第69話 世界が終るまでは…(1994年)WANDS
平成2年8月の暑い日の世田谷区成城
わたし(星夏美)は、この成城のゴルフ練習場に、打ちに来ていた。2回目だ。
気に入ったら、ここの会員になろうかと考えていた。
仙川から近いのだ。
今日は練習を十分し終えたと思って、帰り
あの北島がまた現れたのだ。なぜだろう?
「夏美さん、オレが車で帰り送ろうか?」
おくり狼だな、コイツ(笑)
「ちょっと、あなた、いきなり『夏美』って下の名前で呼ばないでよ。星さんとよびなさい!」
わたしを付け狙ってきていたのか。しかし、この暑い中、ここまで歩いてきたからなぁ、暑い中帰るのも少し億劫である
でもまだコイツの車に乗るというのは信用ならん。
「アレ?オレのことを警戒してる?大丈夫だよ。(ホントかよ)今日は親父の車を借りてここに来ているからさぁ」
たしかに成城から自分のマンションまで歩くと30分くらいかかる。
お言葉に甘えようか、とふと心によぎった。でも彼がわたしに変な気を持たれるとなあ。
「気がある」と思われると困る。
「大丈夫、大丈夫……」
まあ、仕方ない。この夏の暑い中を歩くのも大変だし。やっぱり送ってもらおうかな、と
「ホントに送ってもらっていいの?」
「え、マジで?まさか、ホントに?」
「何を言ってんの!アナタが乗せてくれると言ったんでしょ?」
「え、嬉しい、……いや、オレがそのゴルフバッグを運ぶからさ」
「言っとくけど、この暑さの中を歩くのが、わたしはイヤなんですからね。くれぐれも変な気を持たないでよね!」
「大丈夫です!」
彼は丁寧にわたしのゴルフバッグを持って、車まで運んでくれた。
彼について行って駐車場に行く。
彼の車を見たら、あれま、Jaguar XJ-Sコンバーチブルか!
なんてこった。これまたグリーンのド派手なデカい車だなぁ……(笑)
こんなの運転できるのか?コイツ……父親の車だといって傷つけそうだ
「ホントにいいの、わたしのマンション、車ならほんのちょっとで着くけど……路地も狭いし」
「いいの、いいの、さあ乗って」
「幌を開けたままかよ! こんなオープンカー、目立ってしょうがないでしょ!」
「いいじゃん、気にしない気にしない。ドンマイ・ドンマイ」
なにがドンマイだ。気にするわ!
大きなトランクには、彼と父親のもの?と思われるゴルフバッグが二つ入っていた。
「アナタは親子でいつもゴルフに行ってるの」
「そうなんだよね。正直オレ、始めたばかりで。大学の女子でゴルフする子、なかなかいないしさ。キミくらいだよ、打ちっぱなしで会うなんで」
「そう?……」
彼の車に乗せてもらった。甲州街道に入ると、すでに夕暮れだった。
「今日は富士山が良く見えるね」と彼が言った。
昔は成城からでも見える日が多かったらしい。
調布のこの街から、こんなに良く富士山が見えることに、いままでわたしは気が付かなかった。
「ねえ、なんでわたしを送ってくれたりしてくれるのかしら? わたしはド田舎の子だけど?」
「あ、あの時のことまだ覚えている、ごめんね。まあ、べつにいいじゃん。同じ大学なんだし」
「アナタ、絶対に下心あるでしょ?」
「ないない……いや、ちょっとは……」
「ふふ、正直ね。後でフラれてつらい思いしても、わたし知らないわよ」
「気にしない、気にしない」
「そう?ならいいけどねぇ……笑……あなた面白いのね」
ただの下心と親切じゃないよね。この人のこの感じは。
「ねえ、ワタシのバイト先でお茶していく?バイト先だからサービスしてくれるけど」
「星さん、それ、マジですか!行きますとも」
「送ってくれたお礼よ」
つつじヶ丘のわたしのバイト先の喫茶店の前に車を停めて、彼にアイスコーヒーをおごったのだ。
「ねえ、さっきオレ、テニスサークルの仲間と、ゴルフのコースを回ろうと言ってたけど、どう?」
「うーん。わたし、もうちょっと練習してからにしようかと思うけど。まっすぐ飛ばないし。」
「ぜんぜん大丈夫!ちょっと離れたところだから」
「まあ考えておくわ」
彼の顔はニコニコしていた。なんて無邪気な笑顔なんだ。
彼は慶應義塾大学の附属高校だということで男子校で全然女子と交流がなかったというようなことを聞いた。
モテそうなものだけど。
「ねえ、星さん。オレのこと覚えている?」
「こんな慶應ボーイなんて会ったことないわよ」
「そう?オレ、昔、キミに会ったことがあるような気がするんだ」
「デジャブ(Déjà-vu)でしょ、絶対」
「やっぱデジャブかな……」
うーん。意味深だ。
確かに彼はお金持ちかもしれないけど、問題はそれじゃなくて北島クンは、実は純真で真面目な人だ。
でもわたしにはカレシがいる。
こんな人を振ることは、申し訳ない。わたしの信条に合わない。
あの大きなジャガーは細い路地を曲がるのに「やっぱり」苦労した。
彼はなんでこんなデカい車に乗っているだろ?見栄っ張りなのだな、きっと。
どう考えても東京の狭い道を走る車ではない(笑)
左折するときとか、切り返しに苦労をしていた。若葉マークのクセにむりしやがって。
そして北島クンはわたしをマンションに送り届けるだけで、
スッキリ、サッパリ「バイバイ」と言って去って行った。
しかし、彼が車に戻る姿の足取りは軽かったように見えた。
◆◆◆
わたしがマンションに帰ってポストを覗いたら、長岡技術科学大学の寮にいる橘恭平から手紙が届いていた。
わたしが本当に好きなのは、この人、橘クンだ
彼の手紙には、寮にずっとコモっていて、授業の近況とか、同級生の話とか、近況がよく書いてあった。
牛の鳴き声、カエルの合唱、そしてカラスの鳴き声。
越路町が懐かしい。
橘クンは、本当の苦学生だ。
さっきマンションに送ってもらった北島クンも同じ工学部だが、彼はどうも勉強しているように見えない。就職はどうするつもりなんだ。
橘クンの長岡技科大は就職はほぼ100%だと言われる
これは国立と私立の違いなのか。田舎と都会の違いなのか。
アリとキリギリスというからね
冬が来たらキリギリスは死んでしまうのよ。北島クンは大丈夫?
わたしの育った越路町、西ドイツにもいたけど、何か月も雪の季節がある。
わたしがアパート探しに来た時の東京まるで春のようだった。
北の方の人からみれば、東京は冬という季節がないようなものだ。
夏があれば、必ず冬が来る。
この好景気に浮かれていて、不景気になったら、この景気に浮かれているキリギリス達はどうするんのだ。冬が来たら生き残れるのか。
わたしは、そのような考えを巡らしていた。
しかし、わたしの予測どおり、実際に日本経済が奈落の底に落ちる、
その足跡は着実に近づいていたのだ。
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