マドンナは恋愛対象に入りません

八雲玲夜

第一章 『物語の始まりに青春を』

epilogue 『氷零の女王』

 神よ……あなたは何故陰キャに試練を与えるのだ……陽キャには試練ではなく力を与えるというのに……


 この状況をどうにかしてほしい。


 平凡陰キャの俺が女子と狭い空間(電車)で相席とか、心臓を破壊しに来ているとしか思えない。


 何? こういうのって普通陽キャとかイケメンとかが出くわす、漫画とか小説限定イベントなんじゃないのか???


 ところがどっこいこれは正真正銘現実である。


 つまり、俺は現実世界で夢を見ていることになる。ならば、頬を殴る、もしくはつねれば覚めるのではないか?


 いや、待て、もしこれが本当に現実だとして僕が頬を1発殴るとする。そしたら僕は隣の女子になんと思われるのだろうか……


 ぐぁぁぁっっ!!!


 陰キャとしてこれ以上陰を薄くすするのだけはダメだ!?


 ぬぉぉぉぉい!? 神ィィィ!? どうにかしてくれぇぇ!?


 俺は1人頭の中で叫び散らかすのだった。


 というか、何故こうなったのか、少し、いや、結構遡って説明しよう。


 ―――――――――――――――――――――


 自由な校風と選考の多様さで人気の高校、征華学園。全国から様々な生徒が集まるこの高校に通う俺、白雲翔はごく普通の平凡陰キャ男子だ。


 成績そこそこ、運動神経そこそこ、顔面偏差値……のどこにでもいる平凡陰キャだ。


 中学の3年間をドブに捨ててやっとの思いで入学することが出来た超絶進学校であるこの高校。設備は国が支給する最新型。通学方法は自動車、バイク、電車、などなどなんでもありなこの高校に俺は今日も今日とて電車で通学する。


 入学してから3週間が経過して、俺の中ではこれが至高のひとときだ。


 だが、その空間はある日突然にして終わってしまう。


 それが彼女、学園のマドンナ兼氷零の女王と称される神咲陽向葵さんの存在だ。


 ある日俺はいつものように電車の席に着いた。そして1人の空間を堪能しようとした所に神咲さんがやってきた。


 整った容姿、才色兼備とされる彼女は俺のクラスメイトであり、学園のマドンナ。当然男子からの人気も高い。


 入学してからというもの男子からの告白をことごとく断っているという噂があっりなかったりする。


 ただ、そんな彼女に付けられているもう1つの名は、氷零の女王。


 男子に対して向ける冷めきった視線は絶対零度と言われ、それにより完全に撃沈した男子は数多く。


 塩対応ながらの毒舌で男子を一掃しているらしい。


 僕にとっては遠い存在なのだけど……


「隣、座っていいかしら?」


「……え?」


「だから、隣。座っても?」


「あ、うん。どうぞ……?」


 何故こうなるぅぅぅ!?


(え? え? どういうこと???)


 まだ座れそうな席は見た感じ沢山あるのに、なんで俺の隣なのか分からない。


 神咲さんは特に気にした様子はなく、ただ「ありがとう」とだけ言って俺の隣の席に座る。


 この電車は席が隣同士しかないから、隣になるのも分かるけど、分かるけどぅぉぉぉ!?


 それから俺はひたすらに頭を悩ませた。


 多分漫画とかなら今俺が考えてる脳内のやつが『冒頭に戻る』的な感じで冒頭で出てきたシーンがリピートされてると思うけど、これはあくまで現実。小説とか漫画の中のおとぎ話じゃない。


 つまりはこの記憶を抹消することは不可能!

 詰んだよ! やったね!!


(ちくしょうめェェェェェェェ)


 それにしても神咲さんって横顔も整いすぎだろ。


 ツンと真っ直ぐな鼻に、切れ長のまつ毛、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる世の中の男子の理想の女性像を体現したかのような、まさに天使のような美少女。


 ただ、1つ難点として彼女が天使ではなく氷姫だということだ。


 毎回男子に向ける視線は絶対零度の冷徹なもので、人にうむも言わせぬ毒舌である。


 それさえ無くなればとっつきにくさも無くなって話しやすいのだろうけど、あいにく彼女のその態度は筋金入りである。


 とはいえ、美人というのは変わりようのない事実であって、俺も長時間直視していたら目が潰れるか見とれてしまうだろう。


 それほどまでに整っている。


(流石というかなんというか……男子の隣に座って気に止めることなく、淡々と本を読むと――)


 チラ見しながらも神崎さんの様子を伺う。


 隣に同級生の男子がいるというのにも関わらず、1人黙々と本を読み進める。読んでいるときですら背筋はきちんとしていて、一切の油断を許さないかのような、まるで格闘家のようなオーラを放っている。


 この人はほんとに何をしていても絵になるな、なんてことを考えていると――


「……何?」


 こちらの視線に気づいた神崎さんと目が合ってしまった。


 俺は慌てて目をそらす。


「べ、別に……」


「何も無いのに女の子のことを見るのは不躾だし、失礼よ」


「すみません……」


 真正面で正論を言われて俺は肩を竦める。


 ツンとした態度で告げられた言葉はいとも容易く俺の心を貫いてきた。

 これが氷零の女王、恐ろしいぜ。


 そんなことを考えていると――


「……」


 首筋に冷たい空気が通り過ぎて俺はさらに肩をすくめる羽目となった。


 ――バカ


 途中、隣の方が何か呟いたと思ったが、その時既に俺のMP《メンタルポイント》はゼロになっていたため、何も聞こえることは無かった。


 🧊🧊


 ――あ、神崎さんだ。

 ――ほんとだ、氷姫、今日も美しいなぁ。

 ――私たちとは次元が違うよね


 朝、登校すれば正門ではこの騒ぎ。美少女が1人通っただけでこの騒ぎになるのだからどうにかして欲しいものである。


 その後ろを通る俺が非常に居た堪れない。


 入学して初登校の日なんて、神崎さんが登校したら2年や3年の先輩が彼女の周りに集まりだした。

 まぁ、その場で絶対零度の視線と超絶ゴミを見るかのような視線が混ざった目で見られた後に、侮蔑の言葉を吐いて一掃されていたんだけど。


 正直言って神崎さんに声をかけるのには勇気がいる。


 どこからか聞いた情報だと、神崎さんは男子に限って下心があるのかないのか、それを見極めることができるらしく、今のところ一掃されている男子たちは下心があると判断されているのだとか。


 女子とは普通に話しているため、男子だけは不遇な扱いと言ってもいいだろう。


 🧊🧊


「またまた朝からすごい人気ですな」


「そうだな」


 こいつは俺の幼なじみの篠崎真しのさきまこと

 真とは小学校からの付き合いで、何かと俺に構ってくる唯一の女友達だ。


 真は学園の中でもそこそこ人気で、神崎さんの次に可愛いとも言われている。

 ただ、真としては気に食わないらしく、可愛いと言って邪な目を向けてくる男子を睨みつける癖がある。


「で、翔は神崎さんのこと興味ないの?」


「ないよ。俺には到底届かない高嶺の花だろ」


「んー、翔のそういうとこってなんか健全というかなんというか」


「うるせぇ」


 神崎さんは学園のマドンナ、一般生徒の俺にとっては手の届かぬ高嶺の花で、俺なんかが神崎さんと友達になろうなんておこがましいだろう。


 健全――なのかは分からないが、俺は下手なことをして人から嫌われたくは無い。だから人との関係は極力避けている。


 真にもいつ嫌われるかは分からない。だから真には邪な感情より、大事にしたいという気持ちが勝ってしまうため、恋愛感情に発展することはない。


「でもさ、神崎さんとまともに話せる男子なんて居ないんじゃないかな? ほら、話しかけに行ってもすぐに一掃されて終わるじゃん?」


「まぁ、あの鉄壁のディフェンスと絶対零度の視線だとな」


「まさに氷零の女王……なのかな……?」


「……」


 本当に彼女は氷零の女王なのか、と思ってしまう程に俺にとって彼女は普通の女の子のように見える。


 現にクラスの女子と軽い笑みを浮かべながら話している。覚めたようなオーラはあの空間からは感じられない。


 彼女が時折絶対零度のオーラを解き放つのは、元はと言えば男子が原因だ。ただ単に近づきたい、付き合いたいとかいう理由で彼女のもとに駆け寄り、何を話すかと思えば「連絡先を教えてください」などと、馬鹿なのかと思ってしまう。


 そんなことをいきなり聞かれれば警戒しないはずがないのに、男子というのはいつの時代も愚かだと思ってしまう。まぁ、俺も男子なんだけど。


 とはいえ、俺は神崎さんとは付き合いたいとかなんてことは思わない。


「……あの人も大変だろうな」


「……だね。美人も大変なんだよ」


 一人称視点で言ったのは、真も同じ美人だからだろう。美少女同士分かり合えるものがあるのかもしれない。

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