第16.5話 配信中継はゾウの部屋から。

 イカさんはあんなこと言っていたけれど、今回のギャラクシアの試合中継は胸が熱い。なぜなら複数のクランの主戦場が見事に重なるという激戦地を映してくれるからだ。ほんとうに素晴らしい試合だ。今晩は寝ずに中継を見たい。俺はポップコーンとコーラを片手に試合中継に臨んだ。夕暮れ時から深夜まで何をしようかと考え込んでいたら、あっという間に時が過ぎた。ゾウの俺にとって時間はゆっくりだからだ。

 

「ギャラクシアンのみんな、元気してるかぁ!」


 やたら陽気なこの男はジャム。緑色の肌の植物がもとになった人種だ。光合成をできる肌を持ち、いつでもブドウ糖を体内で合成できるためにいつでも陽気で元気が取り柄のMCだ。こいつのことは正直どうでもいいが、俺が見たいのはフーちゃんだ。彼女は銀河配信G‐tuberのひとりで最近流行っている子だ。フーちゃんのASMRが最高に気持ちい……いや、なんでもないぜ。フーちゃんの配信を見ながら夢見心地で眠るのがマイ・ブームだ。


「みんなぁ~、きょうはクランの正面衝突が見れるかもよ!」


 フーちゃん、かわいいよ、フーちゃん。

 後ろの扉がガチャリと開いて恋人のマカロネが入ってきた。長い鼻を揺らして今日の配信をいっしょに見るかって誘っている。いいや、ゲーマーは孤独な人種だって言いつつ、結局ふたりで手を繋いで見ることになった。付き合って二ケ月だからな。

 画面を見ると、チャット欄につぎつぎと顔なじみが現れる。

 ヤキム、クロウリー、ビジェット……。彼らも今日、この瞬間を楽しみにしてきたオタクたちだ。最高に盛り上がれること間違いない。


 思えばこの緊張した情勢は二月ほど続いている。いくつものクランが成長し、利権を衝突させる場面が多くなってきたのもこのへんだ。さっさと退場したイカのクランもいたけれど。イカのクラン、正直応援してたんだけどなー。孤軍奮闘こぐんふんとうで少数精鋭のチームだった。ただギャラクシアは企業体コープを主に構成するゲームだ。企業体には雇われる人間が多くなくちゃ始まらない。


 フーちゃんの持つマイクが緊張で揺れ出す。そうだ、高まってきたんだね。ヤキムが急にBGMをシェアする。旧来のロボットアニメのBGMだ。素晴らしい。胸の高ぶりを感じていると、マカロネが立ち上がって冷蔵庫へ向かった。彼女が立ち上がって冷蔵庫を開けようとした瞬間。

 画面では一斉砲火が始まった。どこぞのクラン同士の小競り合いじゃない。これは戦争だ。血で血を洗う本当の戦争だ。本国に居座って仲良しプレイをするだけのオンラインゲームでは得られない栄養だ。堪らないね。


 ビームと核機雷が炸裂する銀河上でいくつもの艦隊が沈んでいく。どこがどこへ向けて砲火を浴びせているかはよくわからないほどだ。見てくれ。耳に聞こえるのはコマンダーの指令の声だ。コマンダーが「ロックオン」と言うたびにどこへ砲火が伸びるかわくわくする。マカロネがコーラをプシュッと開ける音がして振り返る。

 

「変な音を混ぜるんじゃない」

「コーラくらいでエキサイトしないでよ!」


 そう言われて向き直る。さっきから数秒しか経っていないのに、手は汗でびっしょりになり、握った拳は力を失わない。これがゲームだよ。最高。

 そう俺がエキサイトしているとピンポンとベルが鳴った。こんな夜更けに何だ? と扉を開けると隣のビジェットがモニターが故障したと言って泣きついてきた。ビジェットもやはりギャラクシアを見ていたはずで南無ナムと思ったので、三人でギャラクシアを見ることになった。リビングでそわそわし出すマカロネを放っておいて俺たちは口々にどのクランが勝つか見守っている。そして賭けを始めた。

 俺が賭けたのは、今一斉砲火を続けるクランではないほうの一方的にやられているクランの逆転勝ちだった。ビジェットはおずおずとそんな予想は外れると言った。俺は何度もこういう場面を見てきて、ゲームってよく分からないと思っているし、何よりフーちゃんがあちら側を応援してるのが気になったのだ。フーちゃんは勝利の女神だから。


 ふたりで画面に見入っているとマカロネの麻薬が切れたらしい。マカロネは外で走ってくるって言って飛び出していった。俺の彼女だから気にしないが。

 外で車と彼女が正面衝突して凄まじい騒音が聞こえたあたりで俺はビジェットの感想を聞いている。たった今コマンダーがさらなる一斉砲火を加える命令をする。ヨシ、決まったとジャムがしゃしゃり出てくる。俺たちはジャムの解説を聞きながら、気づく。このまま行けば俺は賭けに負ける。フーちゃんは隠れた目を前髪にしまいこんでいる。俺は辛抱しんぼう堪らなくなって戸棚のヤクを取り出す。扉が開いてマカロネが帰ってくる。このあとはギャラクシアどころじゃないかもしれない。どんどんと部屋の奥へと入っていった。ベッドのきしむ音が聞こえた。もう眠るのかもしれない。

 

 ビジェットはチャット欄をずっと見ている。戦闘が呆気なく終わり、俺は注射針を用意している。象の肌は硬いのでそのへんは注意する。明日のギャラクシー・オールレビューが楽しみだ。あとはセックスして寝るだけだ。

 ところが画面が切り替わる。一隻の宇宙船が要塞へと強襲をかけようとしている。これは何だ? どんな局面だ? これからどうなる。イカのクランだって? そんなはずはない。俺たちは夢でも見てるのか。注射針を落とした俺は、イカのクランを検索している。イカ、イカ、イカ……。ギャラクシー・オールレビューを開いた。まるでよく理解できていない。そうだ。明日、イカさんに聞いてみるんだ。隣のあの人なら、何か知っているはず。何か見落としていることを教えてくれるはずだ。そこでジャムが言った。「待て、次回でギャラクシア~!」

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