恋に落ちる音がした

第１話 弛

1.1

　高２の春。

　大勢が春に浮かれてやがる。

　３月に寒い日が続いたこともあって、桜の満開が入学式だけでなく始業式にまで及んだ。春爛漫（はるらんまん）ってやつだ。

　世間は厳しかった冬のことをすっかり忘れ、暖かさに緩み浮かれている。

　俺には全くもって理解できないし、特に「春」っていう季節は苦手だ。

　そんな俺は、向井 春一（はるいち）という。　

　とんでもねえ名前だ。

　いつか理由（わけ）を両親に問いたい。

　お気に入りの音楽を爆音で聴き、眠たい目を擦りながら、ひとりぶらぶら歩いて教室に向かっているところ、急に後ろからぐいと引っぱられた。

　振り返ってみると、床には俺の鞄が落ちていて、ストレートな黒髪の女子生徒がもごもご口を動かしている。

　何を言ってるか聞き取れないな。

　俺は音楽を止め、聞いてやることにした。

　少しぐらい不機嫌な対応でもいいだろ？鞄落とされたんだから

「おい、何か用か？」

「――――あの、鞄ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」

　謝罪とか求めてないし。

「だから、何か用？」

「音楽室を探してて······」

　音楽室か？

　この高校は音楽科と普通科の二科制というかなり稀な体制で、しかも音楽科からは世界的な音楽家からはたまたミュージシャンまで輩出している、かなり特殊で自由な学校だ。

　そんな学校だから、初日に音楽室に行きたいって言われても違和感は無かった。

「ん、こっち」

　俺は、ぶっきらぼうに答え、彼女の返事を待たずにスタスタと歩き出した。

　一定の距離を保ちながらついてくる人の気配を感じながら迷路のような廊下を抜けていく。

　しばらく行くと、音楽室が見えてきたので、振り返りもせず「おい、着いたぞ」と声に出した。

「―――ありがとうございます」

「ん、じゃあな」

　そう言って、俺は再び音楽を流し始めて、自分の教室に向かった。