0-2 運命の恋



 選んだ扉の前で、白兎はくとを真ん中にして俺たちは三人で手を繋いだ。これは三人の総意。青藍せいらんとして白煉はくれんと共に歩むのは、彼ら自身でいい。俺たちは、俺たち自身として生きていきたい。


 戻れるなら、とずっと思っていた。


 ただ、ひとつだけ心配なこともある。ここで経験したこと、記憶がどうなってしまうのか。事故がなかったことになるってことは、その前に戻されるってことだろ?


 それってつまり、せっかく思いが通じ合ったのに、現実セカイでは元の俺たちの関係に戻ってしまうってこと?


「記憶? さあ、それは私には関係のないことだから。君たちがこの先どうなろうと、ここで送り出した時点で私の責任じゃないしね」


 カミサマは俺の心の中の声が聞こえるらしい。


 けど、そうだよな。そこまで都合よくできてないよな。この先は俺たちの問題だ。他人になにかしてもらおうなんて思う方が図々しい話で。頼んでもないのに願いを叶えてくれたこのひとの力は、奇跡みたいなものだ。


「そっか····そうだよね」


 ゲームのイベントやシナリオ通りに、なんて。そんな簡単にはいかないのが現実だ。それでも選んだことで変わることだってあるし、言葉にすることで変化が生まれるのは一緒なんだって。


「このままゲームの中で幸せになるのもありだよ? でもそうじゃないんでしょ? だから、決めたんだって。自信もっていいと思うよ?」


 キラさんの言う通りだ。

 俺たちは、俺たちとして一緒にいたいんだ。

 まだ、チャンスはある。

 あの時、白兎はくとに伝えそびれたこと。


「····うん、そうだね。どうなるかなんて、俺たち次第ってことだよね」


 俺たちはもう一度扉を見つめ、同時に一歩前に進んだ。開いた扉の先。真っ暗闇。手を繋いだまま、俺たちはその闇の中へと飛び込んだ。


 底なしの闇に融けるかのように色んな感覚がなくなり、繋いでいたはずの手の感触も消え、歪んだ空間の中をどんどん流されていく。薄れていく意識の中で、響いた声。


『このボクがサポートしてあげるんですから、ちゃんと結果を出してもらわないと』


 その声は、どこまでも生意気で。

 どこまでも楽しげだった。



******



 スマホの着信音が耳元で響いている。


 あれ? 俺、いつの間にか眠っていたみたい。瞼を擦って、視界が戻って来るのを待った。どうやらパソコンの前でそのまま机に伏していたらしい。


 ノートパソコンの画面もスリープモードになっていて、マウスを動かしたらゲームのホーム画面が出てきた。


 そういえば、渚さんがメールに添付してくれた『白戀華はくれんか~運命の恋~』という乙女ゲームの、隠しルートをダウンロードしていたんだった。


「う、ん·····誰から、だろ?」


 寝ぼけた状態でスマホを確認すると、ずっと着信音が鳴ったままだった。いつの間にか外していたらしい眼鏡を手に取り、もたもたとした手つきでかける。着信は幼馴染からだった。


『————もしもし。今、大丈夫? ちょっと出て来れるか?』


 うん、と返事をして、待ち合わせ場所を確認する。電話を切った後、俺はいそいそと外出する準備を始めた。ゲームは帰って来てからゆっくりやろう。ダウンロードも終わっていたので、画面を閉じてパソコンの電源を落とした。


 幼稚園からの幼馴染の呼び出し。夏休み中ということもあって、学校以外で逢うのは久しぶりかもしれない。


 少し大きめの丈の長い紺色のTシャツと、黒いハーフパンツという地味な格好に、黒い縁の眼鏡。財布とスマホだけを入れたシンプルな白いトートバッグを肩に掛け、俺は家を出た。



******



「私はあんまり乗り気じゃないんだからな? 詩音しおんのお節介」


「え~。だってもうすぐ夏祭りだよ? 浴衣デートしたいもんっ」


「別に、私たちだけでもいいだろう? 周りから見たらただの友だちだ」


 むー。と詩音しおんが頬を膨らませる。

 どうやら不服らしい。


 彼女の計画はこうだ。いつまでもじれじれしている白兎はくと海璃かいりをどうにか夏祭りまでにくっつけたい! 面倒だから誘導尋問をして「好きだ」って海璃かいりに言わせよう! だそうだ。


 私も最初は反対したが、白兎はくとのためと言われてしまえばなにも言えなくなり、こうやってその計画に付き合っている始末。


 すでにふたりのことは別々の理由で呼び出している。ここは駅前のカフェで、チェーン店のわりに少し高い。一緒に遊びに行く時に、よく待ち合わせ場所にしているのだけど。


「友だちじゃないもん。恋人だもん。雅ちゃんの、ばかばか~」


「そうだね。今のは私が悪かった」


 よしよしと詩音しおんの頭を撫でて、私は謝った。公共の場でそんな風にはっきりと言えてしまう彼女の強さは、いつも思うが尊敬する。私たちは女同士だけど恋人同士でもある。偏見はもちろんあるだろうから、学校では公言していない。


「あ、東雲しののめくんだ! こっちだよ~、こっちこっち」


「ごめんね、急いだつもりだったんだけど、」


「気にしなくていい。私たちは呼びだした時、もうここにいたんだから」


 そうなの? と白兎はくとは首を傾げた。


 胸が痛む。なにも知らないで呼び出された白兎はくと。ごめん、私には止められなかったんだ。恨むならいつまでもヘタレな海璃かいりを恨め。


「おまたせ····って、なんでお前までいるんだ?」


詩音しおんとハクに会うためだ。お前と顔を合わせるためじゃない」


七瀬ななせくん、おっそ~い。罰として、東雲しののめくんの分の飲み物を買ってあげること!」


 え、いいよ、自分で買うよ、と白兎はくとはわたわたとしていたが、別にいいよ、と海璃かいりはさっきまでの顔が嘘みたいに笑顔に変わった。こいつ、本当にいい性格してるな。態度がわかりやすすぎるだろう。


「ほら、ラッキーだと思って、甘えていいよ。なにが飲みたい? あ、せっかくだし一緒に選んだ来たらいいよ~」


「え····でも、」


「いいよ気にしなくても。一緒に行こう?」


 海璃かいりはどさくさに紛れて白兎はくとの手を取り、注文カウンターの方へと連れて行った。詩音しおんは「大成功♪」とでも言いたげに、私にウィンクをしてくる。


「えへへ。見た? 東雲しののめくん、めちゃくちゃ嬉しそうだったよ~?」


 それはよしとして、それは同時に海璃あいつを喜ばせることになるので、私は正直なところ嬉しくない。あいつがどれだけ他人に対して猫を被っていも、私には通用しない。あの闇深さは異常だ。今のままでは、安心して白兎はくとを任せられる気がしない。


 戻って来たふたりも同じテーブルにつく。二人掛けの席に向かい合う形で座り、お互い他愛のない会話を交わす。そんな中、詩音しおんが早くも自身の計画を実行し始めた。


「一年の時の文化祭、憶えてる? あの時の東雲しののめくん、めちゃくちゃ可愛かったよね~、七瀬ななせくん」


「ん? ああ、そうだな。でももうあんな格好、白兎はくとにさせるなよ? あんなの、絶対に駄目だからな」


「····そう、だよね。やっぱり変だったよね、あんな格好」


「「「いや、めちゃくちゃ似合ってた」」」


 しゅん、と俯く白兎はくとをよそに、私たちは三人同時に声を揃えて同じことを口にした。タイミングを合わせたわけじゃないのに、考えていることは一緒だったようだ。あの時の白兎はくとは、衣裳も含めて文句なしに可愛かった。


「じゃあ、なんで駄目、なの? 東雲しののめくん、眼鏡してても可愛いけど、外すとそれの比じゃないし。女子より可愛いって、もはや才能だよ!」


「でも、俺、この顔のせいで昔、男子にからかわれてて。海璃かいりや雅ちゃんがいなかったら、」


「可愛いのは、別に悪いことじゃないだろ? むしろ、褒めるところだ」


 海璃かいりはアイスコーヒーをストローでくるくると無駄にかき混ぜながら、なんてことはないとでも言うようにそう呟いた。


 珍しい。いつもなら「気にするな」くらいにしてはぐらかすのに。もしかして、詩音しおんの行き当たりばったりな計画が上手くいってるのかも。


白兎はくとは可愛い。それでいいじゃん? 可愛いのに性別なんて関係ないだろ? 猫も犬も可愛いじゃん。それと同じって思えばいい」


 いや、言い方····。

 白兎はくとを犬猫と一緒にするな。意図はなんとなくわかるけども。


「俺はそういうところも含めて、白兎はくとのこと、すごく好きなんだけど?」


「······え、」


 は?

 はあ?

 はあああ?


 い、今、なんて?


「こんなところでいうのもあれだけど、憶えてる? 幼稚園の時、俺が白兎はくとに言った台詞」


「····ど、どの?」


 海璃かいりが幼稚園の時に言った台詞?


 あれか? 俺のことだけ見て! って叫んだやつ····あれには、みんなびっくりして引いてたけど、白兎はくとにだけには刺さっていたのかもしれない。


 あのあと私たちと遊ぶ時間が減った。

 思い出すだけで腹ただしい。


「すぐに撤去されちゃったけど、ふたりで作った秘密基地で。俺さ、白兎はくとにずっと一緒にいて欲しくて、俺のお嫁さんになって、って言ったんだぜ? ふたりで書いた願い事も、もうないけど。その願いは今も同じだよ」


 あのヘタレ海璃かいりが、別人に見える。なにか悪いものでも食べたんじゃないか? 詩音しおんが悶絶してる。あいつのことを知らない普通の女子の反応は、おそらくこれが正しいのだろう。


「お、お嫁さん、って····俺、男、なのに?」


 白兎はくとの顔が真っ赤だ。可愛い。なんだこの可愛い生き物は。隠したいという海璃かいりの気持ちが、少しだけわかってしまった。


「あー····まあ、それに関しては将来的な願望? っていうか。でもその前に、伝えたいことがある」


 ちょっと待て。

 よく見たら周りの視線がこの席に集まっていないか? 女子も男子も店員さんさえも、注目している気がするんだが。


 カラン、と氷がグラスの中で鳴った。結露した雫がつぅっとテーブルを濡らしていく。海璃かいりがなにを言わんとしているか。


 私たちはいったいなにを見せられているんだ⁉


「ずっと、初めて会った時から好きでした。俺と付き合ってください」


 それはまるで、運命だとでもいうかのように。


「····俺も····海璃かいりのこと、大好きだよ?」


「それは、OKってことでいいのか?」


「····う、うん」


「そっか····マジか····死ぬほど嬉しい」


 このふたりは、出会った時から惹かれ合っていたのだ。


「きゃーーー。ちょっと、雅ちゃん今の聞いた? ねえ、聞いたよね!」


「しー、静かに。声、大きいから」


 この恋を運命といわずに、なんという?

 私にはわからない。

 なにがふたりをそうさせたのか。


 今までの勘違いだらけの両片思いは、いったいなんだったんだ?


「あと、他にも言ってないことがあって····それは、今度ゆっくり話すよ」


 あれか? 乙女ゲームを作ってたことか?

 あいつ、まだ言えてなかったのか····少し前に完成したって渚砂なぎささんが言っていたけど。完成したら告白するって。なんで今、ここでするんだよ。どういう心境の変化だ?


 けど、まあ。

 大切な白兎はくとが笑っているから。


 あの笑顔に免じて、今日は許してやろう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る