第五章 三日月の向こうへ

5-1

 四日間の航海を終え、僕たちは予定通りマルダールに帰港した。


 先に船長とエインさんが、王子を連れて下船する。僕たちはそのあとだ。最後まで、王子から謝罪の言葉はなかった。まあ、期待はしてなかったけど。

 謝罪されたって、少なくとも僕は許す気にはなれない。


 ラフラート商会の宿舎では、ディメルさんが迎えてくれた。


「嫌な思いをさせて、すまなかった。特にジーナ、申し訳ない。ジェリン王も上の息子二人も実直な人物なのだがな。あの三男坊は、ずいぶんと思い違いをしてるようだ。留学という名目だから、虎の威が通用しないこのマルダールで、おおいに社会勉強してもらうことにしよう」


 ディメルさんはさらに、船長に向けて言った。


「待ちわびた品々が届いたぞ。二番倉庫に運び入れてある。いよいよだな」


 これを聞くと、船長は顔をほころばせた。


「ありがたい。機はじゅくしつつあるようだ」


 この謎めいた会話の意味を、僕は翌日知ることになる。






 翌日、僕は船長から指定された時刻に二番倉庫へ向かった。


 ラフラート商会の裏手、以前クロスボウの練習をした訓練場のすぐ隣に、倉庫が二つ並んでいる。石造りの二階建てで、バスケットボールのコートくらいの広さだ。ラフラート商会の規模から考えると、ずいぶん小さい気がする。壁面の高い位置に、横長の細い窓がついていた。

 幅広の両開きの入り口扉には、1、2と番号が書かれている。ジーナに習ったおかげで、ごく簡単な単語や数字程度は読めるようになった。僕だって、それなりに努力しているのだ。

 2と書かれた扉を押し広げた。かなり重い。


「やあ、来てくれましたね」


 倉庫にはすでに、エインさんとデバルトさんがいた。デバルトさんは、革製の作業エプロンを身につけている。


 でもそれ以上に、僕は倉庫内の予想外の光景に目を疑った。


 そこは、別の時代だった。

 僕からみても近未来的な、なにかの工場に改装されていた。床や壁は白い金属材で完全密閉されている。関節が自由自在に動きそうなロボットアームや、見たことのない工作機械がいくつも設置されていた。入り口付近の壁際には、大きめの木箱が並んでいる。届いた荷物というのは、この木箱なのだろう。


「なんですか、ここ?」


「ここはいわば、魔動機の製造工場だ」


 倉庫内の二人に尋ねたつもりが、後ろから声がした。いつのまにかやってきた船長が、中へと入ってくる。


「ここはディメルが駆け出しだったころに使っていた倉庫でね。いまは別の敷地に大倉庫があるから使っていない。それでこうして、改装して使わせてもらっている」


 倉庫が小さいと思ったのには、そういう理由があったのだ。


「魔動機については、詳しく説明していなかったな。魔動機とは私の世界、つまり二十四世紀の科学で造られ、使われているような機器を、エルメット石の魔力を動力源として使用できるように設計し直したものだ」


「ロブスター号に搭載されている魔動機は、我々三人がここで造ったものです。シルビアが設計し、私が魔法的処理をして、デバルトが組み立てて仕上げるのです」


「この工作機械も、すべてデバルトの手になる魔動機だ。エインはこの世界の住人の中で唯一、私のいた二十四世紀の科学技術について実用レベルで理解している。デバルトの卓越した加工技術は、私の知る最先端の工業用AIロボットよりも信頼できる。二人がいなければ、魔動機は造れなかった」


「そしてこれから、おまえさんが元の世界へ帰るための魔動機を造ろうとしとる。と、こういうわけじゃ」


 三人の間には、ものすごく強い信頼関係があるんだと、はっきり感じることができた。


「デバルトの言うとおり、我々はこれから、落ちたる者を元の世界へと送り返す機器を造ろうとしているのだ。ディメルに頼んでおいた、必要な材料がすべて揃ったのでね。ついては、君にもよく見ておいてほしい。実際に戻るのは君だからね」


「船長は帰らないんですか?」


「私もいずれ帰りたいと思っている。だがその前に、この世界でやるべきことがあるのだ。君を被験者ひけんしゃにするようで申し訳ないが、我々三人を信じてほしい」


 元の世界へ、家族のもとへ帰る。それは僕の最大の望みだ。断るはずがない。

 いよいよ、そのための準備が始まったのだ。






 魔動機の構造なんかについては、正直よくわからない。

 シルビア船長とエインさんの説明によれば、この世界と僕の世界との間に一方通行のバイパスを作る、という理論らしい。そのバイパスを作るために、大量のエルメット石が必要なんだそうだ。


 もともと魔動機というモノ自体が、非常に燃費が悪いモノなのだそうである。本来なら燃料や電気で動かすのを魔力で動かそうとするため、どうしても無理がある。

 だから、ロブスター号に搭載されている魔動機も常時使用できるわけではない。エルメット石は高価で貴重でもあるし、しかも船に積み込める量は決まっている。

 ここぞというときを見極めて使わなければならないのだ。


 船長はさらにこうも言った。


「これから造る魔動機は、準備の第一段階に過ぎない。膨大なエルメット石を調達する問題がある。計画はあるが、不確実で、危険で、それなりの時間がかかる。ユート、それを覚悟しておいてくれ」


 もちろんだ。

 いまさら、危険だからやめますなんて言う気はない。

 僕は決意を新たにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る