于静 ③
于静に治療方法の説明を受けた。
べらべらと長台詞で話され、その上そこに医学や化学の専門用語がちりばめられていて、まるで理解できなかった。
「あれぇ、今の説明でわからないかい?」
こいつ。
「私が簡略化して説明します」
「お願いします」
大吉は
董娜はゆったりした袖からB5ノート程度のホワイトボードを取り出した。
こうなると思って用意していたのか。
「まず新田様から採取した細胞を特殊な溶液で培養し膜を生成します。この膜は、新田様の血液は通しますが、吸血鬼であるフェンガーリン様の血は通しません」
「ふむふむ」
「そして于静が開発した専用の機材にその膜をセットして、新田様の血を吸い上げます。このとき膜はフィルターの役割を果たして、濾過した血液だけを体内に戻します」
「なるほど」
「この方法なら吸血鬼の血だけ除去することが可能です」
「要は透析か」
「はい。先ほどの採血で見る限り、どうやら人体の臓器では吸血鬼の血は濾過されず、常に新田さまの体内を巡っているようです」
完璧に理解できたかは怪しいが、これから受ける治療のイメージはできた。
「もう僕も喋っていいかな」
于静は説明のあいだ黙っているよう董娜にお口チャックのジェスチャーをされていた。
どうぞ、と董娜は頷いた。
于静が嬉々として喉の調子を整える小芝居を挟む。
「治療代のことなんだけど」
「え、金かかんのか」
寝耳に水だった。アレッシオがその辺の話は付けてくれているもの勝手に思い込んでいた。
「治療代といっても、お金を請求するわけじゃないよ。さっきの説明にもあった膜が、十分な大きさになるのに一晩ぐらいかかるからね。その間に協力してもらいたいことがあるんだ」
「フェンガーリンを解剖させろとかは無理だぞ」
大吉が言うと、ぼーっとしていたフェンガーリンがぎょっとした。
于静は、ないない、と手を振って否定する。
「それは駄目ってアレッシオに言われてるから。ワタシの食べ物を傷つけることは許しマセん、ってさ」
「あいつ所有の食い物になった記憶ないんやけど」
フェンガーリンは拳を握り締めている。
「フェンガーリンを連れて来てもらったのは、純粋に見てみたかったからさ」
「じゃあ一体なにを?」
「うん、それは道すがら話そうか。じつは時間が押していてね。そろそろ出ないと都合が悪い」
于静はソファから立ち上がると、大吉を急かす。
「今すぐかよ。っていうか、まだ引き受けるとも言ってないんだが」
「選択肢ないでしょ。僕以上に人間と亜人の両方に精通した医者はいないからね。アフターケアも任せてよ」
「背に腹は変えられない、か」
「さあ、大吉クン立った立った。なに、危ないことはない。僕が荷物の受け取りに行くのに付き添ってほしいだけだよ」
「それ董娜さんじゃ駄目なのかよ?」
「董娜はこれから大事な用事があるから駄目だよ、ね」
「はい。私はこれから森宮様とフェンガーリン様にこの辺りの観光案内をしなければなりませんので」
「ほんまか。ならウチうまいもん食いたい」
「え、いいのかな、大吉だけお手伝いなんて」
「かまへんやろ。なぁ、大吉、春香はじめての海外楽しみにしてたんやし、観光させたらな可哀そやもんな」
こいつ、俺の治療の目途が付いたからって、もう飯のことしか考えてねえな。
大吉は溜息をつき、春香に、行ってこい、という手の仕草をした。
「じゃあ、えっと、私は豫園の庭園に行ってみたいです」
「わかりました。それなら豫園と、豫園商城という商店街も歩きましょう。その後は近くに小籠包で有名なお店があるので」
春香とフェンガーリンは董娜の提案する観光コースを熱心に聞いている。
その華やかな輪に、大吉が入る余地はなかった。
霧雨は止んでいたが、空は曇天に覆われたままだ。
夕刻に差しかかり、店や街灯に明りが点りはじめている。
タクシーを拾い、三十分ほど移動した。
水路が増えてきて、街の雰囲気がまた一味変わってくる。丸くて可愛らしい赤い提灯が点々とぶら下がっている。
「あ、そうだ、二人には聞かれたくないかと思って黙っていたことがあったんだ」
于静とタクシーの後部座席に並んで座っていた。
濡れた街が、提灯の光に照らされて赤く色づいて見える。
「大吉クン、今後は吸血鬼の再生力に頼ることはしない方がいい」
「わざわざ忠告するってことは、理由があるのか」
「うん。大吉クンはメキシコサラマンダーって知ってるかい? こいつも吸血鬼ほどじゃないが大した再生力があってね。細胞に再生を促すタンパク質で脳みそや心臓なんかも再生できるんだ」
「ん?」
「このたんぱく質は人間にもあって、吸血鬼の再生力も原理は一緒なのさ。だから大吉クンが今回吸血鬼の血を飲んでその再生力を得たってのは、あながち突飛なことでもない。前例はなかったけどね」
「そうか」
「ちなみに原理は一緒と言ったけども吸血鬼の神経から放出される再生誘導遺伝子で作られるたんぱく質の性能は」
「于静」
放っておくと于静の話が狭い車内に充満して溺死しそうだった。
話を遮り、要点だけを尋ねる。
すると于静はしばらく頭の中でどこが要点なのか考え、口にした。
それは確かに、改めて忠告するだけの理由に値する内容だった。
「アレッシオとの戦闘での頭部再生で、君の寿命はおよそ十年は縮んだはずだ」
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