第268話 地下ダンジョンの悪夢(甲虫編3)

~ 地下三階層フロアボス部屋 ~


 広間中央にある甲虫像の後ろに回り込んだドラゴンボーンズたち。


 後ろで何があったのか、今は白目を剥いて武器を振り回しながら、キモヲタたちに向って突進してきます。彼らの頭上のすぐ後ろを、不気味な羽音を立てた甲虫の群れが、黒い煙のようについてきていました。


「うひぃぃい!」

 

 こちらに向ってくる筋肉ムキムキマッチョ族に腰が抜けそうになったキモヲタ。


「……っ! ウッ! ヤッ! ハッ! ビッ! ビビッ!」

 

【お尻痒くな~る】の発動が遅れてしまい、彼らがお尻を地面に擦り付け始めたのは、キモヲタのまさに目の前になってしまったのでした。


「「「「うぉおおお! ケツが痒いぃぃ! イアイア! マカブリス! ケツがかゆかゆ痒いぃぃ!」」」


「あっ、危なかったでござる」

 

 フーッと息を吐いて額の汗を拭うキモヲタに、キーラがそのお腹を引っ張りなが叫びます。


「キモヲタ! 虫がこっちに来るよ!」


 絶叫するキーラの後ろでは、エルミアナが精霊召喚の詠唱を終えつつありました。


「ウィンディアル・セフィール・アエルナ、

 カルディス・ヴェイル・アルヴァンティス!

 風の加護を纏い、天空を巡る守護者よ、

 我が名に応え、その力を示せ!

 ヴェント・ウィンディアル!」  


 詠唱が終わると同時に、エルミアナの金色の髪が頭上に流れ、白いイルカのような精霊が姿を現しました。


「だから堅苦しいのじゃ、我がいとし子よ!」


 風の精霊ウィンディアルが、白いイルカの身体をくるりと一回転させると、ブワッという音と共に、風のドームがキモヲタたちを取り囲みます。

 

 ブンブンと飛び回る甲虫たちは、風のドームに体当たりをするものの、その内に入ってくることができないようでした。


「エルミアナ凄い! ウィンディちゃん、ありがと……ぎゃぁぁぁあ!」


 風の精霊へのお礼を述べようとしたキーラの言葉が、途中から絶叫に変わりました。


 その理由は、お尻を地面に擦りつけていたドラゴンボーンズにありました。お尻を擦り付けていたドラゴンボーンズたちの背中に、たくさんの甲虫がべったりと張りついていたのです。


「ふぉおおお! 虫が、虫が一杯でござるぅぅううう!」


 キモヲタの絶叫に反応したのか、ドラゴンボーンズのお尻の擦りつけ運動が激しすぎたのか、甲虫たちが一斉に背中から放れ、風のドーム内を飛び回ります。


「ギャアアァアアア! キモヲタ助けて! 背中に虫が入った! 取って! ねぇ、取ってぇえええ!」


 虫が大の苦手なキーラにとってはまさに地獄絵図。服に入った甲虫によって、SAN値が一瞬でマイナスに振り切れたのでした。


「キィィラタァァァン!」

 

 キーラの背中をバシバシと叩いて、却って状況を悪化させつつあるキモヲタも、服の中に甲虫が侵入したことで、完全にパニック状態に陥っています。


「ギャァァァア! 虫が噛んだ! ボクの背中を噛んだぁぁあ!」


「わ、私の鎧の中にも虫が!? 痛っ! 噛まれました!」


 ユリアスが剣を放り投げ、慌てて鎧を脱ぎ始めます。


 ドラゴンボーンズたちはもっと悲惨でした。


 正気を失った状態で、つい先ほどまで身体中に貼り付いた甲虫に肉を噛み千切られ、そのうえ【お尻痒くな~る】を受けていたのです。


 一時は彼らの身体を離れた甲虫たちも、反撃してくるキモヲタたちより、お尻を掻くことに夢中になっているドラゴンボーンズたちの方に群がっていくのでした。


 時間が経つごとに血まみれになっていくドラゴンボーンズ。甲虫と格闘するキモヲタとキーラとユリアス。


 風の精霊の力によって全身が包まれているエルミアナだけは、甲虫の難を逃れていました。とはいえ、エルミアナがキモヲタたちを助けたいと思っても、彼女の力では、風のドームを維持するまでしか精霊の力を顕現させることができません。


「ひぃぃぃい!」

「うぎゃぁぁああ!」

「あわわわ!」

「「「「うぉおおお! ケツが痒いぃぃ! 噛まれた! 痛てぇえ! イアイア! マカブリス! ケツがかゆかゆ痒いぃぃ!」」」


 風のドーム内で、ただエルミアナだけが、美しい緑の瞳で阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図を見つめていたのでした。


 いえ。


 もう一人、この状況を冷静に観察している者がありました。


 それは人の姿をした人ならざるモノ。


 遥か遠い古大陸から来た触手種族。


 そして実のところ虫が大好物な粘液生物。


 チャットGピー子こと、カガリビ。


 彼女も風のドーム内に立っていたのでした。


 ただ、このときのカガリビはこう考えていました。


「皆さまご自身の身体を餌にしてこんなに甲虫を集めて……そんなにおいしいのかしら。確かにおいしそうな甲虫です。きっと中身もクリーミーに違いないです。でも、私も食べていいのかしら? 今の私はメイドですし、勝手に食べるのもはしたないですよね。マナーはちゃんとしないと……」


 などと考えて、ずっと事態を静観していたのです。


 そして、そんなカガリビの躊躇を一蹴したのが、キーラの一言でした。


「助けて! カガリビ!」


(助けて? 私に何をどう助けろと? ハッ!? わかりましたキーラ様、自分だけではこの数の甲虫を食べきれないから、私にも食べるのを手伝って欲しいということですね!)


 こうして、カガリビの無双がはじまりました。

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