番外編3 忘れられない文化祭 後編
もうすぐ、休憩時間の順番が回ってくる。
接客係は人数が限られているから、入れ替わって入って来るのは、接客に慣れていない他の係のメンバーの誰かだろう。
薄青を基調とした漢服に小道具の剣を佩いている姿での接客。他のみんなも各々が気に入った格好、好きな色の漢服を着て働いている。
正直、こんなに忙しくなるとは思っていなかった。客層は予想通り女性が多い。接客係は全員が接客系のバイトの経験者で、見栄えも良いメンバーが集まった。
「ちょっと、あれ見て 。あそこで手を繋いでるふたり組、すごく目立ってない? あの黒い衣裳の背の高い子、私めちゃくちゃタイプなんだけど!」
「お嬢様をエスコートする護衛って感じ! 無表情なのが逆にいい!」
後ろがなんだか盛り上がっている。俺は気になりつつも注文を取り、ゆっくりと振り返ったその瞬間。黄色い声の中心にいるふたりの姿を目にして、石のように固まってしまった。
そこには白と薄緑色の女性用の漢服を纏った可愛らしい顔の小柄な子と、男性用の黒い漢服を纏った····
いや、そんなことはこの際どうでもいい!
最大の問題はむしろ、その隣にいる方!
「あれ、男装してる方、
「やっば····イケメンすぎだろ」
「ってか、注目するならあの可愛い子の方だろ! うちのクラスにあんな子いたっけ? 外部の子?
クラスの連中までもがその光景に盛り上がっていたが、俺は片手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んでいた。
嘘だろ? なに考えてる?
「····おい、アホ
「いや、無理だろ····なにこれ、罰ゲーム?」
「
眼鏡をかけていない
見上げ見下ろす、いつもとは逆の新鮮なアングルに俺は思わず顔を背けた。
って、近いってば! 俺を殺す気か⁉
露出が少ない漢服なのは良いとして、その髪の毛なに? ウイッグ? メイクもされて、完全に女の子になってしまっている
「お前、眼鏡····なんで外したんだ? コンタクトは? こんなことして平気なのか?」
「コンタクトなんて持ってないよ? でもそのおかげでみんなに見られてても俺がほとんど見えないから、他人事っていうか····平気みたい」
平気って····バレたら今度は容姿どころか、女装のことでイジられるかもって不安はないのか?
まあ実際、そんなやつがひとりでもいたら、俺も
「一緒に写真、撮ってもいいですか⁉」
「私も!」
「こっちで注文お願いしまーす!」
最悪だ。
みんなが
ああ、駄目だ。
思考が黒すぎてヤバイ。
「······隠さなきゃ」
「おい、変態。心の声が漏れてるぞ」
「隠す? って、なにを?」
わかっていない
「アホ
「いや、なんでそれでよりにもよって女装なんだよ。似合いすぎてて男どもの視線がキモイだろ。ここにいる全員の目、潰してきていい?」
「駄目に決まってるだろ、馬鹿なのか?」
俺たちの会話は外野の声で掻き消されており、隣にいる
案の定、
「ふたりとも、いつの間にそんなに仲良くなったの?」
などと、盛大な勘違いをされていた。俺がこいつと仲良くだって? そんなの無理に決まってるだろ。
「一時間後には戻れよ」
はあ、と
「
俺は
「なんだなんだ⁉ お嬢さまがイケメンに連れさられたぞ(笑)」
「護衛さんは行かなくてもいいの?」
「おい、
「ちょっと見た?
人波を掻き分けて、俺はどんどん前に進んで行く。握りしめた指に力が入っていることにも気付かない。
そこは、三階にある備品倉庫。運良く開いていた部屋の扉を開け、
「····
窓がひとつあったが、日陰のせいか少し薄暗い。お互いの顔が認識できるくらいの明るさはあるが、
「その服、誰に着せられたの? 誰に髪の毛触らせた? なんで今更、素顔をみんなにみせたいなんて思ったの?」
俺は、棚に寄りかかっていた
こんな所に閉じ込められて、わけのわからない質問をされて。
「えっと····着付けやメイクは
俺の、ため?
「
「そんなの、気にしなくていい」
憑き物が落ちたように、俺は脱力する。
そのまま
「俺、
「····どれでもない」
なによりも大事なひと。
友だちなんかじゃない。
ただの幼馴染でも同級生でも、ましてや赤の他人なわけない。
「そっか····どれも違うんだ」
足りない言葉が、
でも、それ以外は嘘だから。
嘘は、付きたくない。
でもまだ、その時じゃない。
「ごめん、
「····わかってる。馬鹿だよね、俺。こんな格好の俺と一緒にいるの、
「違う、そうじゃなくて」
正直、その姿を見た時に視界から
「ごめん、今はうまく言えない。でも嫌いとかじゃないから、それだけはわかって欲しい」
「····うん、わかった」
見るなって思った。隠さなきゃって。けれども連れ去った挙句、こんな所に閉じ込めて。傷付けて。
「····
視線も合わせず、肩に凭れたまま。動かない俺に対して、
この際だから、体調が悪いふりをして、その言葉に甘えるのもいいかも?
いや、違うか。
普段の俺ならきっと、その言葉に対してこう言うだろう。
「すごく疲れたから、一緒にサボって?」
「····休むのはいいけど、サボるのはダメだよ?」
どうやら、冗談だとわかってくれたみたいだ。
「じゃあ、やる気でるまでこうしてていい?」
「そ、それは····恥ずかしいから····むりっ」
「そっか、ごめんね?」
無理って言われた····当然か。
俺は囲っていた腕を解き、凭れていた頭を離す。
この微妙な空気を変えるには、なにか違う手段が必要だろう。考えた末、俺はある提案をしてみる。
「やっぱり一緒に見て回る?」
「え、でも····この格好で?」
「宣伝して回ればいいんじゃない? それなら自然だし、後で言い訳もできる」
我ながらいい考えだと思った。
「うん。一緒にたくさん宣伝しよう」
「じゃあ、きまり」
今だけはあの頃のまま。
そう思ってもいい?
(俺のワガママに付き合ってくれるのは、やっぱり友だちとして、ってことだよな····)
こうやって、ふたりで一緒に文化祭を楽しむのも悪くないかも?
でもそれはただの口実で。
本当は。
ただ、この姿の
なんだかんだで、二日間行われた文化祭は無事に終了する。俺がコスプレをして謎の美少女を連れ回していたという噂が広まったのは、不本意だったが。一生忘れられない思い出になったのは、言うまでもない。
しかし、この二ヶ月後。
俺はある
馬鹿な俺の行動のせいで、せっかく近付いたと思った距離は、再び遠く離れてしまうことになる。更に数ヶ月後。高校二年の夏。最後の望みが完成する。乙女ゲーム『
数日後、感想メールの返信にあの『隠しルート』を添付した。送ってすぐ電話をかける。やっぱり本当のことを話してからの方がいいと思った。
本人に会いたがってたこともあり、絵師として参加してくれた
けれども、まさかあんなことになるなんて。
この時の俺たちが、知る由もなく――――。
番外編3 忘れられない文化祭 後編 ~完~
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