第6話
その後、ナジルはドアの開け閉めについては、ど派手な音は立てないようになった。
俺は彼を、やればできるじゃないか!と褒めたら、
彼も「まあ、こんなもんでしょ。」と言いながらも、なぜか満更でもない顔をしたのだった。
ドアの開け閉め程度、幼児でも可能なことのレベルを褒めても、馬鹿にされていると怒らない。
向こうがこの状況を客観的に見たり理解すること自体ができてない気がするが、
その辺を考えだすと、こちら指導側のメンタルが持たなくなるような気がするので、あえて考えないようにしている。
まあ、ナジルは、少しは聞く耳があるということかもしれない。
そうなら、根気よくわかる部分から教えていけば、
少しはまともなギルド職員になれるかもしれない。
そうしたら少しずつこちらの仕事を引き継いでくれ、こちらも一息つける。
…そう思っていたこともあったよなあ…
事務仕事を教えながら再度俺は遠い目になってしまった。
今やっているのは、
商業ギルドに依頼してきた、得意先の書類の確認だった。
数箇所の金額に、あやしい点がある。
同じものが違う書類に転記されているのだが、
なぜかそれぞれの合計が違う金額となっている。
この二つは同じものなので、違ってくるのはおかしい。
どちらかに数字の誤記の部分があるか、計算を誤ったのだろう。
人間がやっているのでどうしてもミスはでる。
こういう時は、どの数字の部分の転記が違うかや、合計の計算が誤っているかを見つけ出し、客先に連絡しないといけない。
そのあたりを調べてくれと、ナジルに検算とつけ合わせを頼んだ。
検算は違っていると思われる部分を合計してみる。足し算で、五つ程度の数字を合計するが、
二箇所の部分をそれぞれ合計して結果を見る。
つけ合わせは、その二箇所の数字を一つずつ、誤記がないかを見る。
そんなに難しくはない。ごく僅かな時間ですむ。
だがナジルは、「はい、検算しましたよ。」と、計算用紙を放り投げた。
「もう検算したのか?
数字はつけ合せしてみたのか?
違う原因は見つけられたか?」
「いんや。
数字が違うのは最初から違う数字が書いてあるからだろ?」
何をしたのか聞いてみたら、同じ部分の足し算を二回ほどして、同じ答えが出て、
片方の書類の合計の数字と同じになったから終りにした、との返事が返ってきた。
「いや、もう一つの方も確認して、
どこが違ってきているのか、つけ合せして調べるところまでやってくれないと…
違う原因を見つけ出せないといけないんだぞ。
先方に連絡するとき必要な情報なんだ。」
俺は別にこんなことは自分でやっても良かった。
そもそも頼んだ内容は、ごく簡単なものだ。
こういう時、どう対処しているか教えないといけなかったので、
チャンスだと思って頼んだのだった。
「いや、だから確認したって言ってるだろ?
俺、二回も同じとこ検算したぜ。もう片方なんて絶対もうやらん。
それにつけ合せなんてかったるいことまで、なんで俺にやらせようとするんですか。
これ、嫌がらせだろ。俺はやらないからな。
これ以上やれと言うのは、先輩風を吹かせたパワハラだと取るわ。
まだやれっていうんなら、
俺、バトーさんに、レイオ先輩からパワハラ受けましたって言うわ!」
俺は呆然としてしまった。
片方しか確認していないのに、なぜ確認できたと言い張れる?
彼がわかるように説明しないといけないんだろうか…
だが、なぜか口がひどく重く、説明することができなかった。
ナジルが仕事で求められている作業を全く理解できてないこと、
それは、仕事に慣れてないという以前の問題ではないか、
そういう以前からの疑いが、頭をもたげてきてしまい、
その状態で自分が指導しないといけないという事態であることに、
ひどくショックを受けてしまったからだ。
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