第172話 なんでも通る魔法の言葉

 ルートリア連邦は、ラーナリア大陸中央部に国々によって構成されており、以前は強力な権力を持っていました。


 しかし人魔大戦においては、人類軍同盟側と皇帝セイジュウの神聖帝国側のいずれに与するか延々と答えを出せず、とうどう各国の分断を招いてしまったのです。


 その結果、この大戦においてルートリア連邦は最大の被害を被ることとなってしまいました。そして現在、連邦は実質的に瓦解した状態となっていたのです。


 その被害甚大たるルートリア連邦の中で、最大のダメージを被ったカザン王国。


 王国としては、最大の支援国であるアシハブア王国とのつながりを強くすることを望んでいました。行政面において様々な連携が構築されつつあるなか、民間でもアシハブア王国との交易が盛んになってきています。


 ただその本当の狙いは、アシハブア王国を通して護衛艦フワデラとの同盟を樹立することにありました。


 遙か東方の海から、大陸の中央にいる皇帝セイジュウの頭上に天の雷撃をくだしたその魔法の力は、カザン王国の安全保障上なんとしても取り込みたいものであったからです。

 

 一方、ルートリア連邦は、大戦によって崩壊した権威と権力を復活すべく、連邦所属の国々に様々な働きかけを行っていました。


 そのひとつが、連邦議会元老院の貴族を派遣することです。元老院の貴族は、出身国における爵位より一つ上の身分が保証されています。さらには、連邦貴族議員として様々な特権が与えられており、不逮捕特権はその際たるものでした。


 たとえ殺人を犯そうとも、現場で取り押さえたうえ、本人の同意がなければ身柄を押さえることはできません。


 当然、こうした特権を悪用して私服を肥やし、私欲を満たす連邦貴族は多く、それが連邦各国の分断を生む要因にもなっていたのです。


 現在のカザン王国には数多くの連邦貴族議員が滞在しており、彼らのほとんどが何かしらの問題を引き起こしていました。


 形骸化しているとはいえ連邦法は残ったままであり、また大戦以前の連邦の強権的印象が残っていることから、カザン王国でも処置に困ることが多いのが現状です。


 そうした処置に困ることのなかでも、カザン王国がもっとも頭を抱えるのがルートリア連邦とアシハブア王国の対立に巻き込まれることでした。




~ 強権発動 ~


「こ、困ります! ここはキモヲタ男爵の管理する土地ですので、関係者以外の方は立ち入りをご遠慮いただいています!」


 夢の楽園ソープランド建設中の敷地内の入り口で、シスター・エヴァが兵士の集団と揉めていました。


 敷地内に押し入ろうとする兵士たちを押しとどめるシスターを、馬上から眺めていた騎士服の男性が怒鳴りつけました。


「私は連邦貴族議員だぞ! 連邦法によって、私は連邦内にある全ての土地に足を踏み入れることができるのだ! 私の邪魔をするな! そこをどけ!」


 馬上の騎士、ルートリア連邦騎士爵アイザック=フォンベルトは、長身痩躯の男でした。その綺麗に整えられた金髪は肩まで伸び、青い瞳は鋭く光り、そこから凄まじい怒りが露わになっていました。


 蒼白な顔色は不健康さを際立たせていて、黒色の騎士団服の腰には長剣下げています。


「し、しかし……」


 恐ろしい眼光に怯みつつも、なおも説得を続けようとするシスター。


 チャキンッ!


 フォンベルトは、長剣に手を掛けてシスターに強い殺気を放ちました。強い殺意が宿った鋭い眼光を見て、シスターはまるで刃で切られたかのような感覚に襲われます。


「ヒッ!?」

 

 腰を抜かして地面に倒れ込むシスターに、まるで地獄から来た幽鬼のような冷たい目を向けるフォンベルト。


「私は連邦貴族議員だ!  二度とそれを忘れるなよ! 次は斬り捨てるからな!」


 そう言い捨てるとフォンベルトは、そのまま兵士たちと共に建設中のソープランドへと入っていくのでした。


 建設の現場にはおよそ似つかわしくない騎士と兵士の集団に、作業員たちの手が思わず止まってしまいます。


 騎士と兵士たちは、ぐるりと敷地内を見回した後、ある一角で足を止めました。それはシスター・エヴァが、キモヲタへのサプライズ企画として建設を進めていたある施設区画でした。


 フォンベルトは、その区画で作業していたドワーフの男に声を掛けます。


「おい! そこのドワーフ! 私は連邦貴族議員だ! その建物は何なのだ!」


「ん? これか? これはエライ方のための邸宅だ」


「私のための!?」


 自己評価と自己愛がレベルMAXなフォンベルトはナチュラルに、エライ方というのが自分のことだと考えたのでした。


「よし、私の好みに合っているかどうか見てやろう! 中を案内しろ!」


「はぁ?」


 普通の常識しか身に着けていなかったまともなドワーフは、フォンベルトの会話についていくことができませんでした。


「この中は立ち入り禁止だよ。悪いが作業員以外は誰も入れないんだ」


 そうドワーフが言った瞬間、フォンベルトが激昂しました。


「私は連邦貴族議員だぞ! この愚鈍で醜いドワーフ風情が! 私は私が行きたいと思うところへ行くことが許されているのだ!」


 フォンベルトが兵士たちに目で合図をすると、兵士はドワーフを押しのけて建物の敷地へと踏み入ろうとします。


「ちょちょ、ちょっと待て! 中には入れないんだ! 駄目なんだよ!」


 必死で訴えるドワーフの声を聞いて、他の作業員たちが集まってきました。


 いまや完成間際のこの建物では、夜間作業に従事しているラミア女子たちが寝泊まりしています。彼女たちの働き振りに大層助けられているドワーフたちは、その眠りを妨げたくないのでした。


「ええい! 私は連邦貴族議員だと言っているだろうが! 邪魔をするな! 斬り殺すぞ!」


 そう言ってフォンベルトが長剣に手を掛けたとき――。


「いったい何の騒ぎでござるかな?」


 一角牛の焼き串とアーシェの生乳搾りラッシーを手にしたキモヲタが、フォンベルトに声を掛けたのでした。




~ 関連 ~

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