あなたを見つめて




「─ああ、王都には着いたよ。ただそっちに行くのはもう少し後になりそうだ。面倒な事だが…まあ致し方ないというものだろう」


「うん。また追って連絡するよ。

そちらもゆっくり休んでいてくれ」



「ハイレイン?…誰かと話していたのか」


「故郷に連絡していただけだ。

あと、ドクターをつけたまえよ少年」


「…ドクター・ハイレイン。

なんであんたはそんなにその敬称に拘るんだ?」


「ふむ。単純な事さ。これが私の誇りであって、正気を保つ、よすがなのだよ。唯一で、最大のね…」


「まあ、どうでもいいことだ。さあ行こうか」







……




スってきた。

ダルクが持っている盗賊ギルドのライセンスの所在を尋ねたら、そんな簡単な答えが返ってきた。

怪しげな男と、女。魔女瘴気の被害に見舞われた村、カーディラルにて始末をつけに行った奴らから拝借したのだという。


盗賊ギルドのライセンスに、個人を判断する材料はない。それを持っていれば、それ自体がギルドに立ち入る資格になる。奇妙な様だけど、それがルールだ。

ライセンスを持っているとはつまり、ギルドに認められた人物か、そういう人間から盗んだり殺して奪うことが出来る実力と、そうするような人間性を兼ね備えているということなのだから。


だからライセンスについては問題ない。

だが問題は、ギルドそのものの場所だ。盗賊ギルドはその場所を点々としている。しばらくラウヘルに居た僕らには到底、追うことはできないだろう。


だから散策をして探す…というわけではない。

いや、結果的にはそうなるのだが。

ここではダルクの怪しい人脈が頼りになった。


「ジャックという果物屋の男を探せ。ボクが見つけたなら問題ないが、ボクが居ない時はそのままボクの名前を出してくれれば足止めできると思う」


そうして、僕らはそのジャックを探す事にした。一人では危なく、全員纏めては効率的じゃない。だから二人二組に分けて、王都を練り歩くこととなった。

軽いくじで決めた、組み合わせは…



「久しぶりに二人きりだね?ヴァン」


「そうだな。まあすぐに合流しようと思えばできるけど。便利だな、ハイレインの発信機」


「そういうことじゃなくてだね…

だからモテないんだぞキミ」


随分、久しい気がする親友とのコンビだった。イスティが道に迷わないかと不安ではあったが、ハイレインも王都には詳しいようだったしきっと大丈夫だろう。きっと。



「うるせえな。いいんだよ、僕はもうモテなくって」


「…それは、イスティがいるから?」


「それも一つはあるか」


「もう一つは?」


「お前がいてくれてるから。

…って、もし言ったら信じるか?」


「んー。ふふ、信じないかな。

でも嬉しくはなってあげるよ。サービスでね」


「はは、そりゃどうも」


路地の裏に誘導するダルクの手をそっと取り歩いていく。青空の元を歩いている筈なのに妙に薄暗いその隙間は、僕らに繋ぐ手の感触を更に強く感じさせた。


「ヴァン。その先の道を左に。

誰にも目を合わせないで、ボクだけ見て」


「ああ」


「話は続けていいよ。

歩くだけだと暇だし、なんか話そうぜ。

何か話題を出してくれよ」


理由はわからないが、親友の言う通りにした。

無茶苦茶なことは言うが、無意味なことは言わない。こいつはそういう奴だから、それに従っておく。


「そういえばダルク、そのジャックとやらは何処で知り合ったんだ?」


「ん、嫉妬?」


「…単純に気になったんだよ。他と親交があったからって、そんな幼稚な嫉妬するか」


「おや、そうかい?あーあ、悲しいなあ。ボクはもしヴァンがボクの知らない間に誰かと仲良くしてたら妬ましく思うんだけどなあ。ヴァンにとってはボクの存在はそんなものか!あーあ、ざーんねん!」


「すぐそうやって話を逸らすんだお前は…」


「っふふ。それを分かって、敢えて深く聞いてこないキミの優しさがボクは大好きだよ」



握られた手に力が入る。ダルクのそれをただ、僕はまた握り返して離さないようにした。例えいつか感覚が無くなっても、この感触を忘れてしまわないように。僕の見る世界から色が無くなっても、君のその赤らめた頬を忘れないように。



「なあ、ヴァン。キミはイスティをどう思う?」


手を引っ張り、前を歩く親友の後ろ顔を見てぼうとしている所に、そんな質問が飛んできた。そしてそれの中には、一言に収まらない様々な感情を感じた。


「それは…他愛のない会話か?

それとも真面目な話か?」


「後者だ」


「そうか…」


咄嗟に、ハイレインから手渡された発信機を掴む。

壊す訳には行かないが、僕の指を突っ込んだ。

こうすれば、何も聞こえない筈だ。

この向こうで、聞き耳を立ててるだろうドクターには。



「…だけど、期待してもらって悪いけど、僕には彼女が何かはわからない。ただ美しくて、強くて、優しい。そんなだけの女の子ってだけだ」


「そうだね。それについては全く同感だ。

最初は邪魔で嫌いで、友人になろうとしたのもそうすれば後にキミに特別な感情を抱いた時の抑止になると思ったからなんだ。

なのに…参ったことにね。

本当にボク自身、彼女を好きになりつつある」


彼女を、イスティを嫌いなままでいなきゃならないというのは、紋章持ちを単体で仕留めるよりも難しいことだろう。

無垢で可憐で、優しく強く、笑顔を振り撒く。嫌味の一つも無く、聖なる者を目指すその姿は、やっかみを抱くほどに神聖的だ。


「だけど、だからこそ。友人だと本当に思うからこそ、彼女の正体についてを突き止めるべきだと思っている」


「…お前の悪い癖だよダルク。

冗長で芝居がけすぎて、結論が遠い」


「む、ならこっちからも言わせてもらうけど、キミのそれこそ悪い癖だよ。キミは些かせっかちが過ぎる」


空いたもう片方の手がこちらの頬をつねってくる。向き合うダルクの耳をぐいとつねり返す。そうしながらも歩き続ける互いの器用さに、すこしおかしくなって二人で微笑みながら。



「まあでも、じゃあ結論から。

孤児というルーツに、過剰なほど隔離された環境、恣意的に与えられていない知識。そして、不相応に高すぎる実力。

間違いなく、彼女は聖女の複製体。

初代聖女グラントーサのクローンだ」


「……!」


反射的に足が止まる。

だがそれではない。ダルクが僕に伝えたいことはきっと、そっちではないのだ。この衝撃的な事実でも、無いのだろう。

驚愕の悲鳴を飲み込んで、再び歩く。痛そうなダルクの顔が、僕の手に籠った力の強さを表していた。



「…そう。それしかあり得ない。だけど、そうな筈も無いんだよ。だってその計画は全ての個体ごと『ボクが滅ぼした』んだもの」


「……それは…

僕に言っていいことなのか?ダルク」


「…フフ。驚かないね、ヴァン。

キミにはボクの行動はお見通しだったかな?」



バカを言え、驚いてないはずがないだろう。

度肝を抜かれている。

ダルクがそうしていることも、それを既に知っていたことも、それを当然の様に打ち明けることも、何もかもに驚いている。だけどそれでも。



「驚いてはいるよ。だけど…」


「だけど、お前が無意味なことをするはずはないと信じてる。僕はお前が正しいことをしているって、絶対に信じる。

だから、ただ詳しく聞かせてもらうだけでいい」


今度はダルクが脚を止めた。そうして一度、ぽすりと僕の胸に飛び込んで強く抱きしめて。そしてまたぱっと離れて前を歩き出した。繋いだ手を振り払ってまで前に行く、その後ろ姿はその尖った耳まで真っ赤に染まっていた。



「…ん゛んっ。ああ、勿論詳しくは話そう。話すつもりではあるんだけど…まずは、目的地についたみたいだ」


目的地。

目的地と言われたその先を見ればそこにあるのは、寂れた果物屋。そしてそこの店主は、擦れた目をした青年だった。


「お前…ジャックの場所やっぱ知ってたのか」


「あはは、うん。クジもイカサマだよ」


「…お前なあ……」


「いいじゃないか。何かを口実にしなきゃ一緒になれないいじらしい様子にヴァンもきっとキュンとするだろ」


「ドン引きだよ」


またまた、と言いながら店主ににじりよる様子を本気で呆れながら見守る。こいつは無意味なことはしない、と思ってたがそれはひょっとして勘違いだったかもしれない。



「やあ、ジャック。久しいね」


「う…!ダルク…さん。

久しぶりっすね、いやほんと」


「元気そうでなにより。

さて、世間話もここまでで相談が…」


「嫌だ!あんたに関わると碌なことがない!」


「ひどい言われようだな。ボクはあくまでキミの才能を見出しただけだし、キミだってそれのお陰で日陰から出ることが出来たんじゃないか。その恩を今こそ返そうとは思わないか?んん?」



そう、半ば脅迫のように問い詰めていく姿を後ろで見つめながら。近づいてくる人影を見て僕は、ごふっと咳き込んだ。

…どうにも、僕らはお喋りに夢中になりすぎたようだ。



「やめ…なさいっ!」


「っと……ん?」



「ひえっ…助けてくれっ、アネゴっ!」


「さあさあ、離れてくださいっ!私たちはこの人に用があるのです!だから危害を与えようとするのは私がただじゃ……ってあれ?ダルク?」


「……やれやれ。世間は狭いもんだねえ…」


きょとんとしたイスティと、げんなりと脱力したダルク。その後ろでハイレインと僕がククと笑う。そのまま店頭に出ていたリンゴを一つ齧った。まだ青いそれからは、顎が痛くなるほど酸っぱい味がした。






……




「入れ」


「どーも」



…イスティが、暴漢に襲われていたジャックを助けたのは、ボクらが来る前のほんのタッチの差だったらしい。目的人物の場がわかって尚出遅れたのは、イスティたちがよほど天運に恵まれていたのか、はたまたボクらがお喋りしすぎていたのか。

だから、その腕っぷしに感心して始めたアネゴ呼ばわりも、とっても年季の浅いものではあるようだ。アネゴ呼ばわりされる彼女は、側から見ていてとても愉快なものではあるけどね。


そんなこんなでボクらは盗賊ギルドに。さくさく行こう。時間なんて、幾らあっても足りないんだ。



「なんで俺も来なきゃなんすか、ダルクさん、アネゴぉ…」


「ご、ごめんなさいジャックさん。その…」


「ライセンスの数も少ないし顔見知りのキミの知り合いってことにした方が疑われにくいんだよ。わかったらさっさと進め」


さて。

ボクらの目的地はここ。

盗品のオークション会場だ。

盗賊ギルドには、週に一度ほどのハイペースで盗んだもの、火事場泥棒したもの、死体から漁ったもののオークションが行われる。まあいわば物品の身元を『洗浄』するための場所だ。


だからここには、探索者の戦死を表すタグや、浄化も中途半端にされていない戦利品がいくつもいくつも置いてある。志半ばで死んだり、のたれ死んだ旅人の装備品なども。

瘴気を祓われてないような、不良品も山ほど。

だからこそ盗賊ギルドは、王都騎士団に一斉検挙せんと追われまくっている。だからこそ場所を点々と変えるんだ。こんなところのせいで、王都の暗がりで瘴気は汚染と感染を繰り返しているのだから。まったく、ロクでもない場所だ。ジャックが来たがらないのも無理はない。


だが、それが、ボクらには唯一ありがたいのだ。


「うっぷ。私の眼鏡で見定めようとしたが…

正気ではない瘴気の量だな。目眩みしてきたよ」


「うう…祓いたくてうずうずしてきました」


「はは、それはまあやることが終わってからだ。

…どうだい、イスティ。

キミには見抜けそうかい?」


そうだ。瘴気にまみれたものだらけのこの場は、つまり。どこを通ってもいない情報の塊。魔女の瘴気に触れたものがあるかもしれない、情報や宝箱なのだ。だからこそ、ここに来た。


ロングソード。違う。両手サイズの杖。あれも違う。おっと、あれはアルターによって変形した魔剣か?とてつもなく貴重だが、目的はあれじゃない。ロープに、鎧に槍…どれも違う。



「見つけました。

あの、トライデントです」


イスティが指を指した。

銛のような形をした変わった形の両手槍だ。

そして彼女の目は、ぽうと白く輝いている。

周りの盗賊どもがそれに騒がないでいてくれて幸いだった。彼らには神秘の輝きよりよほど、金貨の輝きの方が貴重なのだ。


「ほう、さすがだなグライト嬢。

だがその魔術はもう控えた方がいい。

悪目立ちをするぞ」


「……ぷはぁっ!はぁっ、はっ…す、すみません…どうせ、一瞬しか、できないので、はぁっ…」



その消耗からするに、彼女が編み出した新たな魔術か。瘴気をただ高精度で見極めるだけのものなど聞いたことがないから、恐らくはそうだ。

相変わらず、規格外の実力だ。

状況に応じて、ルーンを操り聖力を用途に変える。こんな離れ技を行えるのはやはり、聖女の複製でしかあり得ない。では、何故こいつは、ここにいるんだ?



「…何にせよ、でかしたイスティ。

後はボクたちに任せておけ。あとは…」


「ふむ。あれを出品した者に話を聞けばいいわけだな。行こうかアーストロフ嬢」


「ボクに命令するな。だが…イスティは休んでおいたほうがいいのはそうだな。ジャック、イスティを休める所へ」



「あいよ。アネゴ、こっちへ」


「はい…ありがとうございます…」



そうして、イスティと目を合わせる。

彼女は毅然たる目つきでそのまま歩いて行った。

今は、複製だからではない。

ただ、イスティ・グライトを見よう。

今はひとまず、それでいい。


きっとそれこそ、ヴァンも求めるから。






……




地下のギルドから出ると、外はすっかり暗く、場所が奥ばった路地の近くにあったということもあり人影はありませんでした。すっかり痛くなった目を抑えている私を介抱するジャックさんしか。


「大丈夫っすか、アネゴ?」


「ええ…ちょっと、無理しちゃいました。でもちゃんと目的を達成できたので、これくらいなんてこと!」


私は、抑えた手を一度使って、ランタンを出しました。光はそこまで明るくないけれど、影ができるように。私の影がちゃんと出来る様に、立ち位置も調整しながら、そうして。


「…はあ。こんなに思い通りに物事が進むとは思いませんでした。ありがとう、ジャックさん。あなたがいなかったら、こうはできませんでしたから!」




「ええ。本当にこんなに思い通りになるとは思いやせんでした。ねえ、『アネゴ』?」


「え………」


声音が、変わる。それはただ、態度や発する者の様子が変わったという意味。だけどこれはそれではない。確かに、即物的に。

『声』そのものが変わったのだ。

まるで、喉の形がそのまま変わったように。


喉だけではない。

手の形が変わる。顔の形が変わる。身体の部位の全てが、ぐにりと展延して変わっていく。音も立てずに変化する怪物。



「まさかこんなに上手く行くとはな。

笑いが止まらないよ」


ジャックさん。

否、『元』ジャックさんは私に襲い掛かる。

その腕の形を剣に変えて──



「……ええ。まったくもって…同感です」


「こんなに、あなたを誘き出すのが上手く行くなんて!」



私の影から、騎士が現れる。

影の中にずっと、潜んでいた暗黒の騎士。

私の頼りの、最高の騎士!



「…罠を張られている場合を考えて、敢えて自らを生き餌にするなんて。たいがい無茶をするよなあ、君も!」


「えへへ。でも、実際にうまくいきました!

この人を…ローラウドを、おびき寄せるのを!」



「……ふん。得意満面だな、贋作が。

だが、こうは考えなかったか?」


「そのまま殺されて、何も変わりませんでした。

そんな風に、バッドエンドを迎える事を」



私は、そっとメイスを構えます。まださっきの魔術の疲れが残っているのは確か。だけれど私に心細さも恐怖も一つもありません。何故ならば。



「殺す?殺される?やってみろよ、気狂い」


「オレがいる限り、この子は絶対に殺させない」



仮面を被り、剣を振るい、そう言い放つ。

私の貴方がそこにいるから。

横から貴方を、じっと見つめる。

ぐ、と。お腹の奥が疼いた。

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