2-2 嘘からはじまる恋もある?



「と······取引って、なにを?」


 嫌な予感しかしないのだけど。


「記憶が戻ったことも、実は男の子だってことも、ぜんぶ内緒にいておいてあげる。その代わり、一時的にでも皇子様と恋愛関係になってくれない?」


「えっ····む、無理ですってば! ·····俺、他に好きなひとが····、」


「え⁉ 誰⁉ もしかして皇子様の護衛官? それとも他の皇子様⁉ いや、まって、言わないで! もしかして、あのひとかしら⁉」


 しまった····逆に瞳が輝いて見える。こんなにキャラ変しちゃうの?

 このルートの 雲英うんえいって、もしかして腐女子設定なんじゃ。


「っていうか、どうして恋愛関係にならないといけないんです? こっそり抜け出して、そのまま消えればいいのでは?」


「それは、その方が自由に動けるからよ」


 正気を取り戻した 雲英うんえいが、急に真顔でこちらを見つめてくる。

 このギャップは本当になんなのだろうか。


「嘘でもいいから、まずは皇子様と仲良くしてあげて? ね?」


 俺はその勢いに圧され、もはや頷くしかない。


 けど、俺が皇子と恋愛関係、は、さておき、仲良くなったとして、 雲英うんえいになんのメリットがあるというのか。花嫁にはならないから、侍女になることもないだろう。王宮に入り込むため、というは父親の事件の真相という本編の目的の延長線かな?


 ふふ、と可愛らしく笑った 雲英うんえいに促され、俺はそのまま着替えを手伝ってもらい、職人さんたちが皇族という権力に脅されて作らされたのだろう漢服に袖を通す。


 もうこうなったら、なるようになれ····と、言いたいところだが、俺は今も心の奥底にある淡い気持ちを抱いたまま、海璃かいりに似たあの皇子に対して恋愛感情を持つことはできないと思った。


(でも記憶が戻った、というか記憶喪失のフリをしていたことがバレたら、結局俺は皇子を暗殺しようとした暗殺者の仲間ってことになって、ゲームオーバーだよね)


 彼女の言うことを聞いて、嘘でも皇子からの好意を受け入れるのが正解、なのかな?

 

 でもそれって、自分自身にも嘘を付くだけじゃなくて、皇子にも嘘を付いて、俺自身を好きなわけじゃないのにゲームの中の物理的な好感度を上げて、強制的に好きになってもらうってことだよね?


 自分の推しキャラじゃないキャラのストーリーを、スチルイラストを回収するためだけにプレイするみたいに?


 なんだが複雑だ。


 それにあの皇子、青藍せいらんがなにを考えているのかわからない。これがBLゲームの要素を持っているのだとして、俺が攻略対象ってことは、攻略するのは青藍せいらん? ってことで合ってる?


 確かに本編での青藍せいらんというキャラクターは、俺の推しだ。推しから好かれるなんて、こんな幸せなことはないだろう。でもそれは俺が転生する前の、このゲームの中の本物のヒロインだったら、の話だ。


「仲良くするだけで、いいんですよね?」


「ええ。あなたにも事情があるみたいだし、後のことはまたその時に考えることにするわ。嘘でもいいからって、さっきは言ったけど、本当は、嘘からはじまる恋もあるんじゃないかって期待しているの」


 嘘からはじまる恋?


 俺は首を傾げるが、 雲英うんえいは「よし、完璧ね」と満足そうに頷いた。いつの間にか貰った漢服をきちんと着せられており、髪の毛まで綺麗に整えられていた。この赤い紐で作られた髪飾りも、一緒に添えられていたようで····俺はますます複雑な気持ちになった。


(こんなの、好意以外のなにものでもないよ····)


 命の恩人、という重たい借りを作らせてしまったこともそうだが、このゲームの要素上、俺の好感度を上げるように設定されているのだろう。これは疑似恋愛の典型的なやつだ。俺に対して、青藍せいらんが攻略するために物語を進めて行くということ。


 俺は、どうなってしまうんだろう。好意を向けられる度に、俺の気持ちとは別にキャラの好感度が数値として上がっていき、いつか青藍せいらんを好きになってしまうのだろうか。


 青藍せいらんが望む格好をし、着飾られ、彼の前に立った時。俺は、彼からどんな目で見られるのだろう。


(でも、ゲーム中の青藍せいらんは、いつも優しく笑ってた。主人公のために彼なりに手助けをしてくれて、時々すれ違いながらも、BADエンド以外はどっちも綺麗なエンディングだった)


 でも俺が好きなのは、ずっとひとりだけ。

 海璃かいりだけだって、信じたい。

 もう二度と逢えないけれど。

 それでも想い続けるくらい、許されるよね?


 俺は自問自答しながら、胸の奥がだんだん締め付けられるような痛みを覚えた。これは、罰だ。俺があの時逃げなければ、ちゃんと向き合っていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。


「ハクちゃん、大丈夫? 体調悪いの?」


 心配そうに 雲英うんえいが顔を覗き込んでくる。ふるふると俺は小さく首を振って、なんでもないですと呟く。そんな中、部屋の扉の奥から声がかけられる。それは、海鳴かいめいの声だった。おそらく、青藍せいらんも一緒だろう。このタイミングで彼の顔を見たら、俺は泣いてしまう気がした。


「ごめんなさい······やっぱり、少し休みたいです」


「そうね。そうした方が良さそう。後は私に任せて、ゆっくり休んでいて」


 寝台に横になる手伝いまでしてくれた 雲英うんえいに、俺は「ありがとうございます」と伝えた。彼女は少し変な子だが、やっぱり優しくて真っすぐで、誰かのために行動できるひとなんだろう。


 俺は蹲るように縮こまって、ずきずきと痛む胸を抑える。傷が痛むのだろうと思ったのか、 雲英うんえいが右肩をそっと撫でてくれた。そして。


「いたいのいたいの、とんでけ~」


 そのひと言で、今この瞬間まで俺の胸の中で渦巻いていた、いろんな悩みや不安はどこかへ飛んで行き、思わず口元が緩んだ。それって世界共通の魔法の言葉なんだろうか?


 まあ、このゲーム自体が本格的な歴史や史実を描いたゲームではないので、そういう意味では理解しやすい台詞もあるのかもしれない。


(本当に変なひと····でも、いいひと、だな)


 その後は、そのまま部屋の外へと出て行き、扉の前にいた者たちに事情を話しているのが聞こえてきた。俺は少し罪悪感を覚えながらも、瞼を閉じて身体と心を癒すことに専念した。


雲英うんえいの信頼度が上がりました。彼女の信頼度は、物語を進行する上で重要なものです』


 ゼロは今まで無言だったくせに、ピコンという音が響くと同時に急に話し出した。

 うん、今じゃないよね、タイミング。


『空気を読んでみたつもりでしたが、残念です』


 なんか、こっちこそごめん。


『いえ、こちらこそお力になれずすみませんでした。申し訳ついでにご報告がございます。キーアイテム、赤い紐の髪飾りを手に入れました。これは最初の恋愛イベントのキーアイテムです。発生のタイミングは今夜です』


 ああ。もしかして、絶対起こるタイプの序盤のチュートリアルイベント?


『正解です。今夜のイベントは寝たままで起こるので、あなたが何かする必要はありません。ゆっくりお休みください』


 ちょっとまって! 寝たままで起こるって、どういうこと⁉


『大丈夫です。序盤のイベントですので、今回は貞操の危機はありません』


 貞操の危機って、そいういうのもあるの?


『ネタバレ注意のため、これ以上の質問には答えられません』


 え、怖いんですけど····。


 急になにも話さなくなったゼロ。

 プレイヤーとしてなら、大歓迎な恋愛イベント。


 そんな重大なイベントに対して、まさか恐怖を覚える日が来るなんて夢にも思わなかった俺は、完全に目が冴えてしまい、もはや眠ることなんてできるわけもなく····。


『先程のやり取りにより、キャラ詳細がさらに書き換えられました』


 イベントを前に、俺の立ち絵の下に書かれていた詳細が書き換えられていく。今はそんなことよりも、これから起こるイベントの事で頭がいっぱいいっぱいだった。



 気付けばイベントが発生する時間、つまり"夜"を迎えていたのだった。

 


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