ドローン

@me262

第1話

 エミコ先輩の火葬が終わり、わたしたちは炉前ホールに集まった。火葬炉から先輩の遺骨が出てきて厳粛な雰囲気の中で骨あげが始まると、最後尾で順番を待っているわたしの耳に小さな靴音が届き、こちらに近づいてきた。振り向くとガラス張りの扉の向こうにある白い通路を通って部長がやって来るのが見えた。

 小さな音を立てて扉を開け、彼が入ってくると、ホールの中の全員が一斉に冷たい眼差しを向ける。その雰囲気を感じたのか、部長は小動物のような慎重さでわたしに近づき、小声で囁いた。

「遅れてごめん。まだ終わっていないよね」

「この骨上げで終了です。わたしが最後ですが、前の方に行かれますか?」

「悪いけどそうさせてもらうよ。急ぎの用事があってね」

 部長は頭を下げながら前列に割り込んでいく。非常識な行為だが、ここにいるのは全員彼の部下なので文句を言う者はいない。ただ、誰の目にも静かな怒りがこもっているのは確かだ。

 社長の息子であり三十台の若さで営業部門の部長に抜擢された彼は、秘書課のエミコ先輩と付き合っていた。エミコ先輩は部長との結婚を本気で考えていたが、部長は先日、取引先の社長令嬢のレイカさんと結婚してしまった。そのことを悲観した先輩は自社ビルの屋上から身を投げた。

 エミコ先輩は美人だったが田舎出の普通の女で、次期社長が本気になる訳がない。彼は若い頃から目に付いた女子社員を片っ端からたらしこんでおり、エミコ先輩もその内の一人に過ぎないのだ。彼女もそのことは自覚しているはずだ。わたしを含めた皆がそう思っていたが、エミコ先輩自身はそうではなかったのだ。

 成人前に両親を亡くしていた先輩には他に身寄りはなく、葬儀は社員のみで行われた。誰もが気さくで親切なエミコ先輩に好意を持っていたので、こうなってしまったのは部長の責任だと思っていた。

 早々にエミコ先輩の骨を骨壷に移すと、部長は再びわたしの所に戻ってきた。

「悪いけどこれで失礼させてもらうよ。どうしても外せない用事があってね」

 知っています。これから奥さんのご実家に行かれるのですよね。地方の大地主だとか。

 わたしは無言で小さく頭を下げて、同意をした。その時、黒い小さな埃のようなものが部長の顔の右横に浮かんでいるのを見つけた。目を凝らしてみると、それは一片の灰だった。灰のかけらが部長のすぐ傍に浮かんでいる。

 まさか、これは。

 私は火葬炉の方に目を向けた。石造りの台の上にステンレスのトレイがあり、エミコ先輩の遺骨が置かれている。灰はあそこから流れてきたのだ。エアコンによる空気の対流が起こした偶然なのだろうか。それは一定の高さを保ちながらかすかに揺れて、部長に寄り添っているかのようだ。

 私の視線を目で追った部長は自分の側に漂う灰に気付いた。一瞬だが彼は眉をひそめ、右手でそれを払った。風を受けた灰は部長から離れていく。

 それから部長は溜息を吐いてホールから出て行った。しかし、部長の背中を見送るわたしは、先ほどの灰が、彼の後頭部の辺りに浮かんでいるのを見てしまった。唖然とするわたしの前で、足早に去っていく部長の後を付かず離れずの距離で灰は漂っていった。


 その翌日、私は部長が事故にあったことを知った。高速道路で車を運転している時に中央分離帯を飛び出して反対車線を走っていたトラックに正面衝突したのだ。車は大破、同乗していたレイカさんは一命は取り止めたものの、重傷。部長は助からなかった。

 慌てふためく社長室にコーヒーを運んだわたしは、社長と重役達の話を聞いた。悲しみに打ちひしがれる社長を慰める重役達に向かって、彼はこう言っていた。

「まったく、こんなことがあるなんて。病院でレイカさんに聞いたんだ。息子は普通に運転していたんだが、突然騒ぎ始めたと。片目を押えて痛い、痛いと叫んだんだと。どうやら目に何かのゴミが入ったらしい。あまりの痛みにハンドル操作を誤ったんだ。普通なら目にゴミが入ったくらいでそんなに痛くはならないはずなのに、一体何が目に入ったんだ……」


 部長の葬儀は社葬として執り行われる予定だが、わたしは出席するつもりはない。それどころか会社を辞めるつもりだ。

 部長は若い頃から目に付く女子社員相手に遊んでいたが、それは結婚した後も終わってはいなかった。今の相手はわたしだ。そして二人はエミコ先輩が飛び降りた日もホテルで会っていた。彼女がわたしたちの関係に気付いていたかは分からない。

 そんなわたしが葬儀に行けば、あの男とエミコのドローンが宙に浮かんで待ち受けていないとは限らないのだ。

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