その男には、注意しろ!

崔 梨遙(再)

1話完結:1000字

 20歳前半から20代半ば頃のお話。



 飲み会の度に、記憶をなくすまで飲む上司がいた。飲み会の終盤になると必ず姿を消す。そして、男性用トイレで発見される。トイレで寝ているのだ。そして、何故か、いつも自分の吐いたゲロに顔を突っ込んで寝ていた。だから顔から上半身にかけてゲロまみれになっている。


 その深酒を、本人は“ストレスや!”と言う。確かに、新工場の立ち上げで忙しい時期だった。残業で、ほとんど毎晩帰宅は23時から0時。休日出勤も多かった。だが、それは僕等も一緒だった。僕だって、毎月100時間以上の残業をしていた。多いときは140時間だった。みんなストレスは溜まっているのだ。だから、仕事のストレスだ! という言い訳を僕は認めない。

 

 問題は、そのゲロ男だ。勿論、そんなゲロまみれな男を自宅まで送り届けるのは皆が嫌がる。仕方がないので、直属の部下である僕が送ることになる。僕は酒が飲めないので、いつも車で来ていた。だから、余計に僕が送ることになる。


 よって、そのゲロの塊を家まで送るのは、いつの間にか僕の仕事になっていた。正直、嫌で嫌で仕方がなかった。座席を汚されたくなかったので、新聞紙を敷いて乗せていた。それでも臭い。新聞紙を敷いても臭いはカット出来ない。


 家に上司を届けると、いつも奥さんが申し訳なさそうに、


「いつもいつも、すみませんねえ」


と謝ってくれるのだが、謝罪は要らないからなんとかしてほしかった。だから、


「すみません」


と言われても、僕は、


「かまいませんよ」


などとは言わなかった。“すみません”を、僕はいつも無視していた。僕は無言で上司を奥さんに渡して無言で帰った。


「じゃあ、失礼します」


その一言だけかなぁ、最低限のことしか言わない。


 内心、


「旦那さんの躾をしてくださいよ」


と、言いたかったが、さすがにそれは最後まで言わなかった。僕たちは、その上司のことを陰で“ゲロ男”と呼んでいた。


「送ってくれたらしいなぁ、すまんなぁ、昨日は飲み過ぎて記憶がないねん」


 毎回、酒のせいにしてごまかすから進歩は無い。僕は、酒のせいにしたり、酔ってたからおぼえていない、というタイプの人間は嫌いだ!



 そして、僕はまたゲロ男を家まで送った。



 最終的には、僕は飲み会に行かなくなった。飲み会に行かなければ、不快な思いをしなくてもいい! 僕の後任として、誰がゲロ男を家まで送るようになったのか? それは知らない。







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