第114話 吸血鬼ストリゴイカの最後

 廃城の広間に、再び沈黙が戻りました。


 広間には切り裂かれた遺体、糸が切れた人形のようにうずくまる遺体、そして三頭の馬の遺体が散乱していました。


 縄で縛られたボルギナンドと二人の仲間は、ずっと震えが止まらず、床に座り込んだままでした。


 セリアとその傍らに呆然と立ち尽くすフィオナ・ランバート以外は、目の前に広がる修羅場に固唾かたずを呑んで見つめていました。


 すべてが静止しているかのような広間では、セリアとフィオナ・ランバートの目に宿る青い焔だけが揺らめいていました。 


「わ……わたし……は……わたしは……死んだ……」


 フィオナ・ランバートが、自分の手を見つめながら、震える声を漏らしました。


「ここで仲間を犯され、殺されて……わたしも犯され、殺されて……死んだ」


 フィオナの瞳孔が大きく開き、呼吸が激しくなっていきます。


「私は死んだ! 死んだの! 痛くて苦しくて、息ができなくて、痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて! あいつらが憎くて痛くて憎くて痛くて死んだ!! わたしは!」


 胸を押さえたフィオナは、激情に囚われ、過呼吸を起こし、床に倒れ込みそうになりました。


「フィオナ! フィオナ・ランバート!」


 震えるフィオナの身体を、セリアが抱きとめました。フィオナの頭を胸に抱き、セリアはその背中を優しく撫でました。


「あなたは生き返って、復讐を果たした。貴方を殺した男たちを、貴方は殺したのよ。もう憎しみに縛られることはないの」


「……」


 フィオナは少し落ち着きを取りもどし、セリアの言葉に耳を傾けていました。


「あなたの復讐は終わった。今度は、あなたの仲間の復讐をしましょう」


 セリアがボルギナンドたちの方を指差すと、フィオナが顔を向けました。


「ボルギナンド! よくも! よくもわたしたちを殺したな!」  


 フィオナがボルギナンドたちに向って叫びました。その声はおよそ人間の声帯では発し得ない、地獄の底から響くような恐ろしいものでした。


「「「!?」」」


 三人のズボンに染みが広がっていきます。

 

 フィオナの瞳に宿る青い焔が燃え上がるのを見たボルギナンドの仲間二人は、恐慌状態に陥ってしまいました。


 何かを叫んでいましたが、彼らの喉から声が出ることはありませんでした。


 ちなみにフィオナの声と燃える瞳の恐怖で、キモヲタもちょびっと漏らしてしまいました。


(まずい! これは誰が見てもバレるくらい漏れてしまったでござる!)


 そうして焦るキモヲタの服の袖を、ツンツンとキーラがひっぱっていました。目を合わせたキモヲタは、キーラの表情から、彼女も自分と同じ状況にあることが分かってしまったのでした。


(ぐふふ、これでキーラたんとはお漏らしコンビですな!)


(お漏らしコンビってなんだよ! でもどうしたらいい? どうしようキモヲタ! ブーツのなかまで濡れちゃった。みんなに知られたら恥ずかしくてボク死んじゃう!)


(ここは我輩に任せるでござる!)


「コホンッ!」


 キモヲタの小さな咳払いで、全員の視線がキモヲタに集まりました。濡れたズボンが見えないようにマントを手前に引いていました。


「う、馬の様子を見てくるでござる。キ、キーラたんも付いてきてくだされ?」


 コクコクッ!


 必死に頷くキーラも不自然にマントで手前を隠していました。


 緊迫した空気のなか、全員の視線が二人に集中します。


 今、まさにフィオナ・ランバートに復讐の刃を向けられそうになっているボルギナンドと二人の仲間は、震えることの他に何もできない状況でした。


 ユリアスとエルミアナ、エレナたちも身動きひとつとれませんでした。


 ちょっとした物音ひとつで、フィオナの怒りに炎が燃え上がり、再びあの恐ろしい魔女に戻ってしまうのではないかと思っていたのです。


 復讐に燃えるセリアとフィオナも、瞳に宿る青い焔を揺らめかせて、キモヲタたちを見つめていました。


 そんな一触即発の空気のなか――


「あっ! あ~、我輩たちのことは気にせずに、どうぞお話を進めておいてくだされ~」


 キモヲタとキーラはマントで手前を不自然に隠しながら、コソコソと広間を後にするのでした。




~ ストリゴイカ ~


 城から出た二人は、一目散に駈け出しはじめました。


「城のすぐ脇に、川が流れていたでござる! 急ぐでござるよ!」


「どうしようキモヲタ! ボク、着替えを持ってきてない!」

 

「我輩もでござる! こうなったら服ごと川に飛び込むでござるよ!」


「ずぶ濡れなら、みんなには川に落ちたって言い訳できるね!」


「その通りでござる!」


 バシャン!


 二人は、城のすぐ脇に流れる川に飛び込みました。


「冷たいぃぃ!」


「キーラたん、下半身だけ濡れてると変な推測を呼びかねませんぞ! ここは我慢して全身濡れ濡れのぐちょぐちょにするのですぞ!」


「わ、わかった!」


 双月が明るく照らす夜の川辺で、主に下半身を丁寧に洗う二人。


 バシャバシャという音を聞きつけて、近寄って来る黒い影がありました。


 黒い影に気が付いたキモヲタは、驚きのあまり再びズボンを漏らしてしまいました。


 しかし、キモヲタの下半身は川のなかに浸かっていたので、キモヲタはそれに気をとられることなく、すみやかに【お尻かゆくな~る】を黒い影に向って放つことができたのでした。


「ハァァァッ!」


 吃驚させられた腹いせに、いつもより気合を込めて【お尻かゆくな~る】を放ったのでした。


「キシャァァァアア!」


 黒い影は近くにある大きな石に駆け寄り、一生懸命にお尻を擦り付けはじめます。


「な、なんなのアレ!?」


「魔物かなにかでござろうか?」


「魔物!? ここ、殺しておく?」


「魔物と確定したわけではござらんし、放っておくでござるよ。おそらく半日はあのままでござろうからな。動けるようになる頃には我輩たちは去った後ですぞ」


「そっか! そうだね!」


 ホッと安心する笑顔のキーラに心を和ませるキモヲタでした。


「むやみな殺生はなるべく避けるべきでござるからな」

 

 そう言って、二人は川から上がり、ずぶ濡れのまま城に戻っていくのでした。


 そして――


 石にお尻を擦り続けたは、そのまま石にお尻を擦り続けて朝を迎え、


 石にお尻を擦り続けたまま朝日を浴びて、灰になって消えていったのでした。

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