5-2
その日から、僕たちは作業に取りかかった。
シルビア船長は打ち合わせなどがいろいろあるらしく、出たり入ったりしていたけど、他の三人はもう、ほとんど倉庫にカンヅメ状態だ。いや、カンヅメというと無理矢理やらされたニュアンスになってしまうから、ちょっと違う。わき目もふらず夢中になった、というほうが正しい。
いつもの僕なら、ジーナのことなんかを考えて、ああでもないこうでもないと悩んで何も手につかなかっただろう。でも没頭できる作業があったせいで、無為に過ごすことを避けて、前に進む気持ちになれた。
エインさんとデバルトさんは、集中力が普通じゃなかった。特にデバルトさんは、技術、精神力ともに圧倒的だ。
デバルトさんは、ロボットアームをはじめとした各種工作機械を完璧に使いこなして、魔動機の部品を一つ一つ手作りで製作していく。
ちなみに、工作機器も魔動機だと船長が言ったのは本当だった。各機器それぞれに、エルメット石を埋め込んで固定する仕組みになっている。石を埋め込むと機械がエメラルドグリーンに発光して、使えるようになるのだ。発光しなくなると魔力切れで、新しいエルメット石を埋め込む。乾電池と同じだ。
問題は、乾電池のように使い捨てにするには、エルメット石はあまりにも希少で高額だということ。たとえるなら、ダイヤモンドやルビーのような宝石を電池代わりに使っている感じだと思う。
ともかく、金属加工の作業はデバルトさんの独断場だ。僕はランタンで手元を照らしたり、不安定な形の部品を支えて作業しやすくしたり、その程度しかできない。
デバルトさんはシルビア船長が作った設計図の
そうやって、デバルトさんが異常なほどの正確さで完璧に部品を仕上げると、僕はそれを二階へ持っていく。
二階は、エインさんの作業場だ。床には複雑な文様の魔法陣が描かれ、壁際の棚には魔導書や薬瓶がところ狭しと並んでいる。エインさんは僕の手から部品を受け取ると、設計図を注意深く調べて、呪文の詠唱を始めるのだ。部品に魔法的な機能を付与するらしい。
呪文は数時間かかることもあるけど、エインさんの集中力は衰えを知らない。魔法処理が完成すると僕が呼ばれ、部品をデバルトさんのところへ戻す。
二人とも、手抜きも、いい加減さも、妥協はいっさいなかった。
エルフやドワーフというのは、背の高さとか耳の形とか、そういう表面的なことじゃなく、なんていうか、もっと深いメンタル的なところで人間とは根本的に違うものを持ってるんじゃないだろうか。
僕はふと、そんなことを思ったのだった。
二か月後、帰還装置はついに完成した。
デバルトさんが最後の部品を取り付ける。
装置は、約二メートル四方の、正方形のお立ち台のようなものだ。厚さは五十センチほど。全面が金属プレートでおおわれている。台の上、四隅と各辺の真ん中、合計八か所には、濃いブルーの宝玉が埋め込まれていた。装飾はいっさいなく、シンプルな外見をしている。
「完璧な仕事ができたわい」
デバルトさんが、自慢の
「船長、よい機会です。この先の計画をユートにも知らせておきましょう。彼が臆病な人間でないことはよくわかりましたしね」
「ああ。私もそうしようと思っていた」
船長は僕の前に、世界地図を広げた。
「我々がネフィゼズ帝国と敵対していることは、以前に話した。それに関連して、ロブスター号には重要な任務が与えられている。裏航路の調査だ」
「裏……航路?」
「そうだ。現在、戦況はあまり良いとはいえない。我々は守勢に回っていて、帝国の侵攻をなんとか食い止めている状態だ。逆転の一手が
船長は、クレセンタリア大陸の東海岸、三日月の内縁部を指でなぞった。
「クレセントリアとルイノリアの間の海峡を抜け、三日月大陸の東海岸を北上、帝国領であるユニコーンの
僕は、地図上で動く船長の指先を見ながら考えていたけど、ふと、船長の説明に違和感を覚えた。
「ちょっと待ってください。クレセントリア大陸の東側は誰も行ったことがないって、どういうことですか。この地図を書いた人がいるじゃないですか」
「そこからは私が説明しましょう。この世界の住人のほうが詳しいですから」
エインさんが話を引き継いだ。
「この地図は、正式にはダルガ・ハウ世界図といいましてね。数えることもできぬほどのはるか昔、人間の身ながら四千年を生きたという伝説の魔術師、ダルガ・ハウが
「そんな……」
「クレセントリアの東側へ抜けるには、南のルイノリア海峡か北のホーンヘッド海峡、どちらかの海峡を通過するしかありません。どちらの海峡も、一年中、東から西へと向かう激しい海流と風が止むことがありません。そのせいで、これまではどんな大型船も突破できませんでした。ですが、ロブスター号の魔動エンジンなら可能性があります」
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