第75話 怪しすぐる! 人里離れた峠にぽつんと一軒の宿!
ようやく長い峡谷を抜けたキモヲタ一行。
街道は山の中へと続いています。
「ほら、キモヲタ! もうすぐ峠を越えるよ! 頑張って!」
「はぁ……はぁ……キーラタンの縞シャンティ……はぁ……はぁ」
いつものように最初にバテたキモヲタ。
「メェエェエエ! メェエェエエ!」
ロバのキンタまでがキモヲタの背中に頭を押し付けて、キモヲタを励ましています。
先行していた金髪のエルフ、エルミアナがキモヲタたちのところへ戻ってきました。
「峠を少し降りたところに宿があるわ! 今日はあそこで休ませてもらいましょう!」
「宿ですと!? なら今日は屋根の下のベッドの上で眠れるのですな! ふおぉおお!」
バテバテだったキモヲタが急に復活して、全員を追い抜いて宿へと向かっていきました。
宿は山の中にぽつんと建っていました。周囲に見える限り他の家や建物は一切ありません。ハーピーが出るような危険な峡谷を抜けたすぐ先に、このような宿が一軒だけあるというのは、どうにも不自然な感じが否めません。
真っ先に宿に到着したキモヲタ。看板に目をやるとそこには「サリサの宿」と書かれていました。
「ほむ。確かに宿には違いなさそうですが、それにしても人の気配がまったくしませんな」
ユリアスとセリアが、念のため建物の周囲を確認したのですが、特に怪しいものは見当たらなかったようでした。
「とりあえず中に入ってみましょう。人がいなかったとしても、中で待っていれば宿の主人は帰ってくるでしょう」
そう言ってエルミアナが真っ先に宿へと入っていきました。
「あっ、エルミアナ殿! 待って下されでござるよ! デュフコポー」
エルミアナの後……エルミアナのお尻を追って、キモヲタが宿の中へと入ると、一階の一番奥にある受付フロアに人の姿を見つけました。
「いらっしゃい。旅の御方ですか?」
受付カウンターの奥には、白髪が交じり始めた初老の女性が立っていました。
続いて宿に入ってきたユリアスが、この宿の女主人に今晩の宿泊したい旨を伝えると、女主人はにこやかに迎え入れてくれました。
「あの峡谷には凶悪なハーピーが沢山いたはずですが、皆さんはさぞ名のある冒険者パーティなのでしょうね」
女主人の目が、一瞬鋭くなってキモヲタたちを見つめました。
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ私の仲間が冒険者として優れた実力を持っているのは確かです。かなりの数のハーピーに襲われましたが一網打尽です」
バキッ!
女主人が記帳のためにユリアスに手渡そうとしていたペンを、握り折りました。
「えっ!?」
「失礼、どうやらこのペンは古くなっていたようですね」
驚いたユリアスに、女主人は貼り付けたような笑顔を向けて、新しいペンを手渡します。
「ど、どうも……」
気マズイ雰囲気に包まれそうになる空気を、キモヲタとキーラがぶち破りました。
「ご主人! 我輩は個室でお願いしますぞ! 何せこの中で男は我輩一人ですからな!」
「えぇーキモヲタは、ボクと一緒に寝ないの?」
「キーラたんは、今日はエルミアナ殿と一緒の部屋が良いと思いますぞ。我輩、今日はかなり疲れている故、きっとイビキがうるさくなると思いますからな」
「【足ツボ治癒】遣えばいいじゃん!」
「そんなに我輩の喘ぎ声が聞きたいのでござるか? まったくキーラたんは物好きですなぁ」
キーラがキモヲタの足をゲシゲシと蹴りました。
キモヲタがエルミアナに助けを求める視線を向けると、エルミアナがキーラを後ろから抱きしめていいました。
「キーラ殿は、私と一緒の部屋になるのが嫌なのでしょうか?」
「そ、そんなことはないけど……」
「なら、今日は一緒の部屋にしましょう。というかキーラ殿は本当に柔らかいですね。って、これは!?」
そう言いながらエルミアナがキーラの後ろからケモミミの付け根に顔を埋めました。
「キーラ殿の髪とってもサラサラで気持ち良いです。それにこの犬耳! もふもふで……クンクン……何だか……クンクン……病みつきになる良い香りです。なるほどキモヲタ殿がこうする訳がわかりました」
「ちょっと止めて、エルミアナ! くすぐったいし、恥ずかしいし!」
「ハァハァ……キーラ殿……尻尾をモフモフさせてくれるというなら、止めてあげます」
「ちょっ、駄目だよ! 尻尾は駄目なの!」
ゴツン!
「痛!」
セリアがエルミアナの頭をゲンコツで強打しました。
「エルミアナ、キーラが嫌がってるでしょ。それに今のエルミアナ、キモヲタ見たいにキモいですよ」
「えっ!? 私がキモヲタ殿のように!? セリア殿、それはあんまりです!」
「なんだか、何もしてないのに我輩がディスられているような気がするでござるが。まぁ、いつものことだったの巻でござる」
こうしていつものような茶番が繰り広げられる中、女主人は口の中で何事かをつぶやいていました。
それを僅かに聞き取ったのはユリアスだけでした。
「よくも……」
ただの独り言に過ぎないと思ったユリアスは、その言葉をそれほど気にすることはありませんでした。
その後、キモヲタたちは女主人にそれぞれの部屋へと案内されるのでした。
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