの訓練はより一層充実したものになりました。がむしゃらに訓練するだけでは限界があると私は思います。必要なのは効率よく弱点を潰していく作業です。そして訓練が終わった後にゆっくり体を休める事も同じくらい重要です。


 そして、それをサポートするのが私達「整備士」なのです。





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