瓦秋久 ②

後日、文化祭の担当決めで、各グループに分かれて話していると。

「え、春香、それマジ?」

「アヤちゃん知ってるの?」

メニュー班がなにやらどよめいている。

「どうかしたの?」

「あ、えなねな、ちょっとこれやばいって。春香が持ってきた紅茶」

綾辻が江波の耳元でごにょごにょと何事か話している。

なんだなんだ。

秋久は衣装班から外れ、メニュー班の席に行く。

「どうしたの?」

「瓦、これ」

「なに? 普通の紅茶の缶じゃん」

「ばか、これ、英国王室御用達のやつ」

「ほえ?」

秋久は素っ頓狂な声を洩らす。

「春香、これどうしたの?」

「私紅茶って全然わからないから、知ってそうな友達の女の子になにがいいか訊いたんだ。そしたらこれ、家に余ってるからってくれて」

「家に王室御用達の茶葉が余ってるって、なに、その友達石油王?」

「普通の中学生の女の子だよ。おうちは大きいけど」

「それってもしかして桑乃の御屋敷の?」

女子たちが話しているのを聞きながら、秋久は嫌な予感がした。完全勝利が揺らぐ予感。

「王室御用達の茶葉で、メイド喫茶やるの?」

「英国風喫茶とかの方がよくない?」

「え、でもせっかくみんなで決めたんだし」

「春香、待って。ねえ男子、話聞こえてたでしょ」

「出し物、今から変更してもいいかしら?」

優等生の江波とギャルの綾辻に尋ねられ、否と言える男子はほぼいない。

いやまだだ、まだ俺には最強カード速水くんがいる! 速水くん!

「あー、いいんじゃない?」

速水くぅぅぅん!

すでに自分の役目を終えた彼は、秋久と交わした協定などすっかり忘れていた。君の頭はスポンジなのかい?

「ってことで瓦、衣装班の方ヨロシク」

綾辻は秋久の肩をポンと叩き、メニュー班の話し合いを再開させてしまった。

「なんかごめんね、瓦君」

その場で崩れ落ち、がっくりと項垂れる秋久に、春香が横から優しく声をかける。

「森宮さん」

なんて優しいんだ。じぃぃぃんと感動していると、その反対側からも呼ばれた。

「おう風呂屋の倅、食券三枚、忘れんなよ」

「大吉ぃ」

なんて薄情なやつなんだ。

こうして秋久の夢はからくも崩れ去った。


その日の放課後。

部活に行く気力も湧かず、さぼって帰宅すると、番台脇の冷蔵庫の品出しを終えたばかりの親父と出くわした。

「秋久早いな。ちょうどよかった。また店番頼むぜ」

「えぇ、俺そんな気分じゃ」

秋久の返事も待たず、親父は、よろしくな~と行ってしまう。どうせ近所の吞み仲間のとこだろ。

仕方なく番台に立つ。

銭湯が混むのはこれからの時間帯だが、すでに入浴客はちらほらと来ていた。

女湯の暖簾を潜り、湯上りの客が出てきた。

秋久と同い年ぐらいの女の子だった。

珍しいなと思い、しげしげと見る。

珍しいからであって、下心はない。ええ、決して。

白いシャツにデニムのショートパンツという出で立ちだった。

小柄だが引き締まった身体はなにかスポーツをやっているのかと思わせる。ツーブロックに刈り上げた髪型も、少々いかついが似合っている。

その女子は、小脇に赤いポンチョを抱えていた。ウール地のミドル丈のポンチョで、夏の持ち物にしては季節外れな感があった。

「おい」

「あ、はい」

やばい、じろじろ見過ぎたか。

赤ポンチョの女子がやや野性味のある切れ長な目で、話しかけてくる。

「あの冷蔵庫のは、勝手に取っていいのか」

「あ、あれはここで料金払ってもらって」

「そうか。いくらだ」

「百二十円です」

「ほらよ」

ショートパンツのポケットから無造作に取り出した硬貨を置く。冷蔵庫から取り出した牛乳の厚紙の蓋を指先で弾いて開け、一息に飲み干す。

「器用だね。蓋開け要らないなんて」

レトロな牛乳瓶なので、若い客はどう開けていいか戸惑う人もいる。そういう時はいつも冷蔵庫の脇に蓋開けがあると教えるのだ。

「今の、爪をひっかけて弾いたの?」

同じ年頃の女子相手で、つい店番中なのを忘れてフランクに話しかけていた。

客相手には敬語で、と親父には言われていた。

赤ポンチョの女子は、人懐っこい秋久にシニカルな笑みを返した。

「特別性なんでね」

手の甲側を見せる。爪は、特別尖っているように見えない。あれじゃ厚紙は引っかからなそうだけど。

「この町の人? そんな感じしないけど」

「だろうな。外から来た。仕事でな」

「仕事」

女子高生には似つかわしくない言葉だ。アルバイトというニュアンスでもない。

「それよりお前、さっきじろじろオレを見てたな」

「え、」

気付かれてた。秋久は焦る。またえろがわらと揶揄されてしまう!

「オレに欲情したのか?」

赤ポンチョの女子が挑むように訊いてくる。

「ま、ままままさかぁ! 下心なんてこれっぽっちも、ミジンコほどもないよ!」

首をぶんぶん振って否定する。

「なんだ、つまらない」

「え、」

「まあいいや。ごちそうさん」

空きビンが放り投げられる。秋久は慌てて受け取る。

赤ポンチョの女子の姿がなくなっていた。

「なんだったんだ」

ミステリアスな彼女が気になり、秋久はその後店番に身が入らなかった。




〜風呂屋の倅はメイド喫茶に夢を見る〜 完


to be continued 〜turning point.I〜

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