9-4

 ボートで三十分ほど進むと、ワルト島の岸辺付近にたどり着いた。


 ギャゼック・ファミリーの三人はこの島を知っているらしく、地形についても詳しいみたいだ。大海原を縦横無尽に駆け巡る海賊だったのだから、海域の島々を熟知しているのは当然といえば当然だ。

 上陸地点も、目星をつけていたらしい。ごつごつした岩場を回り込むように避けて、僕たちは小さな砂浜に上陸した。

 ボートは海から引き揚げて、岩陰に隠す。


 狭い砂浜で、僕たちは準備を整える。

 全員、革鎧を身につけ、武器を手に取る。

 それぞれに得意な武器がある。

 ギャゼックさんは、槍だ。穂先が三つに分かれている、三又槍である。

 エイムズさんは、片刃でやや短めの曲刀。カットラスという。

 ビイロフさんは、短剣を二本、腰に差している。短剣の二刀流らしい。

 そして僕はもちろん、クロスボウである。


 準備は整えたものの、僕は少し心配になった。

 この砂浜は、波打ち際からの奥行きが十数メートル程度しかなく、その先は垂直に切り立った崖になっているのだ。まさか、ここをよじ登るつもりだろうか。他の三人にはできても、僕には絶対に登れない自信がある。


「あの、もしかしてここ、登るんですか?」


 恐る恐る訊くと、ビイロフさんが教えてくれた。


「そりゃ無理ってもんよ。あっちに道があるんだ」


 ビイロフさんの指し示したほうを見ると、崖の一部がなだらかになっている箇所がある。なだらかといっても相当の急勾配きゅうこうばいだが、崖登りよりはましだ。そこに、人ひとりがやっと歩ける程度の細い道が作られていた。道は崖にへばりつくようにして、つづれ折りに上へと延びている。


「ようし。行くぞ」


 ギャゼックさんの号令で、僕たちはその崖道を登り始めた。


 申し訳程度に崖を削りだされただけの小道は、急な坂ということもあって歩きにくい。

 手すりなどもちろんないので、僕はなるべく崖の壁側に沿って歩いた。ときどき道の縁が小さく崩れて、小石や砂利がバラバラと海へ落ちていく。うっかり足を踏み外せば、僕も落ちるだろう。落ちれば間違いなく……。

 血だらけで倒れる自分の姿を想像しそうになって、僕はあわてて考えるのをやめた。


 たっぷり一時間近くかかって、僕たちはようやく崖の上に立つことができた。


 崖の上は、草ぼうぼうの荒れ野だった。

 僕の腰くらいまである背の高い雑草が、一面に生い茂っている。

 地面は緩く傾斜していて、下りのほうに向かって、今登ってきた道が続いていた。


「その道は、東の集落へ続いてる。俺たちはこっちだ」


 ギャゼックさんが道とは逆の方角を指さす。

 ギャゼックさんを先頭に、僕たちは道もない草むらへと分け入っていく。

 歩きながら、ギャゼックさんはディーゴについて教えてくれた。


「ディーゴは西のほうから流れてきた戦士くずれでな。どこかの国の正規兵だったのが、素行そこうが悪くてクビになったって野郎だ。剣術の腕はかなりのもんだった。危険なやつだってことは一目見てわかったが、当時のキンブチオットセイ号は、どうしても戦闘要員が足りない時期でな。仕方なく仲間に入れたのよ。その結果がこれだ。俺の海賊人生で最大の失敗だったぜ」


 草をかき分けながら進むと、しだいに草丈が低くなってきた。

 腰まであったのが、膝上程度になっている。


「止まれ。シーザーの言ってた修道院は、あれに違いねえ」


 僕たちの前方に、石造りのこじんまりとした建物が見えてきた。

 二階建てで、屋根のてっぺんには下向きの正三角形の飾りがついている。ベイツさんに聞いた話だと、下向き正三角形は中立神ワイアのシンボルだ。


 僕たちは身を低くして、さらに近づいた。

 建物の周囲は草原くさはらだ。踏み荒らされているせいだろう、背の高い雑草はない。とはいえ、建物もその周辺も、手入れは全然してないように見える。

 扉は閉じられ、物音一つ聞こえない。


「エイムズ、ビイロフ。強襲するぞ。ユート、おまえはあそこに陣取れ」


 ギャゼックさんが、建物から二十メートルほど離れた岩を指さした。


「準備できたら合図しろ。おまえの仕事は援護射撃だ。戦い全体を見渡して、俺たちの裏を取ろうとする敵や、隠れて不意打ちを狙ってくる敵がいたら、遠慮なく打ち込んでくれ。頼むぜ」


 僕は小走りで移動し、岩陰に隠れた。

 確かにここなら、修道院の全容が見通せる。

 矢をセットして発射準備をしてから、三人に向かって軽く手を振った。


「よし、行くぞ!」


 三人は草むらから飛び出すと、一気に修道院へと距離を詰める。

 ギャゼックさんが大声で怒鳴った。


「ディーゴ、出てこい! ロザリアの仇め、その首もらい受けるぞ!」


 修道院の中から、ガタガタと物音がする。

 ややあって扉が勢いよく開かれたかと思うと、三人の男たちが飛び出してきた。


 先頭のディーゴとおぼしき男は長剣と丸盾、あとの二人はエイムズさんと同じようなカットラスで武装している。


 でも、武器以上に目をひくのが、彼らの異様な姿だった。

 ディーゴは、体の右半分がどす黒く変色していた。打撲痕とかあざとか、そんなものじゃない。なにか異常な、禍々しさを感じる。右の前腕部には、血のにじんだ包帯を巻いている。ロザリアさんに受けた傷が、まだ治っていないのだ。


 顔つきもおかしい。目がつり上がり、耳が奇妙に細長く変形し、鼻から口にかけての部位が突きだし気味になっている。はっきり言ってしまうと、人間とモンスターの中間みたいな顔になっている。

 他の二人も、変色した部位は違うけど、ほぼ同様だ。


「どこのどいつか知らねえが、宝箱は俺のもんだ。渡さねえぞ。宝箱は俺が守るんだ。宝箱、宝箱!」


 しわがれ声でディーゴが叫んだ。

 でも、支離滅裂しりめつれつとしていて話が噛みあわない。


 抜き身の長剣を大きく振りかぶり、ディーゴがギャゼックさんに襲いかかってきた。手下の二人も続き、それぞれエイムズさんとビイロフさんと対峙する。


 一対一の戦闘が、三組できあがった。

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