第181話 地下に潜む者

 妖異将軍イゴーロナックルからドド=スライムに下された命令は


 「ドワーフたちを蹂躙せよ」


 それだけでした。


 神話時代から生きていると云われる魔蛇ウドホロスの腹から這い出てから、ドド=スライムは忠実にその命令を実行し続けてきました。


 セイジュー皇帝がドラン大平原から敗走した後、ドド=スライムは地下帝国のドワーフたちを屠りながら、周囲から黒スライムを招集し、それらを取り込んで力を増大させていきます。

 

 ドワーフたちが溶鉱炉の火を使って反撃してきたときには、かなりのダメージを受けたものの、結局は彼らを城の中に追い込むに至りました。


 ちょうどその頃、皇帝セイジューが天から降り注いだ矢によって、側近たちと共に命を落とします。


 その瞬間、ドド=スライムは言いようもない解放感を味わいました。もはや自分がイゴーロナックル将軍の命令から解き放たれ、皇帝の意志に従う必要もなくなったことに気づいたのです。


 皇帝の死によって、他の全ての妖異が束縛から逃れて、本来の妖異としての行動をとるようになりました。


 すなわち「ただ殺し、喰らい、破壊し尽くす」ようになったのです。この解放によって大陸各地で様々な混乱が発生しましたが、セイジュー神聖帝国軍においては、特にその傾向が顕著でした。


 というのも神聖帝国が魔族と妖異の混成軍で編成されていたためです。それまで悪魔勇者たる皇帝セイジューの力によって制御されていました。

 

 その制御がなくなった瞬間、妖異たちはそれまで味方として共に戦っていた魔族兵たちに襲い掛かっていったのです。


 知性を模した妖異のなかには、皇帝亡き後も魔族に協力するものもいました。しかしそれとて、実のところは効率よく虐殺を実現するために、魔族たちの力を利用しているに過ぎなかったのでした。


 そして、ドワーフ地下帝国ガドラル=ドゥムを呑み込もうとしていたドド=スライムは、自らのなかに意識が存在することを自覚しました。

 

 それはドド=スライムの中に思考を生み出し、その思考は、より多くの命を喰らい尽くしたいという意志を自覚するに至ったのです。


 以前のドド=スライムであれば、このまますぐにでもドワーフの城の中に入り込んで蹂躙しつくしていたことでしょう。


 しかし「より多くの命を喰らう」という意志が、ドド=スライムのなかに「そのために慎重に行動する」という選択を提示したのでした。


 ドド=スライムは慎重に周囲を調べ始め、やがて自分たちの真上にある地上に多くの生命が集っていることを理解します。


 その後、カザン王国の地下水道の存在を知覚したドド=スライムは、次々と黒スライムを地上に送り込んで、そこにいる動物や人間を襲わせるようになりました。


 大回廊ランドリアから、今も黒スライムが続々とドド=スライムの下へと集ってきます。回廊には戦闘で死亡したドワーフや魔族軍兵士の遺体が横たわっており、その遺体を狙って動物たちが集まっていました。


 そして、それを狙って回廊に入った黒スライムは、より深く暗い場所を求めて自然と地下帝国へと移動を始めるのでした。


 こうして日々その身体と力を増大させていったドド=スライムは、あるとき地上にまでその触手を伸ばすことができるようになりました。


 そして邪悪な知性と強大な魔力を手に入れたドド=スライムが、獲物に恐怖を与えてから喰らうために生み出したのが「仮面の男」だったのです。


 いまやドド=スライムは、複数の触手を地上に伸ばし、によって多くの犠牲者を捕食することができるようになりました。


『このまま力を上げつづけていけば、地上にいる無数の獲物たちを全て蹂躙することができるだろう』

 

 そのときのことを思考するとドド=スライムの身体は、喜びに打ち震えるのでした。


 ところが、時折そうした喜びを邪魔する刺激が入ることがあります。


 それは地下水道の黒スライムが、何らかの理由でその数を急激に減らしたときや、地上に出ていた仮面の男が何者かによって撃退されたときに感じるものでした。


 ドド=スライムは、地上に大型動物がいて、それが自分の触手に噛みつきでもしたのだろうと思考しました。そして、触手がよく噛みつかれる場所に沢山の触手を送り込んで、その大型動物を撃退させることにしました。


 その結果、大型動物を襲った触手たちは手酷いダメージを受けることとなったものの、ドド=スライムは大型動物に対して致命打を与えた手ごたえを感じていました。


『これからは安心して触手を伸ばすことが出来る。あとは地下水道の特定の場所で黒スライムが激減しているのをどうにかしなくては』


 ドド=スライムは、そのことについては焦る必要もないと巨大な身体をプルンと震わせるのでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る