【18】魔王様、40点。





 一度居城前に戻った余はウサモフ親子を引き連れ、リリィ達を訪ねて

 花畑へ向かう。言うてまだ朝も早いしまだ城内にいるかもと思ったが、

 すぐに子供らの声が聞こえてきた。


 大きな親モフの姿は目立つので、すぐに彼女らは

 我らの来訪に気付いた。


「ナナ……そ、その子たちは?」


 口元に手を当て、目を丸くしてウサモフを見つめるリリィ。

 他の子らも、口をあけて同様に立ち尽くしておる。


 むぅ……やはりいきなり魔物と相対するのは恐ろしかったかの……


「あー、怖がる事はない。この子らは大変大人しい魔物で……」


「……か、」


 ……か?


 なんじゃピッピ、どうし―― 


「かわいいぃーーーーー!!!!」


 いきなり大声を出して、ピッピが親モフに突進してきた。

 そして両手を広げて“もふぁっ”と抱き着く。


「お、おぉ!?」


「まおーさま、この子なにー!? なんていう子なのー?」


「お、おぅ、その子らはチルファングという魔物……通称ウサモフじゃ」


「うさもふー? もふもふーー!!」


 顔をウサモフの体毛に埋めてモフりまくるピッピ。

 思ってた反応と違うのぅ……一応そやつ魔物なんじゃけど。

 でも、他の子らはどうじゃ……?


「ぅあー♪ こっちの小さい子も凄いモフモフー!!」


「みて~、なでなでしたらすっごい可愛い顔する~~」


 ……めちゃくちゃ喜んどる。めろめろではないか……


 ……はっ!! リリィは?


「…………」


 リリィの姿を見ると、ちょうど一匹の子ウサモフがぴょんぴょんと近寄っていく

 ところであった。それをじっと見つめながら、リリィはゆっくり膝を下ろす。


「キュ」


 一声鳴いて、その膝に飛び乗る子モフ。

 それをふわりと受け止め、まるで赤子を慈しむような微笑みを見せて

 優しく抱きしめるリリィ……


 ……あれこれ、聖母を描いた宗教画か何かかな?


「ナナ……この子たちどうしたの? とっても可愛いけれど……」


 ゆっくりした手付きで子モフを撫でながら、リリィが訊ねる。

 目を閉じて気持ちよさそうにする子モフの姿を見て余は思った。


 なんで余、ウサモフじゃないの? ねぇ神様?


「……ナナ?」


「はっ!? あぁえっと、実はその子らの特性について思い出しての?

 お主たちは少し、この魔族領の魔素のせいでしんどいであろう?

 根本の解決ではないし多少マシになる程度だとは思うのじゃが……」


 余の足に身体を擦り付ける子モフを持ち上げ、余は説明する。


「このチルファングという魔物はの、周囲の霊素を

 この体毛の間に吸着して蓄えられるという性質を持っておるのじゃ。

 同族からの攻撃を軽減させるのに、霊素を纏うのは効果的じゃからの。

 どうじゃ、抱いていると身体が楽になるような気がせんかの?」


 ひょいひょい、子モフを左右に動かして説明する。


「……うん、なんだか落ち着くというか、確かに楽になった気がする」


「んむ。あくまでこやつらに触れている間だけだが、そこから霊素を取り入れる

 事ができるのじゃ。まぁ二日持つかどうかという量ではあるがの……」


 であるので、こやつらだけで霊素問題に対処しようとなると、一日一度は

 人間領に赴いてこのウサモフ達を十分に散歩でもさせてやり、新たに霊素を

 取り込ませる必要がある。


 それでも″魔素やられ”への一応の対処とはなるが、やはり手間が掛かるし

 全身を霊素に囲まれる事に比べれば十全な状態とは言えぬ。

 引き続き霊晶石と術士は求める必要があろうな。


「なんにせよ、とりあえずそやつらを愛でておれば著しく体調を崩す事はない。

 ちゃんとした対策が出来るまでは、そやつらでしのぐがよい」


 言って、余は子モフを地面に降ろす。


「うん……私達のために、ほんとにありがとうナナ」


「……た大したことでは、ないわぞ」


 照れくさくて、ぷいと顔を背けてしまう。

 すると、横目にこちらへ歩いてくる執事の姿が見えた。



「チルファング……なるほど。良い考えだと思います魔王様」


「うむ……まぁ人間に狩られかけておるのを偶然見掛けての。

 貴様は、今から人間領に向かうのか?」


「はい、供を招集し終えたのでこれから。……ところで魔王様、

 人間と接触されたのですね。問題はございませんでしたか?」


「あるわけなかろ。大した事も起こっておらんしの――」


 余は、先ほどの顛末をスラルに軽く説明する。



「――まぁ、こんなところじゃ。問題なかろう?」


「問題ないと思っておられる魔王様の頭が問題です」


 ほ、ほぁ……?


「え、なんで、どこらへんがダメだと言うんじゃ。

 擬装は完璧じゃし、魔力の使用だって気取られんよう行うどころか、

 霊力を使用したかのように一瞬フェイクを入れる徹底ぶりじゃぞ」


「……魔王様は、ビリジアーノをどの程度の魔物と認識されておりますか」


「え、図体は大きいが弱い、焼くとまずまずの珍味であるトカゲじゃろ」


 余の素直な感想を聞いて、額に手を添え溜息を吐くスラル。


「魔王様は本当に、博識なのか薄識なのか分からないお方ですね。

 ビリジアーノは魔物の生態系の中では上位に近い。決して弱くはない。

 少なくとも人間にとっては、十分な脅威に値する魔物であるはずです」


「え……あ、あの程度のものがか?」


「我々魔族でも、並の者単身では歯が立ちません。それを魔王様は、まるで

 紙風船でも相手にするように処理してしまったのです。お分かりですか?」


「あ……ぅ、はい……軽率でした……」


 そうかー……そんな大層な魔物だったのか、あのトカゲ。

 言われてから振り返れば、確かに嫌悪ではなく恐怖だったかもしれん、

 あの男たちの態度は……。


「魔王様。それでこれから、またお一人で人間領に征かれるのですか……?」


 スラルが冷たい目で余を見ながら言う。


「う、うん……本来の用件はまだじゃし……」


「本当に……ほんとうに、大丈夫なのでしょうね? はっきり言って今私の

 御身単身の仕事への信頼度は、40点ですよ」


 半分以下かぁ……本件で大分落ちたんじゃろなぁ……


「ちなみに1000点満点中です」


「ひっっっく!!」


 無いに等しい!!


「ば、挽回する。余は大いに反省したのじゃ。それはもう深ーーく。

 一にも二にも注意、もっといっぱい気を付けるのじゃ……!!」


「はぁ……どうかお願いいたします」


 スラルは一礼し、転移によって姿を消した。


 …………


 ……うぅ、次からはもっと考えて行動しよう……




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