星降る荒野

島原大知

本編

第1章

18XX年、ネバダ州、ブラック・ロック。


灼熱の太陽が容赦なく照りつける荒野の只中に、小さな町が佇んでいた。わずか数十軒の木造家屋が、まるで外界から身を守るように寄り添い合っている。乾いた風が吹きすさび、地平線の彼方から時折タンブルウィードが転がってきては、音もなく遠ざかっていった。


そんな眠りについたような町に、ひとりの男が馬を駆っていた。かすかに立ち上る砂煙を背に、黒い革のコートをはためかせながら。男の名はジョン・カーター。この町ブラック・ロックの保安官だ。


日が傾きかけた町の中心、僅かに賑わいを見せるメインストリートをジョンは歩いていた。サルーンから漏れ出る陽気なピアノの調べ、酒を酌み交わす男たちの喧噪。店先で野菜を売る少女、鍛冶屋の叩く鉄の音。ジョンは、それぞれに軽く会釈で挨拶を交わしながら、町を見回る。

「ジョン、今日は静かだな」

通りすがりの酒場、『ラッキー・セブン』の軒先で、店主のトーマスが手を上げて声をかけた。

「そういってもらえるのは、俺の仕事のおかげだ」

ジョンはハンドルバーに片手を添え、気さくに笑った。

「そうだな、お前がいてくれるから、安心して商売ができるんだ。今夜も一杯奢るぜ」

「それは楽しみにしとく」

そう答えると、ジョンは再び馬を進めた。夕刻が迫り、町はゆっくりと活気を失っていく。

人々が家路につき始めたその時だった。

何の前触れもなく、空が激しく歪んだ。眩い光が瞬き、大地が唸りを上げる。町の人々が恐怖に声を上げ、馬が嘶く。

「な、何だ!?」

ジョンは慌てて馬を止めると、頭上を仰ぎ見た。

次の瞬間、ものすごい轟音と共に、巨大な影がジョンの視界を覆った。円盤のような形をした得体の知れない物体が、雲を引き裂くように落下してくる。オレンジ色に燃え盛る炎を伴いながら、その巨体は町の郊外の砂漠へと落ちていった。

大地が大きく揺れ、立ち込める砂煙。人々の悲鳴が町に響き渡る。

我に返ったジョンは、馬に拍車をかけ、落下物の方角へと急いだ。

「保安官!」

「ジョン、危ないぞ!」

駆け寄る町の人々を制しながら、ジョンは馬を飛ばした。

やがて、郊外の砂丘まで来ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。

砂に半ば埋もれるようにして、巨大な円盤が不時着していたのだ。有史以来、誰も見たことのない異様な形状をした物体。それは生物の甲殻のようでもあり、未知の金属で出来ているようでもあった。

ジョンは馬から飛び降りると、そろそろと物体に近づいた。十数メートルほどの大きさはあろうか。砂に大きなクレーターを作り、黒煙を上げている。

「一体、何なんだ……」

近くで見ても正体の見当もつかない。ジョンは拳銃に手をかけ、警戒しながら一歩また一歩と距離を詰めた。

その時、不意に物体が動いた。

ウィーン、と耳障りな音を立てて、物体の表面の一部がスライドし、開口部が現れる。

中から漏れ出した白い光に、ジョンは思わず目を細めた。

「……!」

光が収まると、そこには、明らかに地球の生物とは思えない姿をした存在が立っていた。

細長い四肢、しなやかな体躯。やわらかな白い肌に、頭部から伸びる触手のようなセンサー器官。だが、何よりも印象的だったのは、彼らの瞳だった。

澄んだ銀色の瞳が、高い知性の輝きを放っている。

「私たちは平和のために来ました」

彼らのうちの一人が、いかにも知的な口調でジョンに語りかけた。流暢な英語だった。

ジョンは拳銃を下ろし、静かに目を見開いた。

「何者だ、お前たちは」

「私たちは《エンジニア》と呼ばれる種族です。遥か彼方の星から来ました」

「……地球外知的生命体だと?」

「私たちは人類の未来のために、この星を訪れたのです。どうか、恐れないでください」

ジョンは唾を飲み込んだ。頭の中が混乱し、現実を受け止められずにいた。

町の人々の姿が近づいてくる。去っていく太陽を浴びて、異星人たちの肌が奇妙な輝きを放っていた。

大砂漠の只中で、人類の歴史に残る出来事が、静かに幕を開けようとしていた。



第2章

「……信じられん」

ジョンは呟くように呟いた。目の前の光景があまりに非現実的で、うまく言葉にできずにいる。

「君が困惑しているのはよく分かります」

エンジニアの一人が、穏やかに話しかけてきた。長身のその体躯からは、どこか威厳すら感じられた。

「私の名はエルザ。私たちエンジニアのリーダーです」

「ジョン・カーター、保安官だ」

「ジョン、私たちを信じてもらえますか。君たち人類を助けに来たのです」

エルザの真摯な眼差しを受け、ジョンは観念したように息をついた。

「……話を聞こう。だが、変な動きはするなよ」

「ええ、もちろんです」

そうしてジョンは、町の人々を制しながら、エンジニアたちを町へと案内した。


「信じられません……」

町の広場に集まった住民たちは、あまりの事態に言葉を失っていた。

エルザはその場の全員を見渡し、ゆっくりと話し始めた。

「私たち地球外知的生命体の存在を受け入れるのは難しいでしょう。ですが、これは紛れもない事実なのです」

「私たちの星は、はるか彼方の銀河にあります。そこで私たちは、かつて君たち人類と同じように文明を育んできました。しかし、ある時、私たちは『知性』を司る特異点に到達したのです。いわば、開悟とでも言うべき境地に至ったのです」

息を呑む人々の姿。エルザは続ける。

「その後、私たちは宇宙へと進出し、銀河を探索するようになりました。そして、知性の芽生えつつある星々を見つけ、そこで生まれた知的生命体を導くことを私たちの使命としたのです」

「導く、だと?」

ジョンが眉をひそめて問う。

「ええ。私たちには、あらゆる文明を次なる段階へと引き上げる技術と叡智があります。それを君たち地球人にも授けることが、私たちの目的なのです」

「具体的に、何をする気だ」

「私たちの科学は、君たちの予想をはるかに超えています。見せましょう」

そう言うと、エルザが何気なく手を上げた。

次の瞬間、広場の中央で砂が舞い上がり、螺旋を描きながら宙を舞った。やがてそれは砂の塊となり、やがて、ダイヤモンドへと変化したのだ。

「な……!」

人々から驚嘆の声が上がる。ジョンも思わず目を見張った。

「私たちにとって、物質を自在に操ることは容易いのです」

エルザは微笑み、再び手を一振りする。ダイヤモンドは粉々に砕け散り、やがて、町のあちこちの壊れた部分を修復し始めた。

朽ちて歪んでいた建物の壁は真っ直ぐに、欠けていたガラス窓は元通りになる。坂道を埋め尽くしていた砂は、道の脇にきれいに寄せられた。

「こ、これは……」

ジョンは言葉を失い、ただ唖然と修復されていく町を見つめることしかできなかった。

それから、町の人々の暮らしは一変した。

エンジニアたちは、町のあちこちで奇跡のような技術を披露した。

川の水を浄化し、作物を瞬時に育て、病を癒す──彼らにできないことは何もないかのようだった。

人々は当初こそ戸惑っていたが、やがて、エンジニアの存在を受け入れるようになっていった。彼らのもたらす利便性と平和に、心を開いていったのだ。

ジョンもまた、エンジニアとの交流を通じ、彼らの真摯さと友好的な姿勢を知るようになる。とりわけ、リーダーのエルザとは、次第に言葉を交わす機会が増えていった。

「君たちの歴史を教えてほしい。私は知りたいのです」

ある夜、二人で夜空を見上げながら、エルザがそう話しかけてきた。

「私たちの歴史など、たいしたことはない」

「いいえ、とても興味深いのです。文明とは実に不思議なもの。同じ星で生まれながら、そこに住まう者たちがどのような道を歩むのか。私は知的生命体の多様性に心を奪われずにはいられません」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。君たちのことを教えてくれ。宇宙はどんなところなんだ?」

「広大で、美しい。そして、その美しさを分かち合える仲間がいる。私はこの上ない幸せ者だと思っています」

満天の星空の下、ジョンとエルザは語り合った。

言葉を越えたところで通じ合うものがある。ジョンはそう感じずにはいられなかった。

時間が経つにつれ、ジョンとエルザの心は近づいていった。

しかし、急激な変化はいつだって、ひずみを生むものである。


第3章

「ジョン、大変だ!」

興奮した面持ちの男が、保安官事務所に駆け込んできた。

「どうした、落ち着いて話せ」

「例の連中が、また問題を起こしてるんだ!」

男の言葉に、ジョンは眉をひそめた。例の連中──つまりは、この町の不良たちだ。

エンジニアが町にやってきてから、彼らの横暴ぶりがますますエスカレートしていた。

当初こそ、異星人への恐れから大人しくしていた彼らだったが、エンジニアの技術力を見るにつけ、次第にその力を我が物にしたいという欲望を膨らませていったのだ。

そして、ついには自分たちもエンジニアの技術を手に入れようと画策し始めた。

「またザックの仕業か?」

ジョンが尋ねると、男はうなずいた。

ザック・ランドール。この町で最も悪名高い無法者だ。

「奴ら、エンジニアを脅して、武器を作らせようとしてるらしい」

「何だと? クソッ」

脱兎のごとく事務所を飛び出し、ジョンは馬に跨った。

町はずれの砂漠地帯。そこでは、ザックとその一味が、数人のエンジニアを取り囲んでいた。

「聞いたぜ、お前らには何でも作れるんだってな」

ザックが、不敵な笑みを浮かべて言う。

「だったら俺たちのために最強の武器を作れ。さもなきゃ──」

腰の拳銃に手をやり、ザックは残酷な視線をエンジニアに向けた。

「君たちのために武器を作ることはできない」

恐怖に怯えながらも、エンジニアの一人が毅然とした口調で言い放つ。

「何だと? 命が惜しくないのか?」

「暴力のために力を使うことは、我々の思想に反する」

「ふざけやがって!」

堪忍袋の緒が切れたのか、ザックは拳銃を抜くと、エンジニアに銃口を向けた。

「ザック、止めろ!」

そのとき、鋭い声が砂煙の中から響いた。

颯爽と馬を駆るジョンの姿が、彼らの視界に飛び込んでくる。

「保安官……ちっ」

舌打ちしながらも、ザックは拳銃を下ろした。

「お前たち、いい加減にしておけ。彼らは平和のために来た」

「平和? ふん、俺たちが欲しいのは力だ。力こそがすべてを支配する。平和なんざくそくらえだ」

「ザック、もうやめにしないか。このまま犯罪者として生きていく気か」

「うるせえ! てめえに何がわかる!」

怒り狂うザック。その剣幕に、ジョンは思わず言葉を詰まらせた。

「俺は──俺たちは、てめえらとは違うんだ。俺たちには誇りがある。この世界を変える力を手に入れるチャンスなんだ。邪魔するな!」

「……わかった。お前とは、話が通じそうにないな」

観念したようにジョンが言うと、ザックが意地悪く笑った。

「そうこなくちゃな。さあ、武器を──」

その時だった。

「危ない!」

不意に、エルザの声が砂漠に響き渡った。

次の瞬間、目にも留まらぬ速さで、エルザがジョンに飛びかかる。

「うわっ!」

勢い余って二人は地面に転がった。

「な、何を──」

そこでジョンは、我に返って周囲を見渡した。

「これは……」

なんと、先ほどまでジョンの立っていた場所が、小さなクレーターになっていたのだ。

ザックの手には、得体の知れない銃のようなものが握られていた。青白い光を放つ銃身が、硝煙を上げている。

「エルザ、あれは?」

「ザックが、あなたを撃ったのです。我々の技術を使った兵器で……」

「な、なんだと? クソッ、いつの間に……」

がくりと膝をつくジョン。ザックはすさまじい剣幕で哄笑した。

「驚いたか? これでもまだ俺を止められると思ってるのか?」

「ザック、お前……」

「もうお前には指図されねえ。俺こそがこの町のキングだ!」

そう言って、ザックは再び銃を構えた。

「くっ……み、みんな逃げろ!」

観念したようにジョンが叫ぶ。

その瞬間、銃声が砂漠に木霊した。


ジョンは荒い息をつきながら、地面に横たわっていた。

気がつくと、自分の身体にエルザが覆いかぶさっている。

「エ、エルザ……大丈夫か?」

「……はい。何とか」

ゆっくりと身体を起こすエルザ。その時だった。

「あ……」

エルザの腹部に、ポタリと赤い血がにじんでいた。

「そ、そんな……」

ジョンの表情が驚愕に歪む。

エルザは、自分の身を呈してジョンを守ったのだ。

「なんでだよ……なんで俺なんかのために……」

「ジョン……あなたは、私の……かけがえのない、友人だから……」

「ふざけるな! 友人だからって、命を投げ出していいわけが……」

涙が頬を伝う。ジョンは泣きじゃくりながら、エルザを抱きかかえた。

「急がないと……手遅れに……」

「待ってろ、今、仲間を呼ぶ……!」

「もう……間に合わない……ジョン、よく聞いて……」

「何言ってんだ、しっかりしろ!」

「私たちには……もう役目を果たした……あとは、あなたたち次第……」

「何の話だ、エルザ!」

「ジョン……あなたは、きっと……この星の……未来を……」

そう言い残して、エルザはぐったりと目を閉じた。

「エルザ? エルザ! しっかりしろ! エルザーーーーっ!」

ジョンの絶叫が、砂漠にこだました。


第4章

ザックの凶行により、エルザは命を落とした。

しかし、彼女の死は決して無駄ではなかった。

エルザを失った悲しみは、町の人々の心を一つにした。

エンジニアを警戒していた者も、彼らの真摯さと、命を懸けてまで人間を守ろうとする姿勢に心打たれたのだ。

人々は団結し、ザックの一味に立ち向かうことを決意した。

「ザックは俺が止める。みんなは下がっててくれ」

ジョンはそう言って、拳銃を握りしめた。

エルザを失った悲しみと、彼女への尊敬の念が、ジョンの心を奮い立たせる。

「望むところだ、保安官。てめえから始末してやる」

対するザックも負けじと不敵な笑みを浮かべる。

二人は、10歩の距離を取った。

「いくぞ、ザック」

「おう、来いよ」

睨み合う二人。

張り詰めた空気の中で、風が砂塵を舞い上げる。

「「ドロー!」」

二人の掛け声が重なった瞬間、二発の銃声が砂漠に木霊した。

「ぐっ……」

銃声と同時に、ザックの膝が崩れ落ちる。

「く、そ……」

倒れ込むザック。

彼の手から銃が転がり落ちた。

「俺の……負けか……」

ザックは呟くと、そのまま気を失った。

「終わったのか……?」

ジョンがつぶやく。

緊張の糸が切れた途端、急激に疲労が全身を襲った。

その時、背後から聞こえてきた拍手の音に、ジョンは振り返った。

「みんな……」

町の人々が、ジョンの周りに集まってきていた。

「ありがとう、保安官。あなたのおかげで、私たちは救われた」

「いいえ、私は……」

「いや、そうじゃない。ジョン、あなたは私たちに、勇気を与えてくれた」

「そうだよ。あなたがいたから、私たちは団結できた」

次々と人々が口々に言葉をかけてくる。

ジョンの目には、熱いものがにじんだ。

「ありがとう……みんな……」

その時、一人のエンジニアが近づいてきた。

「保安官、私からも礼を言わせてください」

「いや、私は……エルザを守れなかった」

「いいえ、あなたは彼女の意志を継いでくれた。私たちを、仲間として受け入れてくれた」

「エルザは、きっとあなたのことを誇りに思っているはずです」

その言葉に、ジョンは堪えきれずに涙を流した。

「ジョン、私たちはあなたを信じています。この町を、これからもよろしく頼みます」

そう言って、エンジニアはジョンの肩に手を置いた。

ジョンは涙を拭うと、力強くうなずいた。

「ああ、任せてくれ。俺はこの町の保安官だ。みんなを、絶対に守り抜く」

そう誓うジョンの眼差しは、これまでにないほど強く輝いていた。


あれから、ブラック・ロックの町は大きく変わった。

エンジニアの知恵と技術を取り入れ、町は豊かで平和なものとなった。

人々はお互いを思いやり、助け合う。

そんな町を、ジョンは誇りを持って守り続けている。

時折、エルザのことを思い出すことがある。

彼女との思い出は、ジョンの心の中で輝き続けている。

「見ているか、エルザ。この町は、確実に良くなってるよ」

そっと空を見上げるジョン。

遥か彼方の星から、エルザが微笑んでいるように思えた。

新しい時代の幕開けを迎えたブラック・ロック。

ジョンはこれからも、この町とともに歩んでいく。

彼の胸には、エルザから受け継いだ「未来への希望」が灯り続けているのだから。


第5章

あれから月日は流れ、ブラック・ロックの町は飛躍的な発展を遂げた。

エンジニアの技術は、人々の生活を豊かにし、町は活気に満ちあふれていた。

清浄なエネルギーで走る車が町を走り、どの家にも快適な空調設備が整えられている。

病気や怪我の治療も、エンジニアの医療技術により、驚くほど容易になった。

人々は健康的で幸せそうに暮らしている。

治安を守るジョンの働きもあり、町からは犯罪がほとんど無くなった。

平和が訪れたのだ。


「保安官、ちょっといいかい?」

ある日、一人のエンジニアがジョンに話しかけてきた。

「なんだい?」

「実は、我々エンジニアは、もう地球に滞在する時期を終えようとしているんだ」

「え……? どういうことだい?」

「君たち地球人は、もう我々の助けを必要としていない。むしろ、我々がいることで、君たちの成長を阻害してしまう恐れがある」

「そんな……」

「ジョン、思い出してくれ。エルザが最期に何を言ったか」

その言葉に、ジョンは息を呑んだ。

「あとは、あなたたち次第……か」

「そう。もう君たちなら、自分たちの力で未来を切り拓ける。だから我々は身を引くべきなんだ」

「……わかったよ。寂しくなるけど、君たちの決定を尊重するよ」

「ありがとう、ジョン。君との出会いは、我々にとってかけがえのないものだった」

エンジニアは、ジョンの手を握りしめた。

こうして、エンジニアとの別れの日がやってきた。

町を見守るように、エンジニアの船が空高く舞い上がる。

「いつかまた会おう、ジョン」

「ああ、その日を楽しみにしているよ」

惜しみない笑顔で、二人は別れを告げた。

大空に輝く船を見送りながら、ジョンは胸の内で誓った。

エンジニアから学んだことを胸に、これからも町の平和を守り抜くと。

「ジョン、あんたはこの町のヒーローだよ」

ふと、隣に立っていた老人が言った。

「いや、ヒーローだなんて。俺は町を守る、ただの保安官さ」

照れくさそうに頭を掻くジョン。

そんな彼の姿に、老人は頬を緩めた。

「ジョンがいてくれたから、みんな笑顔でいられる。あんたはこの町になくてはならない存在なんだよ」

「……ありがとう」

その言葉に、ジョンの瞳が熱くなった。


あれから長い時が過ぎた。

ジョンはブラック・ロックの町長となり、町は更なる発展を遂げていた。

エンジニアとの交流で得た英知は、町の人々に引き継がれ、守り育てられていく。

「今日も、平和な一日だったな」

夕暮れ時、町を見下ろす丘に立つジョン。

穏やかな風が、白髪交じりの髪をなびかせる。

「エルザ、あの時君が守ってくれた命、無駄にはしていないよ」

空に向かって呟くジョン。

胸の内のエルザへの思いは、歳月が経っても色褪せることはない。

「ジョン、何をしているんだい?」

妻の声が背後から聞こえた。

「いや、ちょっと昔を思い出していてね」

「そう。こうしてあなたと一緒に過ごせるのも、あの人のおかげだものね」

妻もまた、エルザに思いを馳せる。

「ああ。今の幸せは、みんなの力で勝ち取ったものだ」

二人は寄り添い、夕日に染まる町を見つめた。

遠い日の記憶が、優しく二人を包み込む。

「さあ、帰ろうか。みんなが待っているよ」

「ええ、そうしましょう」

歩み寄る二人の影が、長く伸びていく。

ブラック・ロックの町に、また一日が終わりを告げた。

そして、新たな一日が始まろうとしている。

ジョンと町の人々が紡ぐ、希望に満ちた明日が。

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星降る荒野 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI

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