第166話 Jumpin' Jack Flash(1968年)The Rolling Stones
平成9年11月 東京都内
私(星夏美)は、首相官邸の記者クラブで相も変わらず忙しい日々を過ごしていた。
1995年の阪神淡路大震災やその後のオウム真理教事件の後、バブル崩壊、社会不安を増すような事件が立て続けに起こり、世紀末の様相が世界を
ノストラダムスの予言は当たるのだろうか
東京も神戸のような大地震に見舞われて、滅亡してしまうのではないか?
そのような一抹の不安を抱えながら…
私があのミュージシャンの
特に、アナウンス室の「連中」だ、わが社の花形の子たち
彼女らが私を見る視線は、かなりキツイものがあった
嫉妬というか、それよりは、親の仇を見るような、いつ刃物で刺されるかわからないような雰囲気だ
そんなことより、あなた達は、いつも野球選手やJリーガーと合コン三昧でしょう
わたしだってうらやましい……とはあまり思わないけれど
あの人達、なんで、そんなにガツガツしているのか?
ホントによくわからない人達だ
仲のいい
彼女はモデルの男性と付き合っているようだ
系列の新聞社に勤めている
彼女は、巻原子力発電所の取材で知り合った新潟県警警察官と仲が良くなったらしい。時々、彼がやってくるそうだ。実家の書店を彼が継ぐかもしれないとか、なんとか…
みんな、順調のように思えた
ある日、
雪からお忍びのデートに誘われた
写真週刊誌には撮られたものの、彼とは、実はそんなに深い付き合いではなかった
雪は、すこし売れたからって……、黒のポルシェ911を買っていた
私の職場から、ちょっと離れた場所に車を駐めて、私は目立たないように彼から
首都高に入ると、彼はポルシェのアクセルを踏み込み、もの凄い早さで飛ばした
ふたりで東京近隣の横浜に行ったりなどデートや食事をしていた
今日は中央道を西に向かっている
三鷹や調布は、お互い土地勘がある場所だ
ポルシェの加速は、シートに押しつけられるようだった
ブレーキは強力で、ギュッとする感じがして安定感がある。このフィーリングは明らかに国産車とは違う、私のフニャッとしたシトロエンとも違う
私は小さい頃、西ドイツ・デュッセルドルフに住んでいた
その当時は父はヴィーリッヒに車通勤で通っていて、フォルクスワーゲンのセダン、たしかシロッコだっただろうか、そんな車に乗っていた記憶がかすかにあった
ドイツの一般道の制限速度は日本より高くブンデス・シュトラッセなら時速100キロメートルが制限速度だったように覚えている
父親の運転は、加速は滑らかで安全運転。雪のような急加速、急減速はない
東京の首都高の事情から、彼の運転はやむを得ないかもしれない
西ドイツのどこまでも続くライン川、蒼々と広がる草原、赤茶色の屋根の村々が車窓から流れていくのを見て、美しく懐かしい景色を思い出した
このポルシェから見える景色は灰色の町、薄い霞んだ東京の水色の空
高校時代に橘恭平のバイクの後ろに乗り、夏の真っ青な空の下、越後平野の稲穂の波と、紺碧の日本海の景色とはまた違う
越路町の故郷もドイツと同じように懐かしく感じた
そう、
たびあるごとに、恭平との記憶を私は思い出していた
運転席に座っている雪には悪いと思いつつ
恭平と一緒に撮った写真、もらったプレゼント、まだ大切に持っている
捨てようと思ったが、捨てることが出来なかった。なぜなんだろうか
今は、雪とつきあっているはずなのに…
「ねえ、ちょっと、この邦楽のロックはやめてくんない」
「ロックバンドの俺に向かってヒドイな…」
「ほら、これ、ガンズ(Guns N' Roses)のCD。雪クン、コレをかけてよ」
Use Your Illusion IIのCDを渡す
シャッフル設定にしたら、Civil Warが流れ出した
「ガンズと…ねえ」
「高校時代から聞いているのよ」
実は氷室京介のファンだったのだが…
「でもさ、雪クンというのはやめてくんない?俺、年下だけど。なんがよそよそしいじゃん」
「じゃ、なんて呼べばいいのよ?」
「そうだ、じゃ、
「はぁ……じゃ、私はなんて呼ぶの?」
「夏美でいい?」
「はい?さんをつけなさいよ」
「じゃ、夏美さん……」
「ほら!調布インター!ここで降りるんでしょ!」
「あ、そうだ!」
ギュイーーン と急ハンドルを切った。
「危ないわね、激突するでしょうが!」
「ごめんごめん……」
このあたりが、康佑らしい
こいつホントに大丈夫か
彼が高校の時に通っていた音楽学校の近く、私が学生の時にバイトをしていた喫茶店の店長はもう替わっていた
バイトの子もみんな入れ替わっている
私を知る者はもうこの思い出の喫茶店には誰もいない
私の住むマンションは学生時代から変わっていないから、成城か仙川あたりで食事をして彼から家に送ってもらうつもりだった
なにより、ドレッサーには恭平との写真がまだ伏せて置いてあるのだ
それを彼に見られたくなかった
昔、恭平は留守電のテープにメッセージを吹き込んでいたが、この電話に着信することはもうないのだろう
ホコリを被っている
康佑から携帯電話に着信があり、ショートメッセージが入っていた
「またデートに誘っていい?」
私はドレッサーに腰掛けて、冷蔵庫から350mlの缶ビールを取り出してフタを開けた
プシュッと音がして、飲み口から泡がすこしずつ吹き出す。それを一口飲んだ。
寝かせておいた写真立てを起こした
橘恭平と長岡高校の正門の前で撮った写真がある
この高校で、ジャーナリストの櫻井よしこさんの講演を聴いたのが、私が記者を目指した理由であったのだが、今はチャラい男と一緒にデートをしている
なんのために、私はここに来たのか
上京してきたのは、記者になるためじゃなかったのか
櫻井さんから天安門事件の話を忘れて、男と遊び
写真の恭平はにこやかな笑顔で、それを私に語りかけているようだ
しかし、恭平とは別れてしまった
なぜ、彼のことが忘れられないのだろう
彼のことを忘れて、どんどん遊んでもいいんじゃないの?
いや、そんなわけにはいかない……という対立した気持ちがこみ上げてくる
あの、合コン三昧のアナウンサーの女子たちを白い目で見ていた私が、そうなっていた
「わたしは記者よ、あなたとは違うわ」と思っていた。しかし、同じだった
私は都会の色にすっかり染まってしまった
缶ビールをゴクゴクと飲み干し、
「ふん、田舎にいる男なんて、もう、どうだっていいでしょ!」
酔いが回ってきたのか
空き缶をゴミ箱へ放り投げた……コンと音を立ててゴミ箱に落ちる
……ナイス・シュート!
手に持っていた写真、恭平の優しいまなざしとまた目があって、
思わず写真立てをパタンと伏せた
今の私には涙も出なかった
◆◆◆
東京都世田谷区 甲州街道
私は多摩ナンバーの濃緑のシトロエン・エグザンティアのイグニッションキーを回し、
キュルキュルと音を立ててエンジンが始動する
冬の始まりの枯れた街路樹の上には、晴れた東京の冬空が広がる
助手席に放り投げたバーキンのバッグに、取材の他にはメイク道具などがたくさん入っていた
この近くを走る京王線の景色はどんどんと変わっていく
私は、国会記者会館近くの駐車場に車を停めて職場に入った
記者クラブからは、「おっ、
派手な女が入ってきたのを見るような視線だ
私は仕事も慣れて順調そのものだった
キャップから言われた
「星くんは、管理職って感じがするよね……」
「どういうことですか?私が記者に向いてない、とでも
「そんなつもりじゃ……そんな怖い目をしないでくれよ、もう」
順調に出世の階段を上っていく私、満たされない日々
新しい彼氏も出来たというのに
車のイグニッションキーを差し込むときに、いつもウインカーレバーにぶら下がっている新潟白山神社のお守りを握っていた
今日も無事でありますように、と
でもこのお守りは、交通安全のものじゃない。
元カレ(橘恭平)と一緒に買った白山神社の縁結びの思い出のお守りだった
◇◇◇
2010年頃の夏 ロサンゼルス
ロサンゼルス国際空港に「俺(橘恭平)たち」は降りたち、シリコンバレーのウチ関連会社の社員の車の迎えを待っていた
彼は空港に出迎えてくれて、駐車場に車を取りに行っていた
俺の横には妻の香代子、そして長男の一輝、小さな娘の沙希はジェット・ラグ(時差ボケ)で眠ってしまって香代子の背中におんぶされていた
迎えの彼は俺たちの荷物をトランクに入れて、俺は助手席に、妻の香代子とこども達は後ろの席のチャイルドシートに座って、高速道路を走った
何車線もある広い道路、車線変更をすると道路に打たれて鉄の鋲が音を立てている
会社から留学の許可をもらい、アチコチから奨学金を得て、またアメリカの半導体メーカーに勤めている山際京子ちゃん、俺の高校の後輩だが、彼女のコネでカリフォルニア工科大の大学院に行けることになった
なんて有り難い話だろう
妻は、産休の後に県の看護師を退職した。上越市の新潟県立看護大で単位を取った
そして県立中央病院に勤めていたドクターと、今は看護大学に変わった教授の推薦で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の看護学校へ留学する推薦をもらっていたのだ
俺たちは会社の手配で、パサディナに一軒家を手配してもらっていた
妻はLAからサンフランシスコ校の寮に入り、最初の頃は週末、慣れたら月一度、帰ってくるという。
一輝は、香代子が看護師で夜勤をやったりで、おばあちゃん子だから、おばあちゃんから来てもらう事にしたのだ。
妻は自動二輪を持っているから、アメリカで免許を取って、アメリカでカワサキを捜すという。
幼子はというと、こども達の面倒は後でLAに来るお義母さんが見てくれる
柿崎の和菓子店は叔父が亡くなって閉店している。お義母さんだけで店を切り盛りするの厳しく、俺の留学の話がでたら、LAからのツテで、短期間でもいいから、本場の和菓子を知りたいという話があって、義母にも来てほしいという
これも有り難い話だった
家族全員で、留学の間、引越となったのだ
香代子は、看護師の時に貯めた貯金で学校の経費を出した
彼女は高校の時に諦めた夢を、取り返したのだ
一番張り切っていたのは香代子だったかもしれない
東京生活で精神をすり減らしていた長男の一輝は最初は行きたくないと、言っていたが、今は気持ちは変わって、窓から見るLAの景色を「ハリウッド映画みたいだ」と言って喜んでいる
沙希はまだ物心がついたか、つかないような歳だったが
ロサンゼルスは砂漠ような乾いた街だ
ダイハードに出てきた「ナカトミ・ビル」、フォックス社のビルを見て、俺もロサンゼルスに来たのを実感した
俺も大学の時の夢を取り返したと思った
妻は車の中で俺に言った
「シリコンバレーに来て、シリコンの本ばかり買わないよう!」
一輝は「なんで?」と思っていたが、それはエロ本のことだ
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