【33】魔王様、カルミヌス邸へ。





 先刻、パスラの街からエトラより報告があった。

 例のリネイと言う人間の騎士団長と奴隷商会に関してじゃ。


 商会の会長と数人の役員……あの商館の地下で非道を行っていた

 者達は身柄を司法の元拘束され、投獄された。


 しかし、保釈金の支払いと私財の一部没収を以て、先日早々に

 釈放されたとの事だ。商館の運用も、当面の定期監査立ち入りがあるのみで

 変わらず続くという。


 保護された奴隷……霧人ミスティたちは、あの後リネイによって適切に

 処置を受け、その後リネイ個人によるとなったらしい。

 しかしじきに彼らは解放され、自由の身となるのだと言う。


(自由の身……? あの地でそんなものを与えられて、一体どう生きる?)


 街に放られて、その後彼らに真っ当な毎日が待っているなど想像できぬ。

 暗鬱とした日々が、少し別の色に変わるだけじゃろう。


 そうか。

 リネイとやら……これが貴様の示しか。

 よかろう。採点してやる。


 完全に不合格じゃ。


 余は、パスラ……エトラのもとへと向かう事にする。





「明日にはぁ、ひに……霧人達は、カルミヌス邸を出るようです~」


「出るというか追い出されるというかの。場所を教えておくれ。

 ついでに奴隷商らの居場所もな」


 エトラに騎士団長の屋敷の所在地を聞き、礼と労いを言って

 余は単身目的地へ向かった。


 パスラ中央の貴族街のただ中、大きく豪奢な屋敷の前へやって来た。

 さすがは大陸有数の強者、パスラ騎士団団長殿の邸宅よな。

 ふん、と一つ鼻を鳴らして余は正門を開き中に入る。


「いらっしゃいま……あら? お嬢さん、お一人ですか?

 どちらにご用かしら、ここは……」


「クルクマが訪ねてきた、そう騎士団長殿にお伝えして下さい。

 私は以前あの方に是非いつか、と招かれているのです」


「クルクマさん……?は、はい。少々お待ちくださいね」


 ロビーで使用人らしき女が余を応対する。

 少し訝しげな表情ではあったが、素直に取り次ぎをしに行った。


 ややあって、使用人が戻ってくる。


「お待たせしました。どうぞ、こちらへ……ご案内しますね」


「ありがとう」


 余は使用人に付いて、二階の応接室らしき部屋に通された。

 そこにはすでに、あの騎士……リネイの姿があった。

 その隣には、いつぞや雑木林で会った若い騎士も立っておる。


「来てくれて嬉しいよ、お嬢さん。紅茶はお嫌いでないかな?」


「茶を飲みに来たわけではない。余計な話も、導入もいらぬ。

 余がここへ足を運んだ理由は想像が付いておるな?」


 余が言うと、となりの若い騎士が驚いた表情を浮かべた。

 リネイは微かに笑みを浮かべ、頷く。


「そうだな。予想は付く。分かった、単刀直入に話をしよう。

 ただ、この男だけは紹介しても良いかな?」


「構わぬ」


「リンド=カルミヌス。私を含めた4人兄弟の末弟だ。

 君の事は、実は彼から聞いていたんだ」


「そうか。どうでもよい」


 余は一蹴し、続ける。


「商会の連中の現状と、地下に囚われておった者達の処遇が耳に入った。

 リネイ、余は下らぬ楽観をしたつもりは無い。しかし貴様の義とは

 その程度であったのだな」


「言い訳はせんよ。私の持つ権威では、色々と及ばなかった。

 一通り事が進み、私は君の失望する顔を幾度か想像したよ」


「想像通りであったか? そうじゃ、余は心底がっかりしておる。

 もはや貴様に任せる事物は何も無い。囚われておった者達に会わせよ」


「彼らは階下の客間にいる……君が彼らを、引き取るというのかな?」


「そうじゃ」


 簡潔に応える余の顔を、二人の騎士が見つめる。


「……そうか。本来であれば、君が何処の某かも知れぬ内に、あい分かったと

 了承するわけにはいかないが……仮にお断りしたとしたら?」


「お互い、望ましくない展開となるだけじゃ。そして結局結果は同じだの」


「……ふむ……であろうな。分かった、彼らは君に預けよう」


「賢明じゃ。では引き合わせよ。……あぁ、そうじゃ出来ればじゃが。

 彼らをいらん不遜な目に晒したくない。何か適当な羽織りを用意できるか」


「用意しよう。では、こちらへ」


 リネイが先立って扉を開け、余はその後ろについてゆく。

 そこに、弟君とやらが声を掛けた。


「ま、待ってくれ、お嬢……いやクルクマ殿。

 貴女は、一体……何者なのだろう?」


「……リンド」


「兄上……よろしいのですか、彼女は兄上の剣をも軽くあしらったとの事。

 尋常な事ではありません、やはり彼女は……」


「……やはり何かの」


 余の冷たい視線に、リンドが息を詰まらせる。


「その言は私が継ごう。クルクマ殿。我々は、あくまで想像でしかないが

 君の事をあるいは勇者と呼ばれる存在なのではと考えていたのだ」


「……は?」


 余が……勇者?

 な、何を言っとるの、こやつ?


「何を馬鹿な……し、知らんそんなもん」


「自覚は無いかね?」


「自覚も何も、余は勇者などでは無い。馬鹿馬鹿しい妄想はよせ……」


 余は目が泳がんようにするのに必死じゃ。

 リネイがじっと余を見ておる……

 まさか、そんな想像をしておったんかこやつら……


「ふむ。確かに君の言うとおり、今はまだ単なる想像に過ぎん。

 しかし我々はそれもあり、君とあまり波風を立てたくないのさ」


「さ、左様か。まぁ余には関係の無い思惑じゃ。勝手にすればよい。

 それよりもほれ、さっさと客間へ案内せよ」


 余は捲し立て、歩を再開する。



 …………


 ……



 ちょびっとだけ肝の冷えるやり取りを終え、余は霧人達の

 身柄を引き継ぎ、邸宅を出た。

 是非また訪ねてほしい、と最後にリネイが言ったが誰が来るか。

 もう二度と近づかんわ。


 さっさと転送陣を展開して帰還したい所であったが、念には念じゃ。

 エトラの住まいに寄ってそこから戻る事とする。

 幼い子供がローブを羽織った不詳の8人を引き連れて街をゆくのは、

 少々目立つが仕方あるまい。


 引き取り手が子供で、一人で自分らを先導する。

 あるいは逃げ出そうとする者もあるかと懸念があったが、彼らは皆

 一様におとなしく余に付いてきた。

 その瞳にはまるで覇気が無い。諦観と怯え以外の感情が浮かんでおらぬ。


 やがてエトラのもとに辿り着き、余は説明も後回しに早速魔族領へと

 転送陣を開いた。



 彼らをスラルの元へ送り届けた後、余はまたこの地へと戻る。

 用件はもちろん、後回しになったゴミ掃除を済ませるためじゃ。


 余はエトラの情報に沿って、丁寧に迅速に、そして過不足なく。

 きっちり、仕事を済ませる。


 痛苦に歪んだ塵屑の顔形はみな、

 余には同じに見えた。




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