page.15 『氷姫と初デート』①

――今日は夏休み初日、僕は今駅前に来ています。

この辺では最も大きいとされている繁華街が近くにあって、もちろんその繁華街に足を運ぶ人もそう少なくはない。

とはいえ、こんな中にポツンと佇んでいると非常に気まずい。


俺たちからしたら夏休みの初日でちらほらと私服の学生が出入りしているのが見えるが、その中でも一際多いのが通勤中のサラリーマンだ。

サラリーマンはまだ夏休みをもらえていないのだろう。


これはこれで学生の特権のようなものがあって優越感がある。


「――なにドやった顔で突っ立ているの? この人混みで白雲君を見つけるの苦労するかと思ったけど、案外簡単に見つかって私の正気を疑ったわ」


「すみませんね浮いてて」


「別にそこまで言ってないわよ? 単にすぐ見つかったから早く出てきた意味ないかなって思っただけ」


「なるほどね」


越に浸っていた顔を下げると、そこにはいつも見たくベランダにいる神咲さん――ではなくて、いつもと違うお出かけ用の私服姿の神咲さんがいた。

女の子は準備に時間がかかる物、と姉さんに言われていたため先に言って待っていようと思い立ったのはいいが、待ち合わせの15分前に集合することになるとは。


「それで? 今日の予定は?」


「これから電車に乗って旭岡遊園地の最寄りまで一本で行けるから、そのあとは寄り道しつつ遊園地まで行こうかなって」


「そ、なら早く行きましょ」


旭岡遊園地までは今俺と神咲さんが乗った電車で3駅ほど過ぎた所にある。

そのため、その三駅分はとことん時間があるわけで――


(気まずい……)


そう。

とにかく気まずいのだ。


元々俺はそんなにコミ力がある訳でもないし、友達と出かけるなんて真意外となんてこれが初めてだ。


だから余計に気まずい。

相手はあの神咲さん。いくら友達と思っていても、いざとなるとかなり緊張してるし、無理もしてる。


(何か話すべきなんだろうけど、何話したらいいんだ???)


神咲さんの興味を引きつつ盛り上がる話なんて俺何も知らないし、それ以前に神咲さんが何に興味あるかなんて把握してない。


つまりはネタ無しで詰みだ。


「ねぇ、白雲くんは行ったことあるの?」


「え? あぁ、遊園地?」


「そう」


「一応あるにはあるよ。小学生の時に母さんと父さんに連れてってもらったんだ」


「そう……じゃあ今日はエスコートよろしくね? 私何気に初めてだから」


「うん。任せ、て……?」


ん?

エスコート?


バリバリに神咲さんデート気分じゃねぇか!?


(待て待て待て待て、エスコートって彼氏が彼女にするやつでは?? それをこの俺が??? いや、出かけるなら男子が女子をエスコートするのは普通か……いや普通じゃねぇなぁ!?)


今日1番脳をフル回転させたと思う。


「駅着いたあとはどうするの? 私こっちの方来たことないから何があるか分からないんだけど……」


「あ、えっとね、駅を出て数分のところにハンバーガー屋があるからそこでどう?」


「ん、いいよそこで」


「分かった」


それから俺と神咲さんは最寄り駅の近場にある有名なハンバーガー屋へ足を運んだ。


休みって言うのもあってか何気に人が多いように感じる。特に学生が。


「私、ハンバーガー食べるの初めてかも……」


「え、そうなの!?」


「そんなに驚かないでよ。私だって食べて見たいって気持ちはあるよ? でもね、私の親って食生活には厳しい人で、ちゃんとしたファストフード? は、初めて食べるんだ」


「そう、なんだ……」


だからなのか、神咲さんがいつも肌がキレイで、健康的な体付きをしてるのは……


「ま、まぁ、運動したらプラマイゼロだから安心して食べなよ」


「うん。いただきます」


(正確に見合わず意外と律儀だな……)


基本的にファストフード店でハンバーガーとか食べる時にいただきますって言う人いないんじゃないか?


俺だって言ったことないのに。


「ん、美味しい……甘辛いタレがいいねこれ」


「でしょ? 俺のお気に入り〜」


「そうなんだ……私もハマっちゃうかも」


なんだろう、可愛いな……というか、いつの間にか口調が柔らかくなってる気がする。


今の神咲さんは普通の女の子だ。

いつも見たくクールで大人びた雰囲気はなく、ムシャムシャと美味しそうに食べる神咲さんは普通に可愛いと思ってしまう。


「なに……? なにか付いてる?」


「あ、いや可愛いなと思いまして……」


「かわっ!? バ、バカッ!」


ツンデレだなこの人。


なんかやっぱり俺は神咲さんのことを氷姫って思えない。

最初話した時は明らかに冷たい視線と、大人びた口調だったけど、今は同い年の女の子と話してる気分だ。


(ん、美味しい……)



🧊🧊


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」


「そう。行ってらっしゃい」


持てるものだけ持って俺は席を離れた。


だけど、それが良くなかった――


「なんであの人はああなるかなぁ……」


戻ってくるや否や二人組みの男に絡まれていた。

生憎先に店を出てもらっていたから店の中で揉め事にならずに済みそうだけど……白昼堂々ナンパすんなや!


「いいじゃん今1人なら少し遊ぼうよ〜」


「いえ、私はあなた方に興味が無いのでお引取りを」


「いいね〜俺たちクール系の女の子大好きなんだ」


キモイなおい。


「ですから、あなた方の好みを私に言われても興味が無いのに遊ぶ理由はいりますか?」


「釣れないこと言わないでよ。ほら、少しだけね?」


このままだと無理やり連れていかれそうだな……


――仕方ない。


「ごめん、陽向葵。待たせたね 」


「え? あ、ううん。大丈夫……」


「すみませんねお兄さん方。陽向葵は僕の連れなので。一人の彼女を心配してくれてありがとうございます」


「あ、あぁ……彼氏が来たなら安心だな……気をつけろよ?」


「はい。お気遣いありがとうございます」


あくまで笑顔で手を振りながら、バツの悪そうな顔をして去っていく男二人組みを手を振りながら見送る。


案外物分りのいい人たちで助かった。


というか気をつけろって言うくらいならナンパすんなや! とか思うのは器が小さいんだろうな。


「神咲さん大丈夫だった?」


「問題ないわ」


「そっか。なら良かった」


あれくらいの事じゃ動じないか……でも、少しは怖かったのか、心なしか手が震えている。


「そろそろ行こっか。時間もったいないし」


「あなたが早く戻ればよかったのでは?」


「ごもっともで」


そういえば神咲さんって出かけたらさっきみたいにナンパとか日常茶飯事なのか。まぁでも、神咲さんならいつも見たく言葉と目つきで何とかしそうだけど。


「美人も大変だねぇ……」


「何急に? 気持ち悪いわよ?」


「二重に酷くないですかねぇ?!」


「ふふっ。冗談よ」


時折神咲さんは意地悪だ。


★★


「意外と人多いね」


「まぁ、長期休みだからっていうのもあるんじゃないかしら?」


軽めの昼を済ませてから旭岡遊園地にたどり着いた俺と神咲さんは入り口前で少し唖然としていた。

理由はあまりの人の多さだ。


有名な遊園地兼、夏休みという日本で最も長い長期休みの日に来たのもあってか尋常じゃないほどに人が集まっている。


「どうする? 入ろうにも入れる状況じゃないよこれ」


「待ってると時間の無駄になるものね」


はて、これはどうしたものか……と考えていると俺と神咲さんのもとへ誰か近づいてくるのを感じた。


「あれ、白雲君じゃん?」


「ほぇ? なんで朝比奈さんがいるんですか?」


「なんでってここ私が運営してるところだし」


「えっと……お二人の関係って……」


「あ、ごめん。紹介するね。この人は朝比奈紗季さん。征華学園のOGで、理事長の元教え子。俺は中学の頃にバドミントンの公共体育館で試合してたことがあるんだ」


「はじめまして、紗季だよ~よろしく」


「まさか朝比奈さんがここの運営代表だなんて……」


「白雲君遊園地とか行くタイプじゃないもんね」


朝比奈さんは基本フレンドリーな人で人懐っこい性格なのもあってか学園在学時代には姉さんと同じくクラス間を超えて学園内で人気者だった人だ。


俺が中学の頃にバドミントンにハマって公共体育館で一時期一緒に試合をしたことがある。これでも朝比奈さんは強い人だ。


「今日は二人でデート?」


「まぁ、そんなところですかね。本当は姉さんにデートだって言えば特別待遇してもらえるって言われたんで」


「あの人も相変わらずだね。まぁいいや。連絡は貰ってるからあとはチケット見せてちょうだい」


「はい」


俺は鞄から二人分のチケットを取り出して朝比奈さんに見せる。


「ん。確認完了。園内は場所によっては日影が無くてめっちゃ暑いからこまめに水分補給を忘れないようにね。あと、園内のドリンクを扱ってる店は閉園まで半額になってるから、売り切れが無い限りはたくさん飲むこと」


「「はい」」


「それじゃあ楽しい楽しい遊びの楽園『旭岡遊園地』へようこそ!」


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