災誕



仲間。

仲間などという、陳腐な響き。ただ互いを利用する為の薄ら寒い繋がり。そう思っていた筈なんだ。少なくとも、ここに来る前までは。

だけどそれを最近は楽しいと思ってしまった。

本当にその言葉を信じたいと思ってしまった。

それらと一緒にいるのが、存外悪くなかったんだ。

それらと、話して笑えるようになったんだ。


だから、まだこの微睡から覚さないでくれないか。もう少しだけこのままでいたい。ああ、神よ、神よ。勘弁してくれ。そうあってくれるなと頼んだじゃあないか。なんとか、そうさせてはくれないか。

ようやくあんたを好きになれそうなんだ。

初めてあんたを呪わずにいられそうなんだ。





……




「…ん」


記憶がざらついて、世界がぐにゃりと飴細工のようになって、そうしてから正しい形になっていく。意識を戻す瞬間というより、眠りから覚めるような感覚でした。


「…はっ!そうだっ…!」


ばしりと自分の頬を叩き直して正気付ける。そうだ。私は相打ちで倒れて、そのまま気絶してしまったのだ。

身体には怪我はない。無意識に自分で治療をしたのだろうか。そうしてから目の前にいるはずの彼、彼女?ともかく、ダルクを見る。

そこには既に光の鎖に結ばれている姿。


ほっと、息をついた。私は頭突きをしてそのまま倒れた事しか記憶にないが、夢遊病のように無意識のままここまでやったのだろうか。少なくともドクターと、ヴァンがまだ来ていないあたり、そこまで時間は経っていないようだった。



「やあ。お目覚めかな?

全く、あそこで頭突きとはねぇ…

キミはほんと、おてんばだよね」


あくまで、にこりと笑うダルク。

なにも、いつもと違わない。

むしろいつもよりも優しいくらいの笑み。



「……」


「おや、敗者にかける言葉はないかな?

まあいいや。それなら早くしなよイスティ。

やる事はもうわかってるはずだろ」


「何を」


「ボクを殺せよ。

魔女の首を取って、凱旋するのさ。

お前の言う聖女になるとはそういうことだろ?」


「…ッ!違…っ」


「違くないさ。どれだけおためごかしや綺麗な言葉で飾って残酷性を隠しても、本質は同じだとも。キミのその夢はボクを殺すことでしか成り立たない」


ぱしり、と頭を抑える。ずきずきと頭が痛い。さっきまでの後遺症か、もしくは回復魔術を使いすぎたせいの疲労か、それとも。この、死ぬことを受け入れてむしろ強要でもするように語る、ダルクのその様に眩暈がしたからか。何にせよ、頭痛が私を襲う。


「ぐ、ぅ…し、質問があります!

なぜ、なぜここの孤児院の方を殺したのですか!」


「…は。あいつらは最低の屑どもだった。魔物を呼んで足止めする必要もあったし一石二鳥だったよね。あははは」


「そんな筈…!」


「ほら。そういうのはいいよ。

時間稼ぎはやめて早く殺せよ。そろそろ力が戻ってくるぞ?そうなったら、今度こそボクはキミを殺して喰らうだろうよ」


孤児院の職員が、どんな人間だったか?

それは勿論、良い人揃いだったはずだ。であるのに私とその証言は食い違う。その違和感を塗り潰すように、ダルクは再度自らを殺すように嘯く。真っ黒な瞳で、こっちを覗き込むように。

何かがおかしい気がする。何か、が。



「なぜ、なぜ!どうしてそんなに殺せというのですか!あなたは、自分の命が大切じゃないのですか!?」


「ないね。

ヴァンに会えなくなるのだけは、悲しいかな」


「やめて!そんな、まるで、不幸に酔ったような事を…!」


「不幸に酔ってる?

大いに結構さ、それならそれでいい」


「だが自分未満の境遇を見下して得られる多幸感や現在の自分の幸福に満足する人間はどうだ。未来の幸福に期待という前借りをしてる者は?こっちからすりゃ幸福に酔ってる。自分の酔いは肯定するくせに他の酔いは否定するのか?そんなのはただの酔っ払いの戯言だ」


ずきん、ずきんとあたまが痛い。

どうして、こうも痛むのだろう。ダルクの言葉は、聞けば聞くほどに何故か脳が軋むように痛くなり、頭が働かなくなる。

捕らえられているのは相手のはず。なのにむしろ、追い詰められているのは私のようで。


「…やめて!これ以上、煙に撒くようなことは…!」


「はは、頭が痛いかい?知恵熱かな?ならばこの狂った魔女の戯言をその槌で止めてみせろ。手前の、犠牲無しに全てを終わらせようという、そんな甘ったれた考えにもケリをつけろよ。イスティ・グライト」



がらぁん。

どうやって、何故。どこから。

私のメイスが足元に転がってくる。

油虫を見たように私はそれにびくりと怯えて、そうしてから、震える手で拾い上げた。殺せ、殺せと囁き続ける狂気。それにまた呑まれていくように。黒いその目に渦を立てて落ちていくように。


「さあ、やれ」


「…ッ!はぁっ、はぁっ…!」



「やれよ」


「っ、ああ、あああああ!」


震えが止まらないまま、その両手で私はメイスを振り上げる。脅迫でもされたように、なんでそうしているかもわからない。ただ言われるままに、そうしようとする。錯乱のまま、私は槌を振り下ろそうとしていた。


その、瞬間だった。



がぁん。



銃声が響いた。

その銃弾はどこに向けられた訳ではなく。

それ故に、その後は私の手を止めさせた。

少しの正気を取り戻させた。


「双方、動くな」


「ドクタ…!」



「双方。動くな。」


不安から解き放たれて。ハイレインにそう駆け寄ろうとした私に掛けられた声は、異常なほどに冷たい声だった。

それは初めて私たちが会った時よりも、更にとても冷徹。そうしてから気付いたのだ、私は、私たちは。彼女に気を許してもらっていたことを。


そして今は、そうではない事を。



「…さあ。断罪の時間だ。

魔女裁判を始めようか。被告人は『暴食の魔女』。

裁判官は、私が務めさせて貰おう」



ごおぉ、ん。 ごおん。



巨大な鐘の音が鳴る。

誰が鳴らした鐘の音だろう。

びりびりと肌が揺れる、音の波。

銃層に弾を込めていきながら、朗々とした声で語るドクターが、幻影のように薄らいで見える。



「…被告人は、第二世界にてルーンが変貌し産まれた擬似人格、擬似生物だ。故に、身体を半分持っていて、そして半分そうではない…」


「初代聖女イスタルテ・グラントーサと相打ち、半死半生の傷を負った被告人、『暴食の魔女』はこちらの世界に逃げ込んだ。

それは負った傷を癒すべくでもあり。そしてまた、この平和な世界の全てを喰らう為でもあったわけだ」



ごおぉん。 ごおん。



「……何を。何の話を、しているのですか…?」



ずぐん、ずぐん。

鐘に呼応するように再び、激しく頭が痛み始める。

この痛みは、本当になんなんだろう。

ちらり、と目をダルクに向ける。

その表情からは、さっきまでは無かった焦りを感じた。

同様と焦燥。そして、後悔。



「ああ。暴食は、本当に手酷い傷を負った。新たな身体が無ければ、自らを成立させられない程に。その身体の奥底で眠らなければ、力が出せないほどに。だから、それを見つけたのは本当に偶然だったのだ。

被告人にとって非常に運のいい、偶然」



「黙れハイレェェェェン!!」



がしゃあ、ん。光の鎖が激しく揺れた。今にも千切れんばかりの力と全身の駆動が、がしゃがしゃと絶え間なく音を立て続ける。

怒り。動揺。泣きそうなほどの焦り。



「やめろ、やめさせろッ!

それを暴くことになんの意味がある!

そこに何があるんだよ!お前、お前は!」


喉が張り裂けそうな悲鳴。

旅をし続けて。初めて見た友達の顔。

いつも余裕綽々のその顔の、偽らざる本音と本性。



「ここでボクが死ねば終わりなんだよ!

なんでそれがわからないッ!

お前にはそれがわかるだろうがッ!」


「私は魔女を殺す。

その為ならなんでもするんだよ」



かちり、と激鉄を上げて。

再びの銃声。縛られたままのダルクの腹部に薬針が撃ち込まれた。苦しげに呻きながら、まだ、もがこうとしている。



「きゃあああッ!ダルク!ダルク!?」


「…フーッ…話を、続けようか。

暴食の魔女はあの場でグラントーサと相打ちになり、空いた世界の淵へと逃げ出した。そこで、ある罪の現場に出会した」



がちり、がちり。

再び装填を繰り返すハイレイン。

どんどんと、わたしたちに距離を詰めていく。



「ルーンの身体を失った魔女は、自らをここまで追い詰めた宿敵とそっくりな身体をに入れた。廃棄され、アーストロフ少年に破壊されたクローン計画。それの、まだ残っていた身体を。そして…」


「そして、お前はその記憶を改竄する力を使った!他の誰にでもない。『自らの記憶を改竄』して!

力を取り戻すまで誰にも見破られないように。何者にも疑われないように!周囲の改竄では生まれる、訝しみから逃れる為に!」



ごおぉん。 ごおん。



「………え」



鐘の音が脳の痛みを加速させる。

震えながら、芋虫のように這いずるダルクが、うわ言のようにやめろ、やめてくれと繰り返している。


「…ああ、クソッタレ。くたばれ、神さま。

やはり私はお前らが大嫌いだよ」



マスクの下から、ぼたぼたと血の涙が落ちた。

それを裾で拭ってから、彼女は銃をまた構えた。




「…裁判は終わりだ。

判決を言い渡そう『暴食の魔女』。

いや……」




「………イスティ・グライト。

貴様に、有罪を言い渡す」




私に、向けて。



──頭痛が、消えた。

何かを思い出そうとしていた耳鳴り。

何かが想起されんとしていた脳の痛み。

絶対に思い出してはならないと蓋をした痛み。


私は、私は……



「………あ」


『うーん、いい天気です!

ラウヘルに行くには絶好の日和ですね!』

『それでは皆さん、行ってきます!

お土産話、期待していてくださいね!』



私は、この場所に手を振るって旅に出た。

孤児院の皆に笑顔で手を振った。

自らが殺して肉塊にしたここの惨状を。

笑顔で、背にしながら。


「あ、あああ…」


るんるんと上機嫌に身体を揺すって。

能天気に笑いながら、頬についた血をただ拭って。

瘴気を振り撒きながら私は。私は。

それすらをわすれて、わらっていた。



「ああああ…あ゛、あああ!」



身体の奥から何かが湧き上がる。

私ではない私の記憶。『イスティ・グライト』には存在しない記憶。喰らって食べて、殺して殺して。

快楽のままに殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺した、自分の記憶。


ぷつり、と脳の中で何かが切れた音がした。

私は、何を勘違いしていた?

私は聖女?

まるで、違う。私は…


わたしは、わたしは。



「…イスティ!」



『わたし』の名前を叫ぶ声。

わたし、が愛した人の声。

一番、聞きたくなかった声だった。

一番、こんな、こんなワタシを。



「みないで…」



…私の影が一人でに動いた。ドクターから飛来した銃弾をそっと包み込んだ。私に当たらないように、閉じ込めるように。全てを飲み込んで、どうしようもなく真っ黒に変えていく。

なんて、みにくいすがただろう。

艶やかな黒色が私の姿を反射して映す。

見たくもない外道の醜さが突きつけられる。

ああ、ああ。



「ヴァンにだけは、こんな姿…」



見られたく、なかった──






……





影の花弁が彼女を包んだ。

黒薔薇と黒蝶が咲き乱れて、黒網草が地を包む。そこに戯れる姿はきっとその周囲の瘴気さえなければ、ある種の楽園のようで。真なる地獄とはきっと、このような。楽園を騙るものなのだろう。


そっと。花弁の中から、少女が姿を現す。

桃色がかった白い髪は真っ黒に染まった。

眼の色も、服も爪も舌も全てが黒色。

転びそうな足取りで数歩、歩いて。



全ての耳を劈く、嗤い声を上げた。



災厄が咲いた。


暴食の魔女は。最悪の、災害は。

画してここに再誕した。


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