3-5 ひと安心
――――二日後。
何があったのか色々と突っ込んで訊いてみたら、なんとハクちゃんはあの
イーさん、どういうこと?
転生者は他にはいないって言ってなかった?
『確認できないと言っただけです。いないとは言っていません』
え? そうだったかしら?
でも不思議。どうしてハクちゃんは自分が転生者だってバラしても強制排除されなかったんだろう? もしかして、本当はそんなルールないとか?
じゃあじゃあ、私や
『あなた方が同じように自身のことを明かすのは危険かと思われます』
ふーん、そうなんだ。
ハクちゃんと私たち、何が違うんだろうね? ハクちゃんのナビゲーターと会話とかできないのかな? ナビゲーター同士の認識もできないの?
『ナビゲーター02に関してはそれが可能と断言できますが、基本的にはナビゲーター同士での会話は不可です。情報交換はデータとしては可能ですが。しかしながらこのルートのヒロインである、
それもおかしな話よね?
いや、そもそも今のこの状況もだいぶ普通じゃないのよね。乙女ゲームに転生って、夢でも見てるみたい。それでもこうやって動じずにいられるのは、イーさんが色々と説明してくれるからかもね。
でもこの三人が同時に同じ場所に転生しているという事実は、すごく気になるところよね? イーさんはそれについてはなにか知ってる? そもそも、イーさんたちナビゲーターって、このゲームには本来存在しないわけじゃない?
私や
『すべての答えは、エンディングを迎えることで明かされます。私はそれを手助けするために存在する案内役。そしてあなたが途中退場しないように軌道修正することが、本来の私の役目でもあります』
うん。つまりは、私たちにBADエンドは存在しないってことかしら?
『はい。そちらを強くお望みであれば、私たちの忠告をすべて無視して進めることで可能となるでしょう。このセカイの創造主は、あくまでも皇子とヒロインの願いを叶えるためにこのセカイを用意したと、そう、私は聞いておりますが』
創造主って、つまり、神サマってこと?
『それに関しての詳細説明は、私には許可されておりません』
なんだか話が大きくなってきた気が····怖いから、これ以上は訊かないことにしよう。
私は「はあ」と大きく声に出して嘆息し、寝台で静かに眠っているハクちゃんの額に手を置く。うん、もう大丈夫そうね。明日にはまたたくさんお話が聞けるかも。
それよりも····。
私はちらりと自分の右側に視線を移し、少し引きつった表情で訊ねた。
「ええっと····
この二日間、ハクちゃんが眠っている時間を見計らってやって来ては、そうやって寝台の横に椅子を用意して陣取り、飽きもせずにじっと寝顔を見守っているのだ。
(話には聞いていたけど、すごい執着心。こういうのってなんて言うんだっけ?)
看病をしてくれるのはありがたいし、このふたりの絵面は私の目の保養にもなっている。
けれども!
正直、これは重すぎるよ、
「
「そうするつもり満々なんですが、ハクちゃんの貞操を守るという義務もあるので、
「て、ていそ····っこほん! ハクの同意もなしに、私がそんなことをするわけがないだろう!」
「ふーん。じゃあハクちゃんが同意したら、迷わずしちゃうってこと? ふーん?」
あ、でも
うんうん。早くくっつかないかなぁ。
でも、複雑だよね。
「
そっか、決めたんだね。
私たちはハクちゃんに本当のことは言えない。それでも
「なら、安心してお任せできそうです。ハクちゃんをよろしくお願いします。私は隣の部屋にいるので、なにかあったら呼んでくださいね」
攻めの重たい愛も大好物なので、個人的にはまったく問題ないわ!
あとはハクちゃんにその気になってもらうように私が助言すれば、自ずと好感度は上がっていくんじゃないかな? それに次の恋愛イベントは、上手くいけばふたりの距離がかなり縮まるはずだから、気合入れて臨まないとね!
同じ部屋の中にある隣の部屋が私の自室。本来は従者が待機する部屋だけど、このくらいの広さが丁度いいのよね。狭くはないけど広くもない。寝台と机と椅子、それから多目的で使える棚がひとつ。
椅子を引き、机の上に紙を広げる。紙質はざらざらしていてあまりよくないが、何度か練習を重ねたおかげでちょっとずつだが慣れてきた。
『これは····あまり他人に見せない方がよいかと思われます。モデルは
「もちろんよ! だって、このセカイにいるキャラは、ぜんぶ私が生み出したものだもの! その私が同人誌を描いたって、別に問題ないでしょ?」
『同人誌、ですか?』
イーさん、困惑してる。
まあ、わからなくはないけど。
机の上に広げているのは、あのふたりが際どい絡みをしているイラストや、同じ趣味のひと以外にはまず見せられない、描きかけの漫画の原稿。
現実セカイにいた時の私は、自分で貯めたお金でイラストや漫画の専門学校に通い、SNSを利用して絵師としても活動していた。自分で言うのもあれだけどそれなりに人気もあった。
実家暮らしなので衣食住には困らず、絵師の仕事がない時は短期のバイトなんかをして、両親に迷惑はかけないようにしていた。家族は両親と妹がひとり。妹は
両親は学校に行くためのお金は出してくれなかったけど、別に反対していたわけではなくて。私が好きなことをするために頑張る分には、ちゃんと応援してくれた。
そんな時に、この乙女ゲームの絵師として声がかかる。それは、オタク仲間であり親友である"
「ふふ。
もう、
死んじゃったんだもんなぁ。
なんだか寂しくなってきちゃった。
「今更そんなことを考えても仕方ないよね。それに紙と筆さえあれば、絵は描けるし。好きなこと、止めなくていいのは嬉しい。ありがと、イーさん」
イーさんは、ルールの範囲内なら『
『次の恋愛イベントは少し危険が伴います。油断は禁物ですよ、カナン』
イーさんは照れているのか、機械音声なのにどこかぎこちなかった。
「
今までの流れから考えて、ひと悶着起きそうな予感。次のイベントは
「と、その前に。この原稿を進めないとね~」
ふっふっふっ。
目の前の原稿に向き合い、私はにやにやしながら筆を滑らせる。
誰に見せるわけでもない漫画だが、完成した暁には
『それは····止めておいた方がよい気がします』
イーさんがなにか呟いていたけど、まあいっか。
原稿は二枚ほどだが進んだ。慣れない筆で、しかもこの紙質の粗い紙に描くのってなかなか難しいのよね。
ふたりの恋の行方が、この漫画のように進展してくれたらいいなぁ。
そう、願うばかりである。
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