魔王様と勇者ちゃん。~少女二人の相違相愛~

もぐ

第一章 邂逅編

【1】魔王様、怯えたり喜んだり。





 ――魔王城、当代魔王の寝所にて――



「おはようございます魔王様、お目覚めでいらっしゃいますか」


 魔王お付きの執事、スラルの怜悧な声が扉越しに届く。


「……んー……いま起きたぁ……なぁにぃ……」


 眠たげに応える声の主は【静謐なる魔王】こと、

 ナナ=フォビア=ニーヒル様。まさに余の事じゃ。


 見た目可憐な、年の頃まだ一桁の幼女にしか見えぬだろうが、

 れっきとした魔王様なのじゃ。


「早朝でもなんでもないですしむしろもう正午近くですが失礼いたします。

 魔王様、緊急事態でございます」


 普段は冷静沈着が服を着たような落ち着き払った執事の声音に、珍しく

 緊張や焦りの色を感じた余は、訝しんで訊ねる。


「なんじゃ……貴様が斯様に慌てるとは珍しいのぅ……緊急事態?」


 余は豪奢なベットの縁から足を下ろして、扉を見やる。

 頭がぼーっとするのぅ……余はあくびをしつつ目をこする。


「はい。とうとう人族の中に勇者たる素地を持つ存在が現れました」


 …………


 ……


「…………え”っ??」


「勇者です、魔王様。ついに、かの怨敵が現出したのです」


「……まじ?」


「マジでございます」


 余はしばし固まり、やがてぶるぶると震えがきた。

 ゆ、勇者、じゃと……


「あ、あばばばば……とってもやばば、ヤバいではないか」


 余はさらに派手にバイブレーション。

 仕方なかろう、何せ勇者とはザ・魔王スレイヤー。

 有史以来ほぼワンサイドゲームで魔王を討ち滅ぼしてきた存在なのじゃ……


「えっ、死ぬ……? ナナ殺されちゃう?」


 小動物の鳴き声のようなか細い声が出てしまう……

 震え……震えがとまらぬぬぬ。


 静謐の魔王なんて二つ名が付く位には、大人しく慎まやかにしてきたのに。

 結局暴れなくても生まれてくるのか勇者めぇ…………う、うぅ。


 ……しかし、すぐにスラルの声が応える。


「どうか落ち着いて下さい魔王様。そしてご安心を。

 その者はすでに捕らえ、我が魔族の手中にございます」


「ほぁ?!」


 ばっ、と縁から勢いよく弾き飛んで、扉にかじりつく余。


「えッすご、凄いではないかやったじゃん!!」


 歓喜に満ちた声を上げて扉を開く。

 そこには、無表情のお手本のような顔をした、眉目秀麗細身長身の男、

 執事スラルが立っておった。

 魔王様の玉体の前に片膝を立ててかしづく。


「経緯顛末をお話し致しますので、謁見の間にお越しいただけますでしょうか」


「もちろんじゃ、もう、すぐ行っちゃうから待っておれ!!」


 小さな身体を揺すって興奮する我。

 ニコニコの余に、スラルは2ミリ位の微笑みを浮かべて見せた。





 ~~~~~~~~




 むかしむかし。

 あるところに魔王様がおりました。


 人々にとって魔王とはそれはそれは恐ろしく、強大で、絶対的な。

 まさに絶望がそのまま形を成したような存在でした。


 人間と魔族は古来より中々に相容れない対立関係にあって、

 長い歴史のさなか幾度となく骨肉の争いを繰り広げてきました。


 人と魔の戦い、その歴史語りの中で常に中心となった二柱があります。

 勇者と魔王です。


 勇者と魔王は対となって在るもの。

 魔王たるものが現れたのなら、勇者たり得るものもまた現れる。


 いつしか勇者は魔王を討ち果たし、次代のそれが現れるまでの

 閑話的平和を人類にもたらすのでした。

 あくまで争いの歴史の、小休止として。


 そう、魔王とは唯一のものに非ず、やがては繰り返される厄災。

 そしてその度に、人類は勇者の降誕を待ち、祈りを捧ぐ。


 それが、有史から永きに渡って続く、人と魔の歴史なのでした。



 この御話の舞台は、そんな歴史の突端……。

 新たなる魔王が来臨して、数年の月日が流れた“今”の御話です。




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