金曜奇譚
もも
第1話 オフィス 20:29
隔週の金曜日に企画会議を開こうと先輩のN氏が言った。
「誰にだって不思議な経験のひとつやふたつぐらい、あるだろ」
N氏はサラッと言うが、「いやいや、ないでしょ」と僕は心の中でツッコんだ。
それでも僕たちにはやらなくてはならない事情があった。
去年の春、大学時代の先輩だったN氏はイベント会社を立ち上げた。友人知人たちからのご祝儀的な依頼のほか、口伝てで評判を聞いた企業からの発注もいくつかあったが、基本的にクライアントからの要望は絶対である。どれだけ無茶なことであっても最大限に意向を汲み取り、形にし、更には集客に繋げた上で「また次も頼むよ」と言わせなければならない。
単発で終わらせず、なんとかして継続に持ち込むのだ。
でないとうちのような歴の浅い会社など、すぐに潰れる。そうやってこの1年やって来たものの、ここでN氏の悪い癖が出た。
「相手の言うことばっかり聞き続けるのってストレスなんだよな。なんていうの、囲いの中で仕事してる感じというか」
与えられた環境でマックスいい仕事をするのが大事なのでは? と心の中で僕は思ったが、『ガンガンいこうぜ』タイプのN氏は囲いを蹴り倒してフリーな発想で仕事をしたいらしい。
「イベント会社だったらこっち発信で色々仕掛けられると思ったんだけどなぁ。そもそも相手からの発注を待つってのが性に合わん」
大きな実績のまだない我々程度の規模の会社になど、そう都合良く依頼は来ないのもまた現実なのである。
「よし、売り込みかけるぞ」
N氏は宣言した。
企画書を作り、企業サイドに提案をしに行こうと言うのだ。
こちらとしても生活が掛かっているのでそれについては賛成だが、ちょっと待て。こっち発信で作るということはいつものような相手先の要望などはなく、全くの0から1を作るということでは?企画書を持ち込む先はある程度検討をつけているのだろうか。
「お前バカなのか。そんなもん、端からターゲットを絞るような真似してどうすんだ。間口は広い方がいいに決まってるだろう」
いやいや、バカはあんたなのでは?
狙いも絞らずガバガバの企画を作ったところで刺さる訳ないでしょうが、それでどうやって金引っ張ってくるんだよ……とは流石に言えないので、それに近いニュアンスの言葉を返す。
「俺が言っているのはベースの部分だよ。大枠と軸さえブレなければ、あとは売り込みかける相手によって中身をアレンジするだけで済むだろうが」
あぁ、そういう話か。N氏はいつも僕に対して言葉が足りない。
「大きなテーマだけ決めておいて、そのテーマをどうイベントに落とし込むかは売り込む先によって変えるってことですね。了解です」
それってひとつのテーマを使いまわしするって話では……と思ったが、今はそこに触れてやる気を削ぐのは得策ではない。
「幅広い相手に使えそうで、イベントにしやすいもの……何がいいですかね」
「テーマはもう決めてる」
「え。ならさっさと言ってくださいよ、面倒臭いな。何ですか」
「お前今、面倒臭いって言ったろ」
「聞き間違いですよ、面倒見いいなって言いました」
「お前のその図太さ、俺は嫌いじゃないけど、取引先の前では絶対出すなよ」
「当たり前じゃないですか、先輩じゃあるまいし」
「雇い主に対する尊敬ゼロだな。まぁいい。で、テーマだが『違和感』だ」
「違和感」
N氏は続ける。
「ギャップと言い換えてもいいかもしれない。ほら、モブの癖にやたらチートな能力があるとか、悪役令嬢なのに王子にめちゃくちゃ好かれるとか」
「先輩もそういうの読むんだ」
「流行りものは浅く広くが大事だぞ。要するに“あれ? 何か違うな”と感じるザラつきが違和感な訳であって、その引っ掛かりは何だっていい。要は参加した人の心の中に何か引っ掛かるものを残すことが大事なんだから」
「引っかき傷がなかなか治らないようにですか」
「傷という言い方はちょっとマイナス表現だけど、まぁそういうこと。中でも『恐怖』の感情って一番人の心を刺激すると俺は個人的に思ってるんだ。怖いもの見たさという言葉があるように好奇心はもちろん、感情を強く動かすことにも優れている」
「ホラーイベントとか、なんだかんだ人気ですもんね」
「それな。ということで」
N氏の人差し指が僕に向けられる。
「仕事だ」
「嫌な予感しかない」
「違和感を覚える話、ちょっと不思議な体験談とかを持っているヒトを探してきて」
「出た、ヒト探し! 一番大変なヤツ!」
「大変だからこそ見付けてきたヒトそのものがお前の財産になったりする訳でしょ。人脈作りと思いな。この仕事、企画力も大事だけど、一番大切なのはヒトだからね。企画書に説得力を持たせるために、リアルな例は欠かせないし」
かくして、僕の業務にヒト探しが加わった。
最初の企画会議までに何かエピソードを持っている人を見付けなくては。交友関係も行動範囲も狭いだけに、うまく見付かるといいのだけれど。
「不思議な経験のひとつやふたつ持っている人なんて、本当にいるのかな」
とりあえず種だけでも蒔いておこうと、手当たり次第にDMを送りまくる。どうかうまく芽が出ますように。
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