2.3


『向井春一? あぁ、ハルのこと? ハルは、茶髪でピアスが開いてて、ピアノ界隈では有名人さ』


宇治小春うじこはる駅のストリートピアノ? 確か、気に入ってるって言ってた時期があるよ』


『というか、君がハルのこと知ってどうするの?野次馬?』


 新学期初日からの帰り道、桜冬おとは、隣の男子が発した辛辣な物言いを繰り返し呼び起こし、なんとか飲み込もうとしていた。


 声楽への夢が一番なのだけど、五十鈴附属高校に編入したら、ストリートピアノの彼が弾く音色をもう一度聞けるものかと、仄かに期待していた自分がいた。


 見かけなかったのは、気のせいではなかったんだ……。


 桜冬おとのスマホにメッセージが届く。


  サエコ:新学期初日はどうだった? 今度の土曜日に話きかせて?


 冴子のタイミング抜群の連絡に、桜冬おとは迷わずOKの返事をした。




 土曜日の午後ともなると、宇治小春うじこはる駅の待ち合わせ場所の代名詞、金時計は、待ち合わせの人でごった返していた。


 その中で待っていた冴子が、桜冬おとに気が付き、軽く飛び跳ねながら手を振り上げている。


桜冬おと、久しぶり!」


 桜冬も冴子に手を振りながら、駆け寄った。


「冴子、お待たせ。午前だけとはいえ、土曜日も授業は慣れないかも」


「そんなこと言って、きっとすぐ大丈夫になるよ。でさ、今日はパフェでも食べにいくのどう?」


 桜冬おとと冴子は、金時計の人混みを抜け、ふたりが話をしたい時によく行く『スワローカフェ』に向かった。


 桜冬おとが通っていた伊吹高校や五十鈴附属高校の圏内ということもあって、この『スワローカフェ』は高校生に優しいことで有名だ。


 価格だけでなく、長時間友達と話していようが、ひとり勉強していようが、咎められることがない。


 席に案内され、桜冬おとはアイスティーを、冴子はパフェを注文した。


「で、桜冬おとの学校は、どんな感じ?」


「やっぱり五十鈴附属って、普通の高校じゃなかったよ! 音楽室は3か所あるし、少人数で練習できる教室もあってさ、それに、クラスの子も良くしてくれてさ」


「そっかぁ。友達は、できそう?」


「……うーん。それは、どうだろう」


「良くしてくれるって言っていたのに?」


「たぶんだけど、コンクールとか選抜とかあるからかな。ライバル感漂ってる感じだった」


 視線を落とした桜冬おとに、冴子は「桜冬なら頑張れるよ」と優しく微笑んで伝えた。


「ところで、冴子。宇治小春駅でピアノ弾いてた五十鈴附属の生徒、覚えてる?」


「もちろんよ。桜冬おとが熱心に見てた人でしょ?それがどうしたの?」


「新学期の初日から、その人の噂で持ち切りなの。なんだか、ピアノ弾いてないみたい」



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