第37話 恐怖! 狂乱エルフ女!

 キモヲタの脳内異端審問で有罪判決が下った瞬間、それは起こりました。


 宿屋の食堂に入って来た三人。


 そのうち二人は金髪碧眼のユリアスと長い黒髪のセリアでした。


 二人は食事中のキモヲタに気が付くと、キモヲタのテーブルに向かって歩き始めます。


 その二人を追い抜くようにして飛び出た白い影がありました。


 白い影は、キモヲタに向って突進してきました。


「ここにいたのですか! 白いオークがぁぁ!」


 突進しつつレイピアを抜き放ち、キモヲタに向かって突き放ちます。


 鬼の形相で向ってくる狂乱のエルフ女を見て、キモヲタから潰れた蛙のような声が出ました。


「うげっ!? エルフ女がどうしてここに!?」


 キモヲタと一緒に何度かエルフ女に追われたことがあるキーラも、目を見開いて驚き、思わず頭を押さえてしゃがみます。


「うるさい! 死ね!」


 ガキンッ!


 と音がしたかと思うと、エルフ女がキモヲタに向けて突き出したレイピアが空中に弾け飛び、床に突き刺さりました。


 エルフ女の左側には、居合抜きでレイピアを弾いたセリアが、刀を持った右手を伸ばし、深く腰を沈めた姿勢で静止しています。


「これは一体どういうことか、ご説明いただけますか? エルミアナ殿!」


 ユリアスがドスの効いた低い声でエルミアナに詰め寄りました。


 エルミアナはユリアスを見、それからキモヲタを睨みつけ、そしてレイピアへと視線を移しました。


 チャキッ!


 刃の向きを変えたセリアを見たエルミアナは身体の緊張を解き、両手を上げて降参の意を示し、ユリアスに向き直りました。


 もう隠密のためのシナリオ進行どころではなくなったと判断して、ユリアスはエルミアナに向って語りかけます。


「キモヲタ様は、今回の旅に協力してくれる大事な方だ。その上、彼はサイクロプスによって死にかけていた私の命を救ってくれた恩人でもある。そして貴方もだエルミアナ。貴方も私を危機から救ってくれたことがあるし、私も貴方を危機から救ったことがある。私たちは友人のはずだ。少なくとも私はそう思っている。そんな貴方がどうしてキモヲタ様を出会い頭に刃を向けるのか、私はどうしても知らなければならない」


 ユリアスの言葉を黙って聞いていたエルミアナがボソリとつぶやきました。


「まさか同行者がコイツだったなんて……知っていたらこの話は……」


「……受けなかったか? 私としてはバランスのとれた素晴らしいパーティが組めたと思ったんだがな、なぁ、聞かせてくれエルミアナ。一体何があったのか」


 そう言ってユリアスは、キモヲタの隣のテーブルの椅子を引いてエルミアナに座るように促しました。


「……そうね。本人もいることだし、ここでハッキリとさせておくのもいいかもしれない」


 椅子に腰かけたエルミアナは、隣にいるキモヲタを無視して、ユリアスに向ってキモヲタと出会ってからのことを話すのでした。


 それからエルミアナが話すことを、ユリアスとセリアとキーラは黙って聞いていました。


 一方、キモヲタと言えば、脳内異端審問で有罪判決が下った直後に、レイピアが目の前をかすめたことで、二次元ロリ紳士教の戒律を破ったことに対する天罰の恐ろしさに、ただただ身心を震わせて怯えていたのでした。


(まさか、我輩が作った二次元ロリ紳士教がこれほど恐ろしいものだったとは。二次元の神様、本当に申し訳ございませんでした。つい気を緩めて三次元ロリ少女の頭に触れてしまった罪深い我輩をどうぞ許し給え! 二次元こそ至高! 二次こそ至福! 二次ロリ最高! もう二次元のエロの道から我輩が逸れてしまうことのないよう導き給え!)


 そんな祈りを捧げていたキモヲタには、周囲の会話はまったく耳に入ってきませんでした。


「そんなのアンタが恩知らずなだけでしょ!」

 

 突然のキーラの怒鳴り声で、キモヲタは我に返りました。


 ハッと気が付いてみれば、キモヲタの前にキーラが立っていて、尻尾を逆立てながらエルミアナに何事かを怒鳴りつけていました。


「アンタが言ってるのは、つまり『キモヲタに命を助けられた! でもその方法が気に食わないから死ねっ』てことでしょ!? 何んだよそれ! 皇帝セイジューの妖異だってそこまで邪悪じゃないよ! ボクにはアンタがヒトデピエロよりも恐ろしいものに見えるけどね!」


 エルミアナの顔が真っ赤に染まり、その目は思い切り見開かれていました。もし隣にセリアが立っていなかったら、エルミアナはキーラに向って手を上げていたかもしれません。

 

 しかし、そんなことおかまいなしにキーラは続けます。


「アンタとほぼ同じ経験をこの姫隊長さんもしてるんだ! だけど姫隊長はキモヲタに感謝してる! アンタと同じで恥ずかしかったり、屈辱だったりする経験をしたうえで感謝してるんだ! だって命を助けてもらってるんだよ?」


 キーラの言葉にカッとなったエルミアナが反論する。


「その屈辱こそが問題なのだ! 確かにキモヲタは私を襲ったオーク共を倒し、死にかけていた私の命を助けた。だが彼はその後、私に言葉にするのも憚られるようなことを強要したのだぞ!」


 ダンッ!

 

 キーラが足を床に打ち付けて大きな音を立てました。


「それはキモヲタの意志じゃなくてスキルのせいだってことは、もう分かってるでしょ!!」


 キーラの激しい怒声にエルミアナがビクッと身体を震わせました。 キーラの激しい怒りを感じ取ったからです。


「ボクなんて二回もキモヲタに救われてる! ヒトデピエロに身体のあちこちの皮が剥かれて死にかけていたときキモヲタは助けてくれた! その後人間に拷問されてボロボロに傷ついたボクをキモヲタが助けてくれたんだ! そのどちらでもボクはとっても恥ずかしい姿をさらすハメになった! それでキモヲタを憎んだこともあるよ!  けど冷静に考えれば分かることだった。簡単な話しだよ。つまりキモヲタはボクを助けてくれたんだ! アンタだってそうでしょ! 違うの? オークに凌辱されて自分の遺体が野ざらしにされるより、キモヲタに命を救われて恥をかかされることの方が最悪だって本気で思ってるの!?」


「そ……そんなことは……」


 エルミアナは言葉を失ってしまいました。


「ないって言うならなんでキモヲタを殺そうとするんだよっ!」


 なおも止まらぬキーラの怒りに、エルミアナは黙ってうつむいてしまいました。


 それからしばらくして――


「ごめん……なさい……」


 エルミアナは小さな声で言いました。その最初の一言が出た瞬間。


「グスッ。ごめんなさい。グスッ。ごめんなさい。キモヲタごめんなさいぃぃぃ」


 エルミアナは声を上げて泣きながら、キモヲタに謝るのでした。


「あっ、いやっ、だだだだ大丈夫でござるよ。我輩なんというかダイジョブでござる。命さえ狙わらなければ大抵のことは何とも気にしないでござるので、とにかくダイジョブでござる!」


 女性に泣かれて頭が混乱するキモヲタでした。


「それと、ありがどぅ。命を救ってくれてありがどぉおお」


 さらに御礼まで言われてしまって、ますます頭が混乱したキモヲタは、ただただ「大丈夫」を繰り返すことしかできませんでした。




※天使の資料

【フワーデ図鑑】ヒトデピエロ

https://kakuyomu.jp/works/16816927861519102524/episodes/16817330667226547130

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