5.四階層へ

アバドンの一階層から三階層まではレンガ造りの迷路のような構造をしている。


場所によっては壁、天井、床のレンガが崩れ、魔獣が飛び出してくることもあるので、注意が必要なんだ。


僕とリズは三階層を壁沿いに慎重に進みながら四階層への階段を探した。


アバドンには三か月ごとに変転期があり、階層の中の環境がガラリと変わることはないが、通路や獣道、丘の起伏や建物の構造などが変化する。


だから冒険者ギルドは変転期が訪れると、毎回アバドンの内部調査を行い、新しい地図を作っている。


冒険者ギルドへ行けば最新の地図が売っているけど、僕もリズも地図を持っていなかった。


二年間、毎日のように同じ階層に慣れ過ぎて慢心になっていたのかもしれないな。


どうやらリズは地図が売られていることを知らなかったらしい。


アバドンに潜る際の助言としてギルドの担当者が教えてくれるはずだけど……


三階層を進む間に何度か魔獣に遭遇したけど、その度に『狂戦士』のスキルが発動して、簡単に魔獣を討伐してしまった。


出現する魔獣が低級魔獣でもあるし、僕はこの二年間で三階層までの魔獣との戦いに慣れている。


十体以上の群れで現れた時には少し危ないと思うけど、少数であれば何の問題もなく倒すことができる。


そのことに不満があるのか、リズは隣を歩きながらブツブツと文句をいう。


「これでは私はただのお荷物です。二人で協力してこそのパーティなんですから、早く四階層より下の階層へ行きましょう」


「なんだかごめん」


リズにも魔獣との戦闘に加わってほしいのだけど、魔獣の姿を見た瞬間に『狂戦士』のスキルが勝手に発動してしまう。


感情の爆発を制御できればいいとわかっているのだが、なかなか上手くいかないんだよね。


しかし『狂戦士』になっても、リズの声を聞けば、強引にスキルを解除できるようになってきた感じはする。


三時間ほど彷徨って、やっと四階層への階段を見つけた。


螺旋階段を下りて四階層へ到着すると、鍾乳洞のような洞窟の階層だった。


いつか四階層に潜ろうと思って、冒険者ギルドの図書室で勉強していたから、少しは四階層のことはわかる。


四階層と五階層には、ホブゴブリン、ゴブリンソルジャー、コボルトソルジャー、レイジウルフなど、三階層よりも強い低級魔獣が出没する。


群れで襲われれば厄介だが、単体であれば倒すことはできる。

しかし、初めての階層だから慎重に進んだほうがいいよね。


ゴブリンソルジャーや コボルトソルジャーを倒すと、錆びた短剣をドロップするらしい。

ホブゴブリンからは、睾丸がドロップされるという。

その睾丸は精力剤の素材として重宝されているらしいけど……。



換金できるのなら何でもいいんだけど……もうちょっと高価な品をドロップしてほしい……



鍾乳洞の中は光苔や蛍石などの発光する植物や鉱石が点在し、暗くあるけど少し先を見通すことはできる。


僕を先頭にして、ゆっくりと周囲を探索していると、後ろからリズが僕の服を抓んだ。



「何かの気配が接近してきます。気配の量からすると、たぶん魔獣の群れです」


「わかった。リズは後方に下がって、いつでも魔法を放てるように準備しておいて」



リズを守るように、僕は身を低くして片手で剣を構え、もう片方の手を広げる。


リズは後ろに下がって、いつでも放てるように電撃魔法の詠唱を始めた。


前方の暗がりから、レイジウルフの群れが現れ、次々と襲いかかってくる。


その姿を捉えた瞬間に、感情が爆発して『狂戦士』のスキルが発動する。



レイジウルフの動きは俊敏で、目で追うのがやっとなのに、体は勝手に動き、レイジウルフの急所に剣が突き刺さす。


そのまま屍となったレイジウルフを放り投げ、次に牙をむくレイジウルフを下から逆袈裟に切り上げた


後方から、紫電が飛んできて三体のレイジウルフが稲妻に焼かれて絶命する。


どうやらリズが援護してくれたようだ。


「次は右、その次は左、後方からも飛び込んできます」


後ろから僕をリズの指示が飛ぶ。


その声を聞くと、少し感情が収まり、少しだけ心と体の距離が縮まるような感じがする。


次々に襲いかかってくるレイジウルフ。


それらの攻撃を予知しているように体が無意識に動き、レイジウルフの屍を量産していった。


そして周囲にいたレイジウルフを屠って後ろへ振り向くと、二体のレイジウルフがリズに襲いかかろうとしていた。


リズは上手く魔法を詠唱できないようで、長い杖でレイジウルフを牽制している。


それを見た途端、魔獣に惨殺された両親の映像が、頭の中でフラッシュバックする。


心臓がドンと跳ね上がり、僕は大声をあげて剣を投擲した。



「うぉおおー!」



一直線に飛んでいった剣は、今にもリズに襲いかかるレイジウルフの目を貫いた。


体が無意識に動き、走りながら腰に吊るしてあった予備の短剣を掴み取ると、僕は野獣のようにレイジウルフに飛びかかった。


レイジウルフと抱き合うような恰好で床をゴロゴロと転がる。


上半身を起こすと、僕の体の下でレイジウルフは短剣に急所を貫かれて絶命していた。


それでも僕の体は止まらず、短剣を掴んで何度も死骸を突き刺す。


そんな僕の後ろから細い手が伸び、僕の体をギュッと抱きしめる。


「私は無事です。もう大丈夫ですから安心してください」


その声を聞いているうちに、段々と心の中の熱は消え、『狂戦士』のスキルが解除された。


短剣を放り出して後ろを振り返ると、リズは涙を流しながら微笑んでいた。

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