平成ダークヒストリア ~時代を変えた平成事故・事件史~

卯月響介

はじめに【歴史は繋がる。それは破滅か、福音か】


 2021年(令和3年)10月31日、東京都調布市 ――。

 ハロウィンでにぎわう都心に向け疾走中の京王線特急電車内で、男が乗客を切りつけ、車内に火を放つ事件が発生した。

 犯人はすぐに捕まったが、犯行の一部始終を捉えた映像が連日、ニュースで放送されたので、記憶にある人も多いだろう。

 燃え盛る車内、タバコをくゆらすコスプレ姿の犯人と共に流れたのは、停車した電車の窓を開け、自力で脱出する乗客の姿である。


 非常事態が起きた電車から、乗客が逃げやすくなったのは、この事件の70年前に起きた、ある大惨事がきっかけだった――。


 1951年(昭和26年)4月24日、神奈川県横浜市 ――。

 現在の京浜東北線桜木町駅へ入ろうとした電車の前2両が突然に火に包まれ、100人以上の乗客が焼死する大事故が起きたのだ。

 事故の原因は、保線作業員が落としたスパナが架線を切断。 進入してきた電車のパンタグラフに絡まったことによるものだった。

 しかし、ここまでの犠牲者を出した原因は、炎上した通勤電車の構造が大きかったといわれている。


 事故を起こしたのは、国鉄の63系電車。

 戦時期に作られた通勤電車で、映画「ゴジラ -1.0」でゴジラに破壊された電車がこれである。

 木造の車体、容易に開けないドア、他車両とを繋ぐ貫通扉の内開き設計と共に指摘されたのが、開きにくく、隙間の狭い三段構造の窓であった。

 これによって、炎は瞬く間に電車を包み、逃げることができなかった乗客が焼け死んだのだ。

 以降国鉄を始め、日本で開発された通勤電車は、万が一の事故や火災でも乗客を守れるよう、燃えにくく、避難しやすい車両が設計され、問題となった窓も開きやすく、いざという時に逃げやすい二枚窓となったのだ。


 一方で、この京王線事件も新たな鉄道事故の安全対策を、私たちに問うた。

 乗客がドアではなく窓から逃げたのは、緊急停車した駅のホームドアと電車のドアにずれが生じ、開けることができなかったのが理由であった。

 同年11月2日、国土交通省は全国の鉄道会社に、緊急事態の場合、ホームドアと車両の間にずれが生じても、両方を開けて乗客を避難させる方針を取るように指示を出した――。

 

 ――このように、過去に起きた痛ましい事件・事故は、巡り巡って後の時代を生きる私たちにも影響を与えていく。

 その形は様々だ。

 ある時は法律やライフスタイルを一変させ、ある時は類似した事件・事故で大勢の人を助ける。

 その逆も然り。


 この「平成ダークヒストリア」では、古今東西の事例の中で、まだ私たちの中で比較的浅い“歴史”ともいえる平成期(1989.1.8~2019.4.30) に起きた事件・事故に焦点を当て、それが当時の人々、そして今を生きる私たちにどのような影響を与えたのかを含め、紹介していこうと思う。


 なお、このコラムは発生した出来事と影響を、資料に基づいて客観的にまとめたものであり、特定の個人や団体の過失を非難・追求するものでも、不確定な推測を「隠された真実」などと安易に唱え拡散するものでないことを、最初に記しておきたい。

 加えて、事件事故に関わる事象すべてを取り扱うことができないことがあること、事件・事故関係者の氏名をプライバシー等の観点から、伏せて記載する場合があることを、ご了承いただきたい。

 また、参考にした文献、映像資料、インターネットサイトは可能な限り記載していくつもりである。


 それでは、前置きが長くなったが、平成という30年間に凝縮されたダークヒストリーをめぐっていこう――。


 ■

 参考文献

 ・「鉄道重大事故の歴史 鉄道事故に見る安全技術の進化」 久保田 博著 2024年

 ・ハフィントン・ポスト日本版 2021年11月11日更新記事

 ・NHK首都圏ナビ WEBリポート 2021年12月3日

 ・「京王線の特急電車内に刃物男 煙と炎で車内パニック 殺人未遂容疑で現行犯逮捕」 YouTube東京新聞チャンネル 2021年10月31日

 ・「【徹底取材】京王線無差別事件 殺人未遂容疑などで再逮捕 入手の車内映像“元データ”に発生当時の緊迫」 YouTubeABCテレビニュースチャンネル 2021年11月20日 

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