初期の文学フリマ福岡と社会
とり
文学フリマ福岡と社会 あるいは、あるスタッフの参加理由
僕は文学の良い読み手ではありません。それでもなお福岡で文学フリマに関わっているのは、目標みたいなものを代表はじめ他のスタッフと幾つも共有しているからです。その中の一つに「文学って社会のためにどんな役に立つの?」という疑問への回答があります。その「回答」にあたる理念について僕なりに紹介したいと思います。
そもそも、福岡では、文学フリマ福岡が開催される以前から「福岡ポエイチ」や「Collage Event Ade」のような文芸創作系同人誌即売会が開催されていました。どちらも素晴らしいイベントであり、主催者さんたちは文学を愛しています。私たちはこれらのイベントがある中で、なぜ文学フリマを福岡で開催しなければならないのか、無駄なこと、もしくはこれらの邪魔をしてしまうのではないかと考えました。ですから、事務局を作る前から私たちなりの意義、理念とでも呼べるものについて話し合っていました。ブログ『文学フリマ福岡事務局通信』で公開している「文学フリマ福岡開催宣言」はこれを表現しようとして書かれたものです。代表の書いたこのマニフェストを要約するなら「福岡という場所で文学を介した人と人との関わりに誰もが参加できるカーニバルのような空間を作り、その中でわたしたちと言葉について捉え直す機会を提供する」となります。もちろん文学イベントは多かれ少なかれこのような意味合いを持っているでしょう。ただ、事実がどうであるかはともかくとして、僕は他の主催者さんたち以上に、この理念を単に文学に止まらず社会に関わるものだと強く意識しているようでありたい、と思っています。
社会に関わるとき、先ほどの要約は「わたしたちと言葉がより豊かになれば、より面白い世の中になる」という意味を帯びてきます。ここで言う「より面白い世の中」とは、より多様な人たちが対等な関係の中でそれぞれのやり方で表現をしている社会を意味します。そこでは、自分では気づけなかったこと、知らなかったことを他の誰かが勝手に示してくれます。僕たちは時にはユーモラスで楽しかったり、時には不気味だったりするような、心を揺り動かされる体験に満ち溢れた生を送れるようになるでしょう。
このとき文学は欠かせないものになります。文学は自分たちの認識の枠組みの中に入らなかったものごとに言葉を与えることがあるからです。多様な事実や考え、感情を表現するためには、普段使っている言葉では細部までうまく説明しきれません。日常の言葉は「さし当たり便利な道具」ですが、あまり経験しない感情や経験については表現しにくいことがあるのです。普段使われている言葉がより豊富になれば、言葉を介して自分の知らないものごとに出会える可能性が高まります。
言葉が変わるということは「わたしたち」が変わるということでもあります。自分の伝えたいことがなかなか伝わらない人は、多くの人たちに囲まれながらも孤独を感じるのでしょう。もしも、言葉がもっと豊富ならば、その人は一人ぼっちだと感じなくてすむかもしれません。それは「わたしたち」がもっと豊富なものを含むようになるということです。それは、社会をより包摂的なものにすることの一歩になるでしょう。新たな成員を迎えることができた社会では新しい語り方が生まれ、更に言葉が豊かになっていくでしょう。
この文学と社会の協調を目指す試みは、同人誌即売会を開催することだけでは実現できるものではありません。誰もが対等な形で文学に参加できなければ「わたしたち」の間で、表現が表現としてではなく、誰の表現かによって評価されることになるからです。それは文学を文学ではないものにしてしまうでしょう。現実を正しく描写できる素晴らしい書き手がおり、その作品を読み手が正しく受け止めるべきであるというイメージは、文学を人と人との間に階層を生み出すものにしてしまいます。この状況を作りださないために文学フリマ福岡事務局は、同人誌制作セミナーと現代思想読書会を開催しています。これは「より多くの人が自分の実感を印刷物というメディアを通した書き手になること」や「読書体験を一人のものにせず、受け止めたこと、受け止めきれなかったことを他の人たちと語り合うこと」が、文学を誰か特定の人たちだけのものではなく、開かれたものにしていくことに役立つと考えるからです。
僕や文学フリマ福岡事務局の進もうとしている世の中は、もしかしたら一部の人にとっては面倒くさいものかもしれません。自分と似たような人だけと関われば良いというわけにはいかなくなります。誰かが正しい答えを教えてくれることも否定されます。そんな世の中では、僕たちは色々な人とのぎこちない対話を要求されます。でも、多分、面白いことに日々出会えると期待できるでしょう。
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