番外編2 忘れられない文化祭 前編



 七月。文化祭本番まであと二ヶ月をきった頃。


「企画を変更する?」


 私は無表情のまま首を傾げた。うちのクラスは『執事&メイド喫茶』をすることが決まっていた。


 喫茶は人気の催し物だが色々と許可取りが大変なので、公平なくじ引き抽選でふたクラスだけ選ばれたのだ。


「え? 企画が被ってて話し合った結果、じゃんけんで負けちゃったの? ん~。まあまだなんとかなると思うけど、みんなになんて説明する?」


 私の横で詩音しおんが頬に人差し指を当てて可愛らしく小首を傾げてみせた。言いたいことはわかる。クラスのみんなで意見を出し合って、ほぼ満場一致で決まった企画だった。


 それがじゃんけんで負けて一からやり直すなんて言ったら、みんなのモチベーションが下がるに決まっている。


 まだ衣裳もメニューもざっくりとしか決まっていないが、誰がどの役割をするかはすでに決まっていた。接客係、装飾係、衣裳係、調理係、それからどの係にも属さないが、どの係でも助っ人として動けるマルチな枠だ。


 委員長と副委員長である私はその統括で、予算や段取りを管理することになっている。


 ちなみに詩音しおんはマルチ枠で、私の補佐役になってくれていた。


「まあ、言うにしても早い方がいいだろう。どうにもならないことだし、理解してもらうしかない」


みやびちゃんの言う通りだよ。委員長、ガンバ」


 委員長の佐倉さくらは大きく嘆息した後、覚悟を決めたようだ。放課後、準備を始める前にそのことを告げると、やはり数人が落胆して文句を口にした。これは仕方のないことで、他のみんなも口に出さないだけでおそらく同じ気持ちだろう。


「じゃあどうする? 次の企画、誰が立てるんだ?」


「執事とメイド以外ってなると····コスプレ喫茶?」


 各々の意見を自由に言い合うが、やはりまとまらない。


 そんな中、すっと手を挙げた人物に私は眼を細める。佐倉が藁にも縋る思いでそいつ・・・に意見を求めると、意外にもまともな答えが返って来た。


「はーい。中国茶とか台湾茶とかの本格喫茶なんてどうかな~って。最近俺の姉貴がハマってて、資料もあるし。専門店とかもけっこうあるらしいよ? 他のクラスとの差別化にもなっていいんじゃない?」


「中華系の喫茶ってこと?」


「そ。姉貴の情報では漢服····中国の時代劇とかで女性が着るような、ドレスみたいな可愛い着物のレンタルもあるんだってさ。小物とかもセットで貸し出ししてて、姉貴にその手の知り合いがいるから予算内で収まるように交渉できると思う」


「私知ってる! ほら、これこれ。可愛いよね~」


 女子たちが漢服をスマホで検索して、各々画面を眺めはじめる。男子たちも面白そうだな、とその画面を覗き込んでいた。そこには洋風のドレスとはまた違った、色とりどりの可愛らしい漢服を纏った女性モデルがふたり並んでいた。


「いいんじゃないかな? すごく華やかだし、他にはない企画じゃない? 準備をしながら知識を学べるのも悪くないし。私のお姉ちゃんもそっち系詳しいみたいだよ?」


 詩音しおんの姉は絵師をしていて、私も見せてもらったことがあるが中華ファンタジー風のイラストもたくさん描いていた。


「決まり、だね」


 クラスの雰囲気が一気に賑やかになった。みんながスマホ片手に情報を集め、意見を言い合う。メニューなどは少しずつ決めていくことにし、予算の割り振りを改めて作成することになった。



 それからさらにひと月後――――。


 文化祭まであと一ヶ月をきったある日の帰り道。これからバイトがあるという詩音しおんと門の前で別れ、偶然にも白兎はくとの後ろ姿を見つけた。


 辺りを見回すが海璃かいりの姿はない。あいつはあいつで自分のことで忙しい。普段の学校生活の他に部活に顔を出したり、文化祭の準備を手伝いつつ、ゲームの制作に時間を割いているのだ。


 白兎はくとの横に並び、声をかける。


「あ、雅ちゃん。お疲れさま。今日は雲英きらさんは一緒じゃないんだ?」


「ハクもひとりなのか?」


「うん。海璃かいりも最近すごく忙しいみたいで、」


 寂しそうな白兎はくとの表情。気付けば自分より背の低い彼の頭を、猫にでもするようによしよしと無言で撫でていた。


 あの馬鹿、本当になにもわかってないな。目の前のことに夢中になりすぎて、一番大事なことを忘れてるんじゃないか?


「あいつは接客係だが、自分から言い出した手前、動かないわけにはいかないんだろうな。いつもならこういうことは傍観者のくせに」


「それに、あんまり俺とは一緒にいたくないみたい。中学の終わり頃に修復できたと思ったんだけど····ただの友だちにもなれないのかな? 嫌われてるのかも、」


 言いたい。

 あいつが誰のために余計に忙しくしているのか。

 白兎はくとのために言ってあげたい。

 でも、言いたくない。


「幼馴染なんてそんなものだろう? 小さい頃とは違って、それぞれの時間があって、友だちもいて、ずっと一緒になんていられないんだ。海璃かいりはああいうやつだから、本当に嫌いだったら関わらない。たまにあっちから連絡はくれるんだろう?」


「うん····でも俺、うまく話せなくて。返信も色々考えちゃって。みやびちゃんは雲英きらさんとうまくいってるみたいで良かった」


 私と詩音しおんは付き合っている。そのことを知っているのは白兎はくと海璃かいりだけ。海璃かいりには話していないが察したようだ。ひとのことはわかるのに、なんで自分のことはわからないのだろうか。


「みんな前に進んでいるのに、俺だけ取り残されてるみたい」


「じゃあ、少し前に進んでみる?」


 え? と白兎はくとは私を見上げてきた。白兎はくとが好きなもの。乙女ゲーム。甘い物。海璃かいり海璃かいりはそのひとつである乙女ゲームを制作中なのだ。ゲームを完成させ、自分の"好き"を告白するという計画らしい。


 意味がわからない。

 いつもの調子で面と向かって「好きだ」と直接言えばいいのに、どうしてそうなった?


 渚砂なぎささんの話では、あいつはBLが好きらしい。別に良いと思う。白兎はくとを好きになったのが先で、BLを知ったのは後。間違いなく姉である渚砂なぎささんの影響だろう。


 作り物で慰めて、現実で迷走している姿は、彼らしくない。けれどもそれくらい本気ということだ。


「ハク、接客係やらないか? もちろん、装飾係も兼用で」


 その提案に対して戸惑う白兎はくとだったが、しばらく沈黙した後で答えが返ってくる。


 その答えに私は頷き、とある作戦が文化祭の裏側で密かに始まったのだった――――。



 文化祭、当日。


 ここまでの準備ははじめてにしては上出来で、ついに本番が始まろうとしていた。


 外部からの大勢のお客さん。内部の生徒も含めてかなりの人数が構内に集まってきたようで。みんなの顔に緊張感が生まれる。


「一応、最終確認。調理係と接客係の休憩時間は以下の通り。一時間ずつ二回、ローテーションで偏りなく回していくから、その点はご心配なく~。その際はアラームを設定して、時間厳守だからね? 仕方なく遅れる時は私か雅ちゃんに連絡して?」


「装飾係と衣裳係、マルチ枠のみんなにはお客さんの誘導、調理の補助、忙しくなったら接客に回ってもらうかもしれないけど、同じように休憩時間は割り振っているから、手元のスケジュール表で確認して欲しい」


 詩音しおんと委員長の佐倉が続けて注意事項を説明していく。そうこうしている内に、放送部による文化祭の開始を告げる校内放送が響き渡った。


 最初の方こそ様子見でお客さんは少なかったが、どんどん客足が伸びて、気付けば大行列ができるほどに賑わっていた。


 物珍しさと、やはりその華やかな見た目だろう。飲み物だけなら持ち帰りもできるため、思った以上に好評だった。そんな中、同時に進行していた作戦がある。


 カーテンの裏側で、教室内の状況を確認しつつ、私と詩音しおんは同時に頷いた。


「素材が良すぎて、メイクもばっちり! 超絶美少女が爆誕しちゃったよ~」


「しー。声が大きい。絶対にバレないように、っていうのが条件なんだから」


「ほ、本当に大丈夫かな····俺だってバレないよね? バレたら俺、完全に残りの高校生活が終わっちゃうかも」


 上下露出の少ない白と薄緑色の漢服だが、可愛らしいアクセサリーとウイッグ、メイクの相乗効果だろう、完全に美少女と化している。


「眼鏡外して衣裳を着るだけだったのに、なんでこんなことに····しかも女装」


「だって、東雲しののめくんに合う男性物の漢服がなかったんだもん。それに、色々着飾ってたら楽しくなっちゃって。でもホント、自信もっていいよ!」


「と、とにかく。迷惑をかけないように頑張ってみるけど、ひとつ問題が」


 問題?

 白兎はくとは引きつった笑顔を向けて、その"大問題"を口にした。

 まずい。

 完全に忘れてた。


「雅ちゃん、漢服もう一着あったよね?」


「あるけど、男性物だ」


 あ、嫌な予感が····。

 詩音しおんが悪い笑みを浮かべ、私を見上げてきた。


 その十数分後————。


 休憩時間になった接客係二名と入れ替わった私たちは、中華風に飾られたいつもとは違う雰囲気の教室の中で、その場にいた全員の注目を黄色い声と共に浴びていた。




番外編2 忘れられない文化祭 前編 ~完~


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