淡き想いが芽生えて



さて。

私、ハイレインが居る場所は、雑木林。

人気の少なく、獣すらも魔女の瘴気で共食いをして少ない。故に風で葉先が揺らぐ音と、一対のリロードの音だけが不気味に響いていた。

木の背後で、装填し終えた銃を胸前に構える。

リロードが終わるのは、少しだけ私が早い。


好機。音がする方へ滑り込んで、びたりと照準を合わせる。だが、そこにあるのは異常に長く展延した片腕が、銃をかちかちと弄り音を出している光景。


(罠か!)


背後へ振り向きながら銃を撃つ。後ろにいると確信したわけではない。ただこの卑劣漢が罠を仕掛けた理由は、間抜けにも引っかかった私を、背後から襲いたいからだろうと予想して。



がぁん、という火薬の音が二つ。

瞬間、脇腹に燃えるような痛み。

それを皮切りに、幾度も幾度も雷火の音。

がん、がが、がん、かちり。

弾切れの音と共に、再び互いが木の後ろに。


腹と胸に合計二発、もらった。

私の身体は、まともではないから、貫通はしていない。致命傷でも、まだない。だが失血量は軽んじられるほどでもない。

ローラウドには当たったろうか。

奴が持つ銃は二丁のみか?

そうした、思案をしながら三度構えんとして。



死。

嫌な予感がした。

死が背中から迫る予感。

首筋に獅子の牙が触れるような感覚。

私の身体はまともではない。

だから、生半なものが当たっても死にはしない。

であるのにそれにあたれば確実に死ぬと。

経験が予測した。



「喰え」



身を乗り出して、受け身すら忘れた緊急回避。

地面に腹を打ち、苦しみながらもその判断は正しかったと音と眼で確信する。

ずう、ずお、と『呑まれ』て消えていく、さっきまで私が隠れていた樹木。地面ごとを抉りながら、円状に抉られる世界。

それが、さっきまで私が居たところ。

そして、ローラウドが隠れていた場を貫いた。



「チッ、避けられたか」


「…なあ、まさかとは思うが…

私ごと狙ってなかったか、アーストロフ少年」


「知ったことか、手前なんて」



それを放った人間には見覚えがある。

喰え、と命じた先ほどの声に聞き覚えもあった。


「だから黙ってろよ。ボク今、すこぶる機嫌が悪いんだ」


ガリガリと頬肉を抉るように掻きむしり、血を流しながら更に爪を噛む褐色姿。ダルク・アーストロフは正気を失わんばかりの憤慨にその身を焼きながら此方を見た。



「ほお。ハイレイン?なんだ、あの化け物は。

お前、こんなのとつるむまで堕ちたのか?」


「…化け物、など私たちが言えた義理か。

そうでなくとも、貴様と組むよりはマシだ」



「ハ、ハハ?何だその会話。まるでボクが気色の悪い怪物みたいじゃないか。そう認識されるのが当然のことみたいな、ことを言いやがる。

ああ、ムカつく、ムカつく。ここに居る全員を殺して帰ってやろうか」



びたり。そう独り言ちて、そうしてから掻きむしる手を止めた。そうしてから、名案じゃないかと言わんばかりに諸手を広げた。瞳孔の開き切った、そのままにこちらに首を傾けた。


「そうだ!それがいいや。そうすれば敵もいなくなって、目障りな医者も消えて、ヴァンを誑かすゴミも少なくなって万々歳。そいつは最高だ。バレなければ、全部『魔女』のせいにもできるし」


「おい」


待て、おい。と声をかけても通じない。

言語も声も通じた筈だが、言葉が通じない。

代わりに帰ってきた返事と言えば。



「………うおおッ!」


先ほどの、抉る何か。更にこちらに狙いをつけたそれの二撃目だった。

強いて、幸いなことはそれは私を狙ったのみではなく、間違いなくローラウドも狙ってはいたということ。どちらも、からがらに避ける。あんなもの、直撃してみろ。


どういう冗談だ。

私はてっきり、ダルクくんが来れば2対1となると思っていた。なのに実際は、ただの、1対、1対、1じゃないか。

それに私は、ダルクを傷つけることが出来ない。そうすれば、ヴァン少年の討伐対象に私が入るだろうから。


クク、クク。

笑いが込み上げる。

こういう時は、笑うしかないだろう。



「…ククー、実に厄介なことになるものだ!

面白いな、アーストロフ!

君は私の想像よりもずっとずっと面白い!」



ばちり、と再装填が終わった獲物を手に、隠れていた樹の後ろから飛び出した。







……





邪魔だ。全部全部邪魔だ。


目の前にある全てが平らに荒野になってしまえばいい。瘴気に呑まれて変貌しだしている林の全ても、蝿のように飛び回る二人の屑どもも、地面も空気もボクの手足すら全て忌み厭って消えてしまえばいい。お腹がすいて、はらぺこで。その空腹がより苛つきを増幅させているようで。

腕を向けて四方八方を喰らう。喰らう、喰らう。

まるで満たされない。何を食っても消してもただ虚無感が生まれるだけで、全身が痛むようだ。さっき食らった耳の味が思い出せるようで、吐き気がする。


「喰え」


消えてしまえばいい。

ボクもボクらを邪魔する全ても消えろ。

ヴァン以外の全てが消えればいい。


避けたハイレインの足元を薙ぐ。

頭部に撃たれた銃弾を、噛み止めた。

それを視認した、ローラウドと呼ばれていた敵は嘲笑するように此方を見てから、また姿を隠して眩ました。

それがまた、神経を逆撫でして。


「消えろ、消えろッ!」


両手を振り翳してあちらこちらを削り喰らう。隠れるところも全て無くして皆殺しにできるように。少しでも溜飲が下がるように。ただの八つ当たりで、この発散できない激情を軽減するように。


どちらもが、ボクの攻撃を避けながら銃撃戦を続ける。ボクを視認しつつも、攻撃をせずに互いしか見ていない。

腹が立つ。腹が減って、涎が垂れる。

がん、がん。雷火の音が連続して、尽きる。

連続して、尽きる、そのタイミングを見計らい。

一層強く、周囲を薙ぎ払って、食べた。


「…ハハぁっ!」


ローラウドとやらを、見つけた。

そしてまた、その背後にハイレイン。

正中線上の座標に存在する両者。


ベストタイミングだ。

瞬間に前方を全部殺してやる。

そうすれば、きっと。

そうだ、そうしたら。それをしたらどうなる。

わからない。わからないが、どうでもいい。


そうして手を翳して、舌舐めずりをした瞬間。




「だめッ!」


「!?」



ばっ、と。

目の前に躍り出た姿に、一撃が止まった。



「…どうして」


「どうして、はこちらのセリフです。

何故、ドクターを狙っているのですか!」



「…どうしてキミがこっちにいる、イスティ!

ヴァンを見捨ててきたのかッ!?」



そこにいたのは、ボクたちの仲間。

まだあっちにいる筈のイスティ・グライト。バジリスクを倒さんとするヴァンに付き添っているのでは、ないのか。

ボクと違って。ここはいいと、他所に行かせられたボクと違って。キミは必要とされたのではないのか?



「ヴァンが、ここは一人で良いと言ったのです。

ならば私は、それを信じるだけです」


「そんな一言を間に受けたのか!?そんな事だけで、彼を一人で怪物退治にけしかけたのかこの馬鹿が!」



「そうです、私は馬鹿です。

馬鹿でいい!それでも、ヴァンは、彼は!


「…私に、見られたくないと、言っていたから」



その言葉に、がつりと衝撃を受ける。

一度既に聞いたことがあるような言葉。であるのにそれは何度聞いても何度聞いても、抗体ができるようなものではなくて。

そんなに、イスティには、汚い姿を見られるのは嫌なのか。ボクには見られても良いというのに?その差は、なんだ。どういう差異だ。ヴァン。キミにとってのボクには見られてもいいものは、イスティには見せてはならないものなのか?



「…こちらの質問にも答えて、ダルク!

なんでハイレインさんを狙っていたのですか。

敵は、あそこにいる一人ではないのですか!」


「…ああ、敵はあそこにいる一人だ。

だがすまないグライト嬢、それ以上は説明する時間がない。アーストロフ少年の私を敵視するどうこうも、今はどうでもいいんだ」



答えは、ボクではなくハイレインが答える。

ボクはただ、何も答える事なく、全ての言葉が胸に突っかかったままに立ち尽くして唇を噛み締めていた。

だから、この時目の前で起きていた会話は後に思い返してようやく思い出したり感想を得たものであり、この時は何も聞いてなかった。



ローラウドは、ずらりと液体のような状態から個体に姿を戻す。戻った時には、先ほどのような三十路の男の身体から、また若々しい男の姿に変化していた。それも本来の姿ではないのだろうが。



「イスティ。イスティ・グライト。

そいつが、聖女の。聖女さまの『贋作』か」


「贋…作…?」



面と向かって、蔑むローラウド。

それを受けて眉根を顰めるイスティ。

贋作という言葉の意味はわからない。だが、誰がどう見ても忌々しく思い、蔑み、侮辱していることだけはわかる。

そしてその『贋作』という言葉が、ただ、まだ聖女ではないのにそれを語っているという、そんな即物的な意味合いでないことも、わかる。



「いつ見てもおぞましい。汚らわしくて気持ち悪い。それが『聖女』を名乗るなんて、血の全てが湧き上がりそうだよ。それを本物と祭り上げるのか?蔑如を極め果てるぞハイレイン」



「ま、待ってください!

確かに私は、まだ本物の聖女ではありません。

ですが贋作とは、一体どういう…!」



たまらず、イスティも聴き直した。だがローラウドはそれをまるで聴きはしない。汚らしいものと、少しでも関われば汚濁しきると考えてるように。



「だが…贋作とはいえ聖女に…そこの怪物。

どうにも、分が悪いようだな。

仕方がない。ここは、幕間と洒落込もうか」



「逃すと思うのか。お前をここから、おめおめと逃すとでも思うのか、ローラウド」


「ああ、逃すとも。

だからお前は、脇の甘い小娘なんだよ」



刹那。ローラウドの身体から翼が生えた。

そうして飛び去らんとした瞬間にハイレインの銃が煌めく。がぎゃん、と壊れんばかりの音を立てた彼女の撃鉄は、その逃げんと空を飛び上がり始めた翼をどちらも撃ち抜いた。


だが。



「キ、キャキャキャ!」



だが瞬間、機能不全になった二枚の翼の代わりを更に、身体から歪に四枚増やし、高度を下げないままに上へと登る。

ハチドリすらも驚くような速度。



「きゃきゃきゃきゃきゃ…」



耳をつんざく、鳥のような雄叫びを上げながら。

そのまま、飛んで消えていってしまった。



「…まんまと、逃げられた。逃げられてしまった。クソ、クソッ!おめおめと逃さんなどと宣っておいて、畜生め!」


「……ハイレイン。頭を撃ち抜けばよかったんじゃないかい。キミくらいの実力なら出来ただろう」


「む。以前そうしたのだがな、ダミーの頭部を何十個も作り、結局効果が無かったのだ。次は神経伝達を壊す毒を試すか?ふうむ」



この時のボクは、ここでようやく正気に戻った。

ぼうとしてた呆けからも、支配されていた激情からも。ただどちらからも抜け出して、虚脱していた。

沈黙が占める。

ハイレインはただ思索に耽り、ボクは何も言わず。

イスティは、困ったようにボクらを見つめて。




「……イスティ。ヴァンの所に行ってやってくれ。多分そろそろ、倒した頃だろう。どうせボロボロで、勝手に傷ついてるだろうから、行ってあげてよ」


「…きっとボクでは慰められないから」


「!しかし…!」


「…もう大丈夫。もう、イラつきは収まったし、ドクター・ハイレインを殺そうなんてバカなことはしないよ。ごめんな、二人とも」



イスティは、しばらく心配そうにこちらを伺っていたが、決心したようにぐっと目を瞑ると、そのまま村へとまた往復を始めた。

そういえば、彼女はどうやって僕らのいる場所を知ったのだろう?と一瞬疑問に思い、そうしてから笑った。こんなにも派手に木も何も抉りとったんだ。盲人以外は誰だってわかるだろう。



「……すまなかった、ドクター・ハイレイン。何を言おうと言い訳でしかないから、ただ謝罪する…」


「く、ククー、くくく。

しおらしくなるなよ、らしくない。強欲なまでに、高慢なのが君らしいぞアーストロフ嬢。それに、謝って済む問題でもなかろう」


「はは、それもそうだ」



全くもってその通りだ。

だがそれでいて、復讐や恨み言を言うことや、なんなら恨んでいる気配すら全く見せないのは、この医師は随分イカれている。




「…わがまま言ってるだけなんてわかってるんだ」


「?」


「ハイレイン、お前の調合も。

バジリスクを倒す為の生贄も。

イスティの、存在も。全部必要だってわかってる。だから全部全部、嫌なのはボクのわがままだなんてこと、重々承知している」


わかっている。ボクだけでヴァンを満足させられないのは確か。彼の旅路にはボクが持たないものを要求されるのも、それが無ければならないことも。



「だけど、どうして、なんで!ヴァン、ヴァン、ヴァン!なんで、どうしてボクを見てくれない!どうしてボクだけを!なんで、ボクじゃ駄目なんだ!ボクがどれだけキミを、キミを…!どうして、どうして…」



どうして、ボクなら見られてもいい?

どうしてボクを遠ざけた?

どうしてイスティをばかり近づける。

それが、ボクへの信頼ならそれでいい。

だけどもし、そうではなかったら。

信頼以外の何かだったら。



「……彼に持たせた通信機の反応によると、少年がここに向かい、到着するまではまだかなり時間がかかる」


「だから、なんだ。

泣き腫らして、心の澱を晴らしておけ。

泣き言くらいならば、私が聞いてやろう」



「黙れ!黙れ黙れ、黙れ!うざい、うざいんだよ、あんた…!うう、うううう…!」



…非常に、非常に恥いることだが。

ボクはそのまま、ハイレインに背をとんとんと叩かれながら、気に食わないことが起きた幼児のように泣きじゃくった。

しばらく、生き物も木も無い荒野で。

空腹感は、少し止んでいた。







……





村を出よう。

全員と合流したヴァンの第一声はそれでした。まだ全身から黒血を垂れ流しながら、それでも私たちに向けて説明をしました。



「村に最低限の治療はしたし、その原因となった悪党もひとまずは追っ払った。その…ローラウド?とやらがここに余程執着する理由でもなければ、もうここにオレたちは必要ない筈だ」


「…何より、オレたちは慈善事業でここに来たわけじゃない。そもそも来た理由は、つまり」



「魔女の手がかり、だよね」




そうだ。

ここに私たちが来た理由は、魔女の足取りを掴む為だった。だがこの村が滅びかけていたのは、さっきの狂人、ローラウドの仕業。魔女の形跡はその瘴気しかなかった。

だからつまり、私たちの第一目標にのみ照らし合わせてしまうと、今回のこの遠征はまったく、無駄足と骨折り損だったのだ。


「…グライト嬢」


「…はい、わかってます。私たちにはやることがある。その為には、ここでずっと治療を続けるわけにはいかないのだと」


自分に言い聞かせるように、そう口にした。

魔女災害を放っておけばつまり、この村より余程酷い被害が、そこかしこで発生するのだ。それに、何が目的なのか魔女の瘴気を撒き散らす、ローラウドの存在も明らかになった。

根本治療として、私たちはそれを断たねばならない。



「手がかりがないならばやはり…王都。

そこに向かうしかないかな、ヴァン」


「うん。…結局、そうなると思う。

あそこに集まる情報の量は圧倒的だし、直接魔女の足取りを掴めずとも、流れを見ることで手がかりを得られる」


「あと、ローラウドの行方もです。

彼を放っておくわけにも、絶対に行きません」



こくり、と皆が頷きます。

何が目的なのかは、知らない。その上でも、誰かを苦しめるように、瘴気を撒き散らす『侵食者』の存在は、野放しには出来ない。



「ふむ…王都に向かうならば、だ。

一つ提案したい行先がある」


そう、向かう先が決まりつつあった瞬間。更にドクターが提案を出しました。マスクの奥の表情は相変わらず窺えませんが、その声はほんの少し、高揚したような気も…?


「王都にある中央聖教会から僅かに西の方。少し離れた先にある最も巨大な十字架を持つ教団の基地。

…魔女狩り教団。そこがその本部だ」


「…それ、ボクらもついてく必要ある?

一人で行けばいいじゃん」


「いや、ある。特にイスティ・グライト嬢。

そこで君の正体を知ることが必要になるかもしれない」



「私の、でふか?」



急な、話しかける相手の転換に甘噛みをして間抜けな返答をしてしまう。ちょっと恥ずかしくなりながらも咳払いをして仕切り直す。



「グライト嬢、君の生い立ちを教えてくれ」


「そんな…特別な生い立ちではないですよ。ただ、孤児院で拾われて育てられただけの、ただの子どもです。

王都郊外で、友達や保母さんたちが魔物に襲われることもあったりはしたけれど、そんなものはよくあることでしょう」



「そうだな。だが、ふむ…」



…贋作と呼んだ、ローラウド。それに、その口ぶりのドクター。私は一つ、蔑まれた瞬間から、どうしても気になっていた。

否。

本当は、私はずっと思っていたのかもしれない。



「………貴方達は…私について、何かを知っているのですか。私は一体、何者であるかも、しれないのですか?」


「それを、確かめに行くんだ。

可能性を削って、答えに辿り着く為にね」




「あ、待ったイスティ。

今、孤児院って王都の郊外って言った?」


「え、あ、はい?ダルク?言いましたが…」


「あは!それなら丁度いい!以前出した案の2つ目。孤児院に行って魔女のことを調べてた人の遺物を漁るっていうのもできるね!」



こうして。当面の、やることが三つ増えました。

一つは王都に向かっての情報収集と王への報告。

一つは、魔女狩り教団への出奔。

そして一つは、孤児院へと戻る。


私たちに、また新たな目標ができる。

だからそれに進まなければならない。

暫くゆっくりとしていた私たちの馬も、走りたそうに待ちくたびれていた。いざ、ゆっくりと乗って出発をする。


と、した瞬間のことでした。



「…おーい!待て!待ってくれ、待ってくれー!」



私たちを、呼び止める一つの声。

それは、聞き覚えがある声。

私たちがこの村に来て初めて聞いた声だった。

門番として立っていた、あの傭兵の方。



「はっ、はっ…よかった、見に行ったらもういねえんだもんな。なんとか間に合ったよ」


「…いや、なんだ。追ってきたはいいが特になにもしてやれねえんだが…ただ、一つ。どうしても言いたいことがあってな」



そうして、彼はヴァンに向き直って。

そのまま、頭を下げました。

ただ地面につきかねないような勢いで。



「…さっきは済まなかった!どれだけ謝っても済むもんじゃないと思うが…せめて感謝だけはさせてくれ!」


「本当に、本当にありがとう。

俺は、俺たちは君たちに救われてばかりだった。

君たちが救ってくれたんだ。

それを、できればでいいから、誇ってほしい」


「そして何より…あんなバケモンを一人で倒しちまうの、かっこよかったぜ!あんちゃん!」



あんたらはやることがあるんだろう、俺はここで留まって、しばらく守っていこうと思う。だから達者でな。と、そこまで捲し立てて。傭兵さんはそのまま走って去って行きました。



私も、ダルクも、きっとマスクの下のハイレインも。どうにも多分、同じような顔をしていたのだと思います。


それは、それを急に言われて困惑しながら。明らかに、頬が緩んでいるヴァンの表情を見た、微笑み。

少し意地悪な、からかうような笑み。

どうしてもみんなが、にやついていました。



「…な、なんだよ皆。

どうしてオレをそんな見るんだ」


「いえいえ!大した理由ではないです!」



三人を代表して私が言います。釈然としないようにこっちを見ながら、それでも、やっぱり嬉しそうに。隠しきれないまま呟きました。




「…いや、なんだ。怖がられることは慣れていたけど。そっか。恐怖と、感謝は別なんだな…」



……また、私は、彼を見た。

ただその顔だけじゃない。彼をじっと観察した。仮面を取った彼の顔には、ただ懐かしむような、本当に嬉しいような微笑みが浮かんでいて。


私は、その頬にそっと、手を添えた。

ゆっくりと、彼の頬を撫ぜた。



「えっと…イスティ?」


「……あ…は、ひゃい!?

ご、ごめんなさい!急に!」



ぎっ、と鋭くなったダルクの目を背中に感じながら私は耳まで真っ赤にして彼から離れて。それらになにがなんだかわからないというような、ヴァン。そしてその全員を眺めて、けらけらと愉快そうに笑うハイレイン。


ああ、ああ。私はこの瞬間明確に想った。

想ってしまったのだ。

私は、貴方を。




貴方を、⬛︎⬛︎たい、と──







……




魔女の手がかり。

ローラウドの手がかり。

そして、何故か必要となるかも知れないこと。

私の、元。それは一体何なのか?

それぞれのしこりを残して。

それでいて皆がまた、晴れやかなまま。


私たちは村を後にした。

村の名前は、カーディラル。

地図にも載らない程の小さな村。

その名前は、私たちにとって特別な名となった。



さあ、王都へ。

私たちはそのまま、新たな目的地に向かう。

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