第21話 Boys Don't Cry(1989年)Moulin Rouge 

 柏崎市青海川駅近くの海岸、鷗が鼻の切り立った断崖は、いつからか

「恋人岬」と呼ばれるようになっていた。


 俺(橘恭平)は始めて夏美(星夏美)とココに来た。


 崖の転落防止の手すりには、夥しい数の南京錠が結ばれて、カップルの名前が書いてあった。


 夏美はそれを見て何か思ったようだったが、俺はそのまま崖から降りて砂浜に出た。


 海岸には虫もいて、ハングル文字の漂流ゴミが流れて着いていた。


 丸い小石の砂利のような砂浜に降りると、夏美はブーツを脱いで、革のジャケットを流木の上に置いた。


 白のTシャツにジーンズ姿


 ジーンズは足にピッタリとして、172センチで高身長で痩身の夏美はとてもスタイルが良い。


 Tシャツからはブラが透けて見えるが、彼女には胸は「ない」


 しかし、バイクの後ろの席で俺に密着してきたときには、少しは感覚があった。

 背中から腕を回され手を組んで密着されるのは悪い気分ではなかった。


 夏美は足を海水に浸し、ジーンズを撒くって、パチャパチャと夏の始まりの海の水を蹴った。


 彼女は7月の生まれだから、夏美と名付けられたという。

 生まれた日は、ベガとアルタイルが綺麗に輝いている夜だったそうだ。


 俺はしゃがんで、波を蹴って戯れている夏美の姿をぼーっと見ていた。

 とても幸せな時間だ。


 夏美は海の中に何かあるのに気がついたのだろうか。


 海に手を突っ込んで、そして何かの塊を持ち上げると、


「えい!」と言ってその物体を俺にぶつけてきた。


 海藻の塊、ワカメなのかモズク(本土モズクで一般的な琉球モズクより硬い海藻)の塊が、俺の顔面にバシャッと音を立てて直撃した。


 恐ろしい運動神経とコントールの良さだ。


「夏美、やったなー!」


 俺は彼女に駆け寄る。

 しかし、ここで夏美の反撃が待っていた。


「キーック!」と、彼女の声と共に、濡れた足で回し蹴りを脇腹にくらった。


「どこでこんな技を覚えたんだよ!」


「西ドイツの日本人学校で空手をやってたのよ」

「くそー、早く言え!」


 俺のジーンズと白のTシャツはビショビショだ。


 青海川駅に電車が止まり、海水浴客が降りてきて、砂浜のすぐ上にあるプラットホームから俺たちを見ていた。


 スタイルの良い夏美は海水浴客達の注目の的だった。


 俺は

「恥ずかしいからまたバイクへ戻ろう」と言った

「えー、もっと海水に浸っていたいのに」

「場所を変えよう。ここだと目立つ」

「しょうがないわね」


 そう言って彼女はブーツを履いた。

 革ジャンを抱えて、崖の小径上るとき、もう一つの腕で俺の腕に手を回してきて体を密着させてきた


「おい!」

「いいじゃん」

 彼女の胸の体温を感じる。


 上目遣いで、俺の顔を見上げる彼女の顔はとても美しい。

 そしてコバルト色のこの海も綺麗だ。


「く、く、鯨波の方に行こうか……そこなら人がいないし……」

「そうね、どこも、かしこも人で一杯よねぇ」


「そ、そうだ……あの鯨波漁港に行けば人はいないんじゃ?」

「なにか企んでる?恭平……」


「いや、なにも……」


「いいわよ……ふふふ」

 夏美は小悪魔のような表情をした。いや、小悪魔じゃなくて心は大悪魔だが


 ◆◆◆


 鯨波の漁村集落の抜け道を通り、漁港へ行くと人は誰もいない。

 暗くなると暴走族が出そうだ。


 ちょうど日が沈み始め、世界は金色に染まっていった。

 沖を漁船が行く。


 岩場の上にふたりで立ち、俺は夏美に言った

「抱きしめていいか」


「いいわよ」

 そういって彼女は目をつむった。


 波の音、ウミネコの鳴き声


 彼女の唇はとても柔らかい

 ああ、なんて幸福なのだろうか


 夏美の体は庭球部でトレーニングをしていて、とても健康的だ

 残念なことに胸は無いが、とても引き締まった体をしている


 この海岸の岩の上で、夏美と何度も何度もキスをした


 日はあっという間に海に落ちて

 空は黄金色からオレンジ色へと変わり、

 海は群青色からグレーに変わっていった


 時を忘れて、俺たちは抱きしめあった


 俺が夏美と会って、2年目の夏の始まりだった

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