黒いソワレに秘めたもの



一つの、街があった。

そこそこに、栄えていた街だった。だがそれはもはや遠い過去の話。まずは瘴気汚染によりそこの産業は止まり、まともな救援もできないままに人は滅びた。そこに残った資源をこれ幸いと、瘴気に適応した魔物が住み着く。と。そこに、生き物を感知した狂ったダークナイトどもが列挙する。当然魔物も抵抗する。

そうして、その街は異種族の紛争地帯となっていた。

どちらにとっても、得るもののない消耗戦。


そこに、二人の男の影がある。



「ヴァンよう!この街はダメだ!魔物とダークナイトが混じり合ってしっちゃかめっちゃかだ!迂回して逃げるぞ!」


「迂回?バカ言うなよ、テッド。

ちょうど良いじゃないか」


「あぁ!?何言ってやがる!」


「……いい加減試したかったんだよ。

オレが、どれくらい出来るのかを」



黒い、ガラスの断片じみた刃を背から引き抜いて持って。するりと前に走り始める黒い少年。その髪も眼までも、真っ黒。

少年も、ダークナイトの一人だった。


「出し惜しみは無しだ」


ヴァンはそのまま、根本から存在しない腕を掲げる。

瞬間。

そこからは噴水のように黒い血が溢れ出す。その黒血は、目の前にいたダークナイトにも、魔物にも全てに公平に降りかかり。そうしてそれらはその少年の存在に始めて気がついた。



「ひとつ」


気が、ついた最も近い黒騎士の両手脚が落ちる。

まだ死にはしないが、それで無力化をした。

次に近い奴を口から脳を貫いて、そのまま剣を下にぶちぶちぶちと下ろす。流石に、ダークナイトといえどこれでは死ぬようだ。


「ふたつ!」


魔物が、異常に気付いて彼の方へ向かう。

まずはこれを殺さなければならない、と飛びかかる。

そうして来た魔物の、更に上に跳ねとんで。

その上から頭部を蹴り刈って落とす。

滞空のままに、剣を投擲して及び腰の第二陣を貫く。


「一つ飛んで、よっつ」


恐怖に引き始めた軍勢に、再び無い腕を向ける。

また、噴水じみて血が撒き散らされる。

剣を拾い上げ、じっくりと歩み寄る。芋虫のようになったダークナイトを何度も何度も突き刺してトドメを刺す。


殊更、残酷に。

デモンストレーションのように血肉を撒き散らす。

敢えて近くに寄り続け、剣を使って殺す。

それは、そうすることは恐怖を伝染させていく。

それは恐怖を撒き散らすことになる。


そうだ。それだ。

それこそが、ダークナイトの戦い方だ。

狂った者には、出来ない。

誰かに教えてもらったはずの戦いかた。


気付けば誰も、戦いをやめていた。

全てがその、少年から逃げていた。

正気もまともな思考も奪われたダークナイトも。

飢餓でまともな思考もしていない魔物たちも。

全てがその根源的な、死にたくないという恐怖にそれらを思い出させられて、足を後ろに動かして逃げ去っていこうとする。



だが、もうそうする頃には遅く。

それらは全てがくり、と足を止める。

彼らに降りかかっていたのは、彼の黒い血。

その黒血がずるりと体内に入っていく。



「っと、途中から数えるの忘れてたな。

まあいいか。…やっぱり、オレ強いな」


それは自惚れや増長ではなく、自己認識。

過去の自らがどのような過去を歩んできたのかはわからない。だが、何があってこうなったのか、というくらいには強い。ダークナイト特有の強みではない。ただ、自分としての実力の高さを認識する。

そうした上で、ぐっと眉を顰めた。


その上で。おそらくあの魔女に遠く及ばない。

一瞬触れて分かったことは、つまり。

あれの存在は、こういった個人の強さどうこうではどうしようもない。そんなような規模のものなのだということ。



「…お、いおい。

本当に終わらせちまったのか…」


「ああ。全員、『こう』するのは出来なかったな。大体は逃げられちまった。あんたが捉えようとしてるのも見たけど、無理だよな」


「わりいな、数も勢いもありすぎてよ」



バツが悪そうに、テッドが髭を摩る。

それは逃してしまったこのそのものというよりは、自分がそれに加勢をしてやれなかったことと。この、目の前の状況への困惑が大きい。


「ヴァンよう。本当に…

こんなことをする必要があるのかよ?」


「ある。見ただろあの魔女を」


ぐ、と黒い破片剣を握りしめる。

その黒い眼の奥には深い怒りがある。


「正攻法じゃあ、勝てない。一人や二人では、あんたみたいな手練れがいても無理だ。そういう存在だよあれは。だから必要なのは手数だ」



その会話を遮る音が、聞こえる。

どおん、どおんと地面が響く音。巨大な何かがこちらに近づく音。先程逃げていた魔物たちをも喰らってこちらに近付く存在の足音だった。



「…な、おい、おいおいおい!いい加減に運が悪すぎだろうが俺たちよう!ヴァン、今度こそ逃げるぞ!」


「へえ…食べるものも無くなったから魔物も長生きできないし、もうこっちにはいないもんだと思ってたけど…まだいたんだな」


「言ってる場合かよ!『紋章獣』だぞこいつは!?これこそ、一人二人で勝てる相手じゃねえ!」



べきべきと建物を根で侵食しながらこちらに進んでくる存在は、それこそ、もう第一世界にでしか生きていられないと思われた紋章の獣。飢餓というどうしようもない終末で淘汰されつつあった種。

紋章獣、ドライアド。


「植物に近いタイプの紋章獣か。なんとかそれで飢餓を凌いで生きてて…で、久しぶりに見る肉に涎を垂らしてるって感じだな」



オーケー、と呟いて深呼吸をする。

代謝機能が生きているならば、冷や汗を垂らしていただろう。それでも落ち着いたフリをしていたのは、ただの格好付けだ。


「テッド、下がっててくれないか。

あと場合によっちゃすぐ逃げれるように」


「…おい!?おめぇ、バカだろ!」


「…一人、二人じゃ勝てない敵。そうさっきアンタが言ったろ。ほんとその通りだと思うぜ。だからこそ、ちょうどいい。やつの仮想敵と、して試させてもらおうじゃないか」



だからこれは、あの魔女との模擬戦だ。

彼はその為に動いていたのだ。

その為に、血を撒き散らしていたのだから。

黒い血に侵食された者は、その血の持ち主に自我までも侵食される。だからそうして、ヴァンを狙ってきた触手の攻撃を他のダークナイトが庇った。先まで、逃げようとしていた者。


巨体故に、無防備を晒している足に魔物どもが齧り付いた。爪を立てた。目、粘膜が全て真っ黒に染まっている。

ゆらり、ゆらりと街の陰から人影が現れる。

魔物の影も現れる。


そうして皆が、紋章の獣に牙を向けた。

それは何も知らなくば、強大な共通の敵が現れて、いがみ合っていた者たちが協力をし始める感動的な場面にすら見える。

だがこれは違う。もっと、もっと身勝手でおぞましい光景。そして協力などではなく、もっと独善的なもの、



「さあ、始めようぜ。

一人二人で無理なら…」


「……『こうなった』やつら。

オレになった、こいつら全員で相手だ」



少年が、剣を掲げる。瞬間にその場にいたヴァンと、テッド以外の全てが雄叫びをあげた。





……




「……い、しろ。しっかりしろぉ!」


「う…ぐ…

…テッド…手当てしてくれたのか。

わりい、助かるよ…

オレが生きてるってことは、一応勝ったのか…?」


「言ってる場合かっつってんだよ!

いいから黙ってゆっくりしとけクソガキ!」



必死に、身体を縫ってくっつけているテッドの姿を見る。パニック状態になってもおかしくない状況で、それでも的確に処置をしている様を見ていると何か申し訳ないような、それでいて滑稽な気持ちになった。


彼らは、まだ生きている。

だからそれはつまり、今まで増殖したナイトも壊滅して、自分もどこかしこに部位が飛ぶ大惨事になりはしたものの。

なんとか、あれに勝ったと言うことだ。

どう戦ったかは正味覚えてはいない。ただひたすらに、突っ込んで切り刻み続けた事だけは覚えている。



「……ふう。これで多分動ける筈だぜ。だがよお。このまま目覚めないんじゃねえかと不安になったぜ」


「心配してくれたのか。ありがとう」


「そりゃあ!…するだろうよ。

嬢ちゃんまで死んじまって、お前まで死んだら…

…俺ぁ、自分が許せねえ」



ロア。

その名前を反芻するように口にする。

またなんとか動き始めた四肢を使って立ち上がる。

見上げた先には、巨大な魔物の姿。

動かなくなったドライアドの姿がある。

それの、黒色に染まった葉脈を見て笑う。



(オレが…こんなことをしてると知ったらロアはオレを嫌ったかな。そんな気はする)


(だけど…もうどうせ、滅んだ世界なんだ。

だからいいだろ?)



自分が、過ちを犯していることは、彼にはわかっている。そしてだからこそ、自分の中で言い訳をしている。

どうせ、終わっている世界なのだから。どうせ、自分が滅ぼそうとした世界なのだから。どうせもう、自分の目的はないのだからと。その為になら何をしたって構わないのだという、ただの言い訳。

魔女にもう一度逢う為になら。



「紋章獣は、倒せた。だがここまでギリギリじゃあまだ足りない。もっと、もっと力が必要だ。こいつを侵食できたのは大きいが…」


「奴は…言っていた。

まだあそこには人がいる。だから、そこにと」


またあいましょう、と言ったあの時。

イスティは彼に向かってそう伝えていた。

彼女はそこに向かうつもりなのだと。

だからそこに先んじて行くことさえ出来れば。



「…本気で、やるのか。小僧」


「…ああ、やるよ」


「そうか」


テッドはそう短い返事をして、すぐに口を閉じた。

今に至るまで、人はまだ会っていない。

ここまで少年が侵食し殺してきたのは、魔物と暴走したダークナイトのみ。だから、ここまでならまだ取り戻しが効く。

だがそこに着いてからのそれは。

取り返しが、つかない。



「王都。そこにはまだ、人がいるはずだ。生き物が集まってるはずだ。そいつらを全部、手数に変えよう。王都に向かおう、テッド」


「………俺は、大人として…」



ダークナイトたちは、そうして前に進む。

王都へと向かって行く。

魔女を、捻れて問い詰めるまでは。

彼らはへこたれはしない。

何かの理由を付けて、それでも前に。



(これ以上は、おめえに過ちを犯させるべきじゃねぇ)



その横で、髭面が一人また、覚悟を決めていた。






……







「……」


「…あの…どうか、しましたか?ダルク」


「え?…あ、ああいや!

その、元気そうでよかったなって思って!」


「それは…ええ、こちらこそ。

ダルクも最近、疲れてるようでしたから」


「疲れっていうよりは、消耗というか…

ん?ほぼ同じかな。まあいいかどっちでも」



…ダルク・アーストロフはそうしてまたじっと、イスティを眺め続ける。その、妙な視線を怪訝に思いながらも、特に邪気やらを感じなかった為にそうさせておくままにした。


「…ポーズとか取ります?」


「え?いや大丈夫、ごめんごめん気使わせて」


「あっ、はい。…?」


…じゃあ、いよいよなんなのだろう、と思いながらもそうして再び旅路に着くための準備をせっせと進めていく。

その背姿も、またぼーっと眺めて。そうしてからようやく正気に戻って、荷造りの手伝いをし始めた。

彼女の折れていた腕は、そのままだ。そのままある事を望んだのか、まだ魔女の力が戻ってきていないのか。後者だとしても、彼女自身の力で治せるため前者なのだろうとダルクは結論づける。


昼の彼女は、イスティ・グライトのままだ。

彼女が無意識の時にのみ、あの魔女は。『ロア』と名乗った、奴は表に出てくることができるらしい。


こうして彼女たちの旅はまた続く。メイスはへし折られて、腕は片方動きはしない。それでもさしたる問題も関係もなく、戦い続けて勝ち続けた。ダークナイトを殲滅して進んでいく旅路。

昼は、そうして。寝る間も惜しんで進み続けて。


その夜。疲労の限界で倒れ込んだ彼女の肉体はばちりと目が覚めて、その疲労を魔女たる力で治していく。

そうして夜に、ロアとの密会がある。


彼女は、まあ。勤勉で。何より本当に協力的だった。いつか裏切るだろうという疑いこそ晴らさないままに、しかし正しい情報を得て、教えてくるそれに助かったことは一度ならず何度も何度もあった。

それこそ、罠を仕掛けてこちらを殺そうとして来た黒騎士や、まだかろうじて生きていた魔物たちの奇襲も。この場の地理も、さまざまに。


何故、どうして。何が目的で。きっとまともな答えは無いと思い、それを問いはしなかったが。


そんな、奇妙な昼と夜、見た目は同じで中身が違う。

一人で二人とコミュニケーションを取り続ける。



「ダルク…すごい隈ですよ!?」


「ん…そうかい?」


「…今日はゆっくり休みましょう。

寝れないなら無理矢理寝かしつけたりしても…」


「だ、大丈夫だって!…多分魔術のつもりで言ってるんだろうけどキミが寝かしつけるとか言うと殴り倒されそうで怖いんだよ…」


「な!ナチュラルに失礼なこと言いますね貴方は!

まったく、人が心配してるというのに…!」


「ははは、冗談にしても、だ。

ボクたちに止まってる暇はないよ。どうにも、様子がおかしい。ボクたちが狩り続けているというのに、何故かダークナイトが増えているんだ。これはつまり、時間を割く暇なんてないということだ」



そうだ。

ダークナイトは、増え続けている。この世界で。

夜。それを聞いた。



「なっ…増えている?どういうことだ、ロア!」


『く、うふふふ。どういうもなにも、この通りよ。参ったわねえ。ダークナイトは、どんどん増えていっているわ』


「何故!」


『彼が増やしているのよ。

彼自身を増殖させて、増やして』


「……バカな。ヴァンがそんなことを…』


『する、でしょう。

彼は優しい。だけど逆に、優しいからこそ、自分が大切に思ったもののためには残酷になんでもできる。そういう人。

だからそれくらい本気でこの子を。私を、魔女を殺そうとしてるのね。なんて素敵なんでしょう』


『……そんなに本気で、あの小さなダークナイトを、わたしを想っていたのね。ふふ、うふふふふ。ふふふふ!』



人知れず、何故か笑い続ける魔女を横目にぐらりと頭を抑える。それは寝不足と疲労によるものか、ショックによるものか。

分かっていた。

彼の、行動力はアホだ。一度思い立てば周りが正気かと思うようなことをすぐにやってしまう。そういうとこにボクはいっつも呆れて来たんだ。記憶を失っても彼は彼ということか。



「……ヴァンも、イスティも間違いを犯している」


「間違い、ですか」


昼。

彼女に言う。イスティは間違いと聞いて、そうだろう、という顔をした。



「ああ、間違ってる。

間違ったってボクはキミらが好きだが…

だがどんな理由があっても、こんなことはダメだ」


『へえ?こんなこと、って?』



夜。


「互いが互いを、殺してしまうことさ!

こいつらはその道を辿っている!

……それだけは、犯させるものか。

くそっ、バカップルどもが。

傍迷惑な喧嘩にボクを巻き込みやがって!」



だが、それだけはさせるものか。

他の犠牲なんぞはどうでもいい。

だがたった一つ、それだけは止める。


(……そうか。ボクがいる理由は、これか!)


ぴん、と。始めて心に光が差した。漠然と彼を追っていたボクの目標がようやくできたのだ。そうだ。ボクにも出来ることがある。ただ一つ、まだ一つだけ!そうして目を閉じて一つの計画と決意を決める。まだツメは甘いが、そこは愛嬌。


にひ。

そうさ、こういうのこそ、ボクは得意なんだ。



昼、夜。どちらも。



「『それは、どう止めるつもり?』」



ふん、と鼻で笑って。

口先に人差し指をぴん、と立てる。


「ナ・イ・ショ」



第二世界に来て、始めて。

『ダルク・アーストロフ』を演じる為ではなく、心の底からの意地悪で、ボクは口の端を吊り上げる。

そうさ、今決心したさ。ボクはこの枯れ果てた全てを使ってキミらを幸せにしてやる。愛し合った二人は、殺し合って終わり?そんな使い古された悲劇を、ボクが赦すものかよ。


イスティは、訝しんだ。

ロアは、不愉快な顔をした。

くくっ。いい気味だ。

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