第20話 Locomotion(1987年)Kylie Minogue (version)

昭和63年 高校2年の夏休み


 1学期の期末テスト(当時は3学期制)が終わって夏休み。


 わたし(星夏美)は部活のない土曜日に、カレシ(橘恭平)が住む、小国町の教員住宅にスーパーカブで向かった。昭栄(SHOEI)の目新しいメットにバイク用のジャケット、ブーツを履いて。スーパーカブに似合わない衣装だ。


 彼の住む官舎のバイク・自転車置き場に停めると、エンジン音を聞きつけたのか、彼が部屋の窓から顔を出した。


「いま降りていく」という彼の声。


 エレベータのない無骨なコンクリートの階段を駆け下りてくる彼は、どこからか手に入れた革ジャンとジーンズ、お古の履き慣らしたブーツを履いている。ヘルメットはノーブランドの黒いヤツだ。


 「なんだ、お前、俺より良い衣装を揃えやがって……このメット、高いヤツだよな。よく買えたな」


 「わたしもお小遣いを貯めていたし。高校が私服になってたって、まだまだ様子見の子ばっかりで。西ドイツにいるお父さんから『服代』としてもらっているお金を使わせてもらったわよ」


 「お前、普段の衣装に金使わないよな、智子なんてしょっちゅう何かの服を買っているし」

 「つった魚にエサをやらないってことよ」

 「どういう意味だよ」


 「カレシが出切ればオメカシなんて節約するに決まっているでしょ」

 「俺は釣られた魚かよ……そうだ、俺のバイクのカバーをお前のカブに掛けておこう」


彼はバイクに掛けてあったカバーをめくると、ピカピカに磨かれたバイクが出てきた。

そしてカバーをわたしが乗ってきたカブに掛けた。


 「へー、ピカピカ。凄いじゃん、アナタが整備したの?」

 「さすがにキャブレターの調整は俺じゃ無理だった。ちょっとこの先にあるバイク店のオヤジから整備してもらったよ。その出費が痛くてねぇ」


 「ねえ、エンジンを掛けてみて」

 「わかった」


 彼は車庫バイクを引いて出して、跨がった。

 キーを回して始動の位置に合わせる。


キック(レバー)を出して、彼が思いっきり踏み込むと、

ドロンという2ストロークエンジンが始動し、大きな音が響いて、マフラーから混合油の少し青みがかったように見える排気ガスが勢いよく噴き出した。


 一発で始動した。さすがに整備しただけある。年式は若干古い。


 彼はチョークを戻し、アイドリング状態のままで、そのままシートに座り、

「後ろに乗れよ」と言う。


 彼との二ケツのツーリングの始まりだ。


 わたしは後ろのシートに跨がる。どうやって掴まったらいいのか、

 とりあえず、私はヘルメットを被り、手を彼の腹部に回して組んだ。


 「お前、いきなり密着するのかよ!」

 「あなただって、2ケツは初めてでしょ?振り回されて飛ばされないようにするのよ」

 「安心しろよぉ、もう」


 「ねえ、海を見に行くんでしょ」

 「約束だったな。最初だから柏崎か、ここから30分あれば十分に着くだろうし」

 「そうね」

 「しっかりと掴まってろよ」


 彼は一番低いギアにガチャッと入れて、クラッチをゆっくりと繋ぎ、バイクはゆっくりと、ドロドロと音を出して走り出した。


 青々とした田んぼの中を通る国道を走った。

 左手には真夏の青空の中に紫色の八石山が見える。綿雲が浮かぶとても晴れた良い日だ。


 国道291号の峠道を心地良く走り、そしてひんやりとした武石トンネルと通り抜け、信越本線と交叉する北条踏切では普通電車が通過するのを見送った。


 あっという間に柏崎の市街地に入る。


 ここから国道8号。海まであっという間だ。

 彼は猛スピードを出すわけでもなく、いかにも手順が正確な理系という感じの運転だった。


 米山大橋の手前に、コンクリート擁壁にたくさん絵が描かれた場所がある。


 その近く日本海フィッシャーマンズケープという場所から坂を上り、

 そして恋人岬と呼ばれる丘の上着いた。

 「展望レストラン・シーガル」の駐車場に彼はバイクを停めた。


 目の前には青々とした日本海が広がっている。


 わたしは恭平と、何度も、何度もこの海を一緒に見たいと思った。

 遠くに見える佐渡


 この岬から海に向かって、右側に大きな工場のようなものが浜辺に建設されている。


 7号機が稼働すれば世界最大になる原子力発電所、柏崎刈羽原子力発電所である。

 大きな塔の上から、フラッシュのように光が点滅している。

 海岸の森の中でひときわ目立っている。


 「ねえ、この岬の下に降りて海に行かない?」

 彼が言った。


 左手には信越本線の青海川駅がある。ここから崖の小径を降りて歩いていけるそうだ。


 わたしは彼と、海辺に降りて、ブーツ脱いで冷たい海水に足を浸した。

 

 彼の下宿からわずか30分である。


 すでに浜辺には海水浴客の姿があった。


 わたしと恭平の2年目の夏が始まった。


 


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