9-5
ディーゴが振り下ろした剣を槍の穂先で弾くと、ギャゼックさんはものすごいラッシュをかけた。
三又槍での、高速の連続突きだ。
二撃、三撃、四撃と突きを放ち、ディーゴを十メートル以上も後退させて、修道院の扉のすぐ手前まで一気に追い詰める。
僕は、これならあっというまに勝負がつくだろうと思った。
ところがディーゴは、そこから逆襲を始めた。
剣と盾で槍を受け流しながら、鋭く打ち込んでくる。逆にギャゼックさんのほうが後退し、防御に回った。
僕の仕事は援護射撃だったのだが、いきなり接近戦に突入してしまったため射撃のチャンスがなくなってしまった。無理に撃てば、味方に当たってしまう。
我慢して戦況を見守るしかない。
戦い全体を見渡せというギャゼックさんの言葉を思い出し、引いた目線で戦闘を眺める。
すると、修道院の屋根の上で何かが動いた気がした。僕は目を凝らした。
「あ!」
見間違いじゃなかった。修道院の屋根の上、煙突の陰にもう一人が身を潜めている。敵も四人だった。僕と同じような援護役がいたのだ。
クロスボウを構えた。
幸い、屋根の男は地上の戦闘に集中していて、僕に気づいていない。
男は煙突の陰から、そろり、そろり、と身を乗り出してきた。その手には、
迷わず射るべし。
デバルトさんのアドバイスを自分に言い聞かせる。
男が静止した。地上に狙いを定めようとしている。
僕の位置からは、男のほぼ全身が見えている。
僕は引き金を引いた。
「ヴム…ッ」
矢は男の脚に命中した。
バランスを失い、男は地上へと落ちる。背中を打ったらしく、立ち上がれずにうめき声をあげるだけだ。
「おう、いいぞユート!」
ギャゼックさんが叫ぶ。
僕の両手は、緊張感と高揚感のために汗でベタベタだ。
あっさり勝てるんじゃないか、そんな僕の予想に反して、戦いは一進一退の攻防となった。
三人とも、敵を追い込んでは押し戻されるの繰り返しだ。しかも、敵はあまり疲労を感じていないように見える。
長引けば不利になりそうな、ちょっと嫌な雰囲気があった。
なにかできないかと注視しているうちに、僕はふと、三組の戦いに共通のパターンみたいなものがあるように思えてきた。
しかもそれは、あの体と黒いシミと関係ありそうな気がする。
僕は、いったん態勢を立て直すのが最善だと思った。
「退却を! 一時退却しましょう!」
誇り高い海賊のギャゼックさんが、僕の言うことを聞いてくれるとは思えない。
それでも、とにかく僕は叫んだ。
僕の声を聞いたギャゼックさんは、すばやく左右の戦闘に目をやる。そしてすぐに判断を下した。
「エイムズ、ビイロフ、いったん退くぞ!」
「ウッス!」
決断したら早い。
三人はうまく連携をとりながら、あざやかに撤退した。
僕は
ディーゴたち三人は追いかけてきたけど、途中であきらめて引き返していった。
一時撤退した僕たちは、草むらに座り込んだ。
三人とも、荒い息を整えている。
「俺の相手、顔が変わってたけど、ビビリ野郎のイーゴリだと思うんだよ。なんであんなに強いのさ? エイムズ、どうだったよ?」
「エフラムだった。額の傷跡に見覚えがある。別人みたいに強くなってる」
二人のやり取りを聞いて、僕は気づいたことを話してみた。
「ちょっと気づいたんですけど、戦う場所じゃないかと思うんです。敵は修道院に近づくと、動きが良くなって反撃してきてました。しかもそのときには、あの黒いシミが濃くなってるような気が。逆に離れると鈍くなってた」
「マジ?」
「気がするって程度ですけど……」
「それは……ありえるぞ。正確には修道院じゃなく、宝箱との距離だろう」
ギャゼックさんが頷いた。
なにか思い当たることがあるようだ。
「ボス、どういうことっすか? あいつら、もう人間じゃないっすよ。どうなってるんです?」
「シーザーが言ってただろう、ロザリアの呪いだと。その言葉どおりだ。ロザリアは死ぬ間際、やつらに呪いをかけたんだ。それでやつらは半モンスター化して、宝箱の番人に成り下がった」
「けど、姐さんは魔術師じゃなかった。そんなこと、できるわけがありやせん」
「ロザリアは呪術師の家系だったんだ。魔術師と違って呪術師は忌み嫌われているから、迫害を恐れて秘密にしてたんだ。俺以外、知ってる者はいない」
その場が静まり返った。
たしかにそれなら、つじつまが合う。
「僕が弓で挑発して、彼らをおびき出します」
三人が僕の顔を見た。
僕が提案したのは、元の世界で遊んでいたネットゲームで使う作戦だった。敵をおびき寄せて、自分たちの有利な場所で戦うのだ。
「なるほど。釣っておいて待ち伏せするんだな。ユート、やれるか?」
「はい」
「よし、それでいこう。エイムズとビイロフ、草むらに隠れろ。ユートがやつらを引っ張ってきたら、退路を絶て」
作戦は決まった。
修道院に近づくと、彼らは出入り口付近にたむろしていた。
さっき屋根から落ちた男は、胸から血を流して息絶えていた。足手まといになるとみて、負傷した仲間を殺したのだ。ひどい。
僕は有効射程ぎりぎりまで近づいてから、わざと見つかるように身をさらした。
ディーゴたちは僕が一人だと見てとると、小馬鹿にしたようにゆっくりと近づいてくる。僕をいたぶろうというのだ。
僕はディーゴに向けて矢を放った。
ディーゴは盾で受けようとしたが、デバルトさんが改造した矢は予想以上の威力だったのだろう。受けきれずに弾かれて修道院の壁に当たった。ディーゴの首筋から、じわりと血がにじんだ。弾かれた矢じりが、偶然かすったのだ。
首筋を触り、手についた自分の血を見てディーゴは逆上した。
意味不明の吠え声をあげて突進してくる。
作戦どおりだ。僕は一目散に逃げる。
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