ぼくらの寿命診断

 箱の中には試験管が三つと説明書が一枚入ってた。未来の病気が全部わかるらしい。


 説明書には遺伝子がなんとかかんとかって難しいことが書いてあった。ぼくは最初の一行だけ読んでパス。高道たかみちは一行も読まない。西島だけが最後まで読んだけど、「意味がわからない」と言った。


 試験管は理科の時間に使ったようなやつで、僕たち三人はツバをぺっぺぺっぺと入れた。ぼくは三分の一くらい、西島は緊張しててほとんど出ずにがんばってちょっとだけ、高道は大量に入れて試験管からあふれそうになって、ぼくたちは全員大爆笑した。


 これを送り返せば結果が送られてくるらしい。お金は高くなかくて一月ひとつきのこづかいの半分の半分くらい。どうしてそんなことをしようと思ったのか覚えてないけど、ゲームだった。ぼくたちはこれからどのくらい生きられるのか、命のHPヒットポイントをあらそうんだ。まあ、きっとぼくがいちばん長生きでいちばん強いに決まってる。


 そんなことをしたなんてすっかり忘れたころ、結果が帰ってきた。高道のスマホに三人の結果が届いて、ぼくたちは昼休み、めったに人がこない四階男子トイレに集まった。


「くさいよ」西島が言う。「どうしてトイレの中に入るのよ」

「バレたらヤバいだろ」


 ぼくは言った。個室にぎゅうぎゅう詰めだ。


「だれかウンコしたあとかもな」


 高道が笑う。


「はやくおしえてよ」


 西島はにおいにがまんできないらしい。


「おまえ、結果見てないよな」


 ぼくは高道に言った。


「みんないっしょに見る約束だろ。じゃあ見るぞ」


 高道がスマホのロックを解除して、通知を開いた。


 *


 その日はもうそれっきりだった。

 ぼくたちは午後の授業(たいくつ)を受けて、いつもより静かに下校した。

 三人で校門を出て、しばらく歩いた。


「ぼくはさ、あんなのウソだと思うよ」西島が言った。「きっとサギなんだよ、みんなをだましてお金をとるんだよ」

「そうかもな……」


 高道は落ちこんでた。いつもの元気が全然ない。


「そうだよね、サギだよね!」


 その代わりなぜか元気のいい西島がぼくに聞いてくる。


「そうかもな」

「おまえはいいよ、一〇〇歳まで生きられて」


 西島がぼくの顔を見た。ちょっと泣きそうな顔だった。


 診断の結果、ぼくはぜんぜん病気もなくて、一〇〇歳まで生きられるらしかった(すごい)。これから九〇年も生きるなんて想像がつかないけど、まあやっぱりぼくがいちばんHP高かったんだな。


 西島は二〇歳で痔になり、三三歳で自律神経がいかれて、四九歳で男性の更年期障害、五四歳で右足、五五歳で腰の骨を骨折し、五九歳で若年性痴呆症になるけど九〇歳まで生きられるらしい(西島は痔)。


 高道は……。


「じゃあな」


 そう言って、いつもならあと二本先の道なのに右に曲がった。

 うしろ姿がとぼとぼ歩いていく。

 ぼくも西島も、かける言葉がない。

 高道は一二歳で死亡。心臓病と書いてあった。


「ウソだよな」


 くさいトイレで高道は言った。ぼくたちもそう思った。あと二年、正確にはあと一年と三ヶ月の命なんて、そんなことあるわけがない。


 どんどん、高道の背中が遠ざかっていく。


「きっとサギなんだ」


 西島が小声で言った。


「そうだよ」


 ぼくの声も小さかった。それがイヤだった。

 だから叫んだ。


「ウソだよな!!」


 住宅街にぼくの声がぎんぎん響いた。

 西島は驚いて「きゃっ」と声を出した。

 小さくなった高道が立ち止まった。

 振り返り、ぼくらに手を振った。

 すこし、元気を取り戻したように見えた。

 ぼくたちも手を振った。


 それから、西島とふたり、歩いて帰った。


「西島、おまえ痔になるんだぞ」

「うるさいよ!」


 ふたりで笑った。



 *


 次の日から高道はずっと学校を休んだ。

 検査の結果を親に言って、あわてて病院に駆けこんだらしい。

 小さな病院から大きな病院まで、手当たりしだいに検査を受けまくってるらしい。

 ぼくと西島は高道の家に行ってみた。

 家はがらんとしてだれもいなかった。飼っていたベーグル(犬の名前)すらいなかった。


「一二歳がすぎるまでずっと検査するのかな」


 ぼくは言った。


「あんなの全部ウソだよ」


 そう言って、西島はまるでくさいものでも嗅いだ顔をした。


「ぼくは一〇〇歳まで生きるんだぞ。おまえは痔だ!」

「うるさい! そんなのウソだ!」


 ぼくたちは笑った。


「寿命をわけたらいいんだよ」


 高道の家から帰る途中、西島が言った。


「おまえが一〇〇歳、高道が一二歳、わけたら五二歳」


 ぼくだけずいぶん損をしてるけど、それでもいいと思った。


「じゃあ高道に会ったら言うよ」

「うん」

「でもおまえは痔だけどな!」

「うるさい!」


 *


 最後に、あのサギ検査が当たっていたのか、結果を書く。


 けっきょく、高道は一二歳になっても死ななかった。らしい。

 あれ以降、ぼくたちが会うことは二度となかった。

 引っ越した彼は別の町の中学へ行き、年賀状が一度だけ届いた。

「生きてるぜ」とだけ書いてあった。


 ぼくと西島はおなじ中学へ進み、高校と大学は別になったけど、いまもちょくちょく会っている。あいつはぼくより頭がいいから、いい会社にでも就職するかもしれない。

 ただ二〇歳になったとき、これだけはどうしても聞きたかった。


「痔になったか?」

「なってないよ!」


 その言葉をぼくは信じてない。

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