第86話 月とエルフとキモヲタの初キッス

 深夜。焚火を前にして、キモヲタは、まるでハリウッドの実写版エルフのようなエルミアナが、自分の隣に座っていることに、心臓がバクバクと高鳴っていました。


 二次元ロリ紳士教徒のキモヲタにとっては、普段のエルミアナの方がエロ度が高いのですが、実写版エルミアナは神々しさが圧倒的でした。


 双月に照らされたエルミアナは、まるで月の光に包まれているかのように、薄い輝きを纏ってろし、チラチラと金粉が舞っているかのようにも見えました。


 元々、キモヲタ自体は「三次元女子には興味がない」というよりも、「三次元女怖い!」というのが本音。そのハリウッド級エルフ女子を前にして、完全に萎縮してしまいます。


「そそそ、それでエ、エルミアナ様はわわわ、我輩にどどど、のようなお話が?」


「何故そんなに緊張しているのですか!? 別に取って食べたりしませんよ?」


 キモヲタの内心を知らないエルミアナは、いつもと同じ調子でキモヲタに話しかけます。先ほどから俯いて地面を見つめるばかりの、キモヲタの顔を両手で挟み、顔を自分の方に向けさせました。


「ももちろん、我輩など食べて、エルミアナ様のお腹を壊されてしまってはいかんでござる」


 目を白黒させて早口で何事かをまくしたてるキモヲタを見て、ようやくエルミアナはキモヲタが何故か緊張しているのだと気づきました。


 エルミアナは、そっとキモヲタの顔から手を放すと、話を始めることにしました。


「キモヲタ殿、聞いてください。私の故郷はちょうどこの辺りから東へ進んだ、古代樹の森の中にあるのです」


 エルミアナはキモヲタが自分の話を聞いているものと考えることにして、そのまま話を続けます。


「その中でエルフの森と呼ばれている場所があって、そこで私たちは暮らしていました……」


 エルミアナの住んでいたエルフの森は、かつて人類軍と魔族軍がぶつかる戦場となって焼け落ちてしまいました。そのとき多くのエルフが故郷の森を出て、新天地を求めて去っていきました。


 ただその中には、いつか故郷に戻って復興することを誓ったエルフたちもいたのでした。その一人がエルミアナの兄だったのです。


「エルフの森をいつか取り戻そうと誓って、兄さまと私は森を出ました。その後、兄さまは冒険者になると言ってアシハブア王国に向かいました。そのとき別れて以降、お互い連絡を取ることもなかったのですが……」

 

 エルミアナがキモヲタに目を向けると、いつの間にかキモヲタは落ち着きを取り戻して、エルミアナの話をしっかりと聞いているように見えました。


「その後、私も冒険者となってギルドに所属し、今は、こうしてキモヲタ殿と共に、賢者の石を探すクエストに参加しています。そして、この旅が始まる前に、同じギルドの冒険者仲間から、兄についての噂を聞いたのです」


 その噂というのは、エルミアナの兄が、故郷のエルフの森に戻り、復興に取り組んでいるというものでした。


 エルミアナは、この賢者の石探索のクエストが終わったら、自分と一緒に故郷のエルフの森に付いて来て欲しいと考えていました。


「私は噂が本当かどうか確かめたい。それでもしエルフの森に仲間たちが戻ってきているのなら、兄さまを手伝いたいのです。その際に、キモヲタ殿にお力をお貸しいただけないかと……」


「つまり、ご家族に我輩を紹介したいと? つまり婚約ということでよろしかったでござるかな?」


 そう言ってエルミアナの手を握って来くるキモヲタ。突然、口調がいつものキモヲタに戻っていることに気付いてエルミアナは困惑しました。


「えっ!? いやっ!? そ、そういうことではなく。もちろん報酬も支払うつもりです」


「そんな他人行儀な。報酬など夫婦の間では必要ござらん。ただこういえば良いのでござるよ『お願い❤ あ・な・た❤』と」


 キモヲタが実写版エルフのようなエルミアナを見てから、既に15分が経過。どのような感動的なものを見たとしても、大体10分を経過すると狎れてしまうのが人間というもの。

 

 ハリウッド版エルミアナの感動がキモヲタの中で続いてたのは、せいぜい10分程度。それ以降は、キモヲタの中ではいつものエルミアナの印象が戻ってきていたのです。


 そして、ここ最近のキモヲタは対ハーピー戦や人類軍の検問突破で調子をこいており、女性陣に対するセクハラ濃度が日々増している状況。


「さぁさぁ、遠慮はご無用でござる。エルミアナ殿の接吻ひとつで、我輩はエルフの森だろうが、セイジュー帝国だろうが、どこでもついて行くでござるよ」


 そう言ってエルミアナに向ってムチューっと唇を突き出すキモイキモヲタ。

 

 目を閉じてエルミアナの口づけを待っています。


「そ、そうですか。心の準備が必要ですので、ちょっと待ってください。あと恥ずかしいので目は絶対に開けないでくださいね」


 エルミアナはキモヲタに気付かれないように、そっと立ち上がるとキンタを連れて来て、キモヲタの顔に突き合わせました。


 チュッ! 


 それはキモヲタにとって初めてのキッス体験でした。


「はゎぁ!」


 レロ! ベロベロベロッ! レロレロッ!


「エルミアナた……ってキンタでござるぅぅうう!」


 キモヲタの絶叫が夜の森に響き渡りました。


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